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第6話 街角でぶつかるのは遅刻する食パン少女とは限らない

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翌朝、メンテナンスが終了したと連絡が入ったので、鍛冶屋に預けていた武具を受け取りに行った。

「この街を出たらまたしばらくは野営になるから、手の込んだものを作りたいけれど、でも、ここの名物料理もまだ食べたいのがあるし、夕飯どうしよう?」
「俺はどっちでもいいから合わせるよ。作るなら食材を買って帰ろうか?」

帰り道、そんな他愛ない会話をしながら大通りを歩いていると、背後から誰かにぶつかられた。
振り返ると、男が腹部を抱きかかえるようにして、よろめき歩いている。
あきらかに様子がおかしい。

「どうしました? 大丈夫ですか?」

声をかけ、肩に触れると、目深にかぶっていたフードがずれ、顔が見えた。

「まさかタルクか?」
「サリッド??」

ん? 知り合い?
通りの向こうがざわつき、兵士たちが大勢やってくるのが見えた。
タルクは苦悶の表情を浮かべながらも態勢を立て直すと、一気に駆けだした。
商品棚や買い物客にぶつかりながら、脇道へ逃げてゆく。

「おい、待て!」

サリッドが追いかけていったので、私もうしろをついていく。
迷路のように入り組んだ路地を駆け抜ける。
タルクが使われていない古びたモスクに逃げ込むのが見えた。
後を追って中に入る。

「タルク、どこだ?」

壁際に置かれた長椅子の陰からうめき声が聞こえた。
タルクは体を丸くして、埃っぽい床に座り込んでいた。脇腹から大量の血がにじんでいる。

「酷い怪我しているじゃないか」
「このくらい、何ともない」

額には脂汗が浮き、服の血の染みがどんどん大きくなっていく。
走ったから、よけいに出血が酷くなったのだろう。

怒鳴りあうような声がモスクの外から聞こえる。
追手がすぐそこまで来ていた。

「ああ、くそ、もう終わりか」

タルクはため息をついた。

「サリッド、お前は無関係だ。裏口から出たら逃げられるだろう。さっさと行ってくれ」
「馬鹿なことを言うな、置いていけるわけないだろう」

私はサリッドを見る。

「宿に移動しましょう」
「ああ」

うなずくサリッド。

「ははっ、外は兵士だらけだぞ、どこに行けるっていうんだ」

タルクは自嘲気味に笑った。

私は魔法陣を描き、転移魔法を唱える。
瞬時に宿屋の私の部屋に移動した。

「え、え?? どうなっているんだ、何をしたんだ!」
「まずは治療しましょう。失礼しますね」

ベッドに寝かせて服をめくると、刃物で刺されたような深い傷があった。
私は手をかざし、治癒の魔法をかける。
出血は止まり、だんだん傷が塞がってきた。
魔法に慣れていない人に一度に大量の魔力を送り込むと、気分が悪くなったり、かえって体調を崩したりしてしまうこともある。
最低限の治療にとどめて、あとは本人の治る力に任せよう。

タルクは驚いたようだった。

「これが治癒の魔法か。初めて見たよ」
西の大陸ここは魔法を使える者は限られているからな」

サリッドが煎じた薬湯を飲むように勧める。傷は塞いだが感染症の心配はある。抗生物質変わりだ。

「それより、なぜ追われていたんだ」
「それは言えない。もう行かなければ」

タルクは勢いよく体を起こしたが、ぐうっと唸ると腹の傷を押さえた。

「完全に怪我が治ったわけじゃありませんから動いてはいけません。まだ安静にしていてください」

顔色も悪く、呼吸は浅く荒い。あれだけ失血したのだから当然だ。
再びベッドに横にならせると、疲れもあったのか、すぐに眠ってしまった。
当分、目覚めることはなさそうなので、その間は買い出しに行くことにした。


「ねえ、サリッド。あの人とはどんな関係なの?」
「俺が王宮に上がる前に剣術を習っていたんだが、そこで同じ師匠についていたんだ。兄弟弟子とでもいうのかな。タルクもしばらくは同じ騎士団に所属していたが、父親が亡くなったため、家業を継ぐと地元に戻ったんだ」

昔馴染みなのか。
タルクは小説には出てこなかったキャラクターだ。
私が本より速いペースでクリスタル集めをしているから、もともとのお話とは齟齬をきたしているのかもしれない。
サリッドは全面的にあの男を信用しているようだが、兵士に追われるようなことをしでかしたとするなら、本当は関わらないのが正解なのかもしれない。
でも、サリッドが助けたいと思っているのなら、協力するのはやぶさかではない。


近場の商店で、すぐに食べられそうなパンや果物を買い込んだ。
古着屋も見つけたのでタルクの着替えを見繕う。大量の血が染みてしまったから洗っても簡単に落ちないだろう。あんな服で出歩いたら怪しまれてしまう。

「あの……あなた方は、タルクさんと知り合いなのですか?」

突然、一人の女性に話しかけられた。
歳は私と同じくらい。ダークブラウンの豊かな長い髪は三つ編みにまとめられている。

「えっと、どちらさまかしら?」

敵か味方かもわからないのに、馬鹿正直に答えるわけにはいかない。

「すみません、わたし、タルクさんのことすごく心配で、無事か知りたかっただけなんです。ごめんなさい」

女性は頭をぺこりと下げると、走り去った。


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