上 下
2 / 8

第2話 悪徳令嬢は毒殺を目論む-2-

しおりを挟む

■第1章■

ヒロイン:シンシア・ブランドン

攻略対象:エリック・ラッセル(監察医)




シンシアには愛する男エリックがいる、エリックもシンシアを心から愛している。つまり相思相愛なのだが、貴族の令嬢と平民男性との身分違いの恋は成就が難しい。
そのうえ、最近、シンシアの父親が娘の結婚相手を勝手に選び、婚約させようとしている。
正攻法ルートでは、たしか地道にシンシアの両親を説得し、エリックとの婚姻を認めさせるとなっている。
が、
まともにやったら時間がかかるし、悪徳令嬢の言葉など受け入れてくれるか疑問だ。
さて、どうしたものか。

その晩、私は上級貴族カートレット家主催の夜会に来ていた。
夜会の主な目的はカートレット家の次男のお嫁さん探しだが、社交界には私の悪名が知れ渡っているせいか、男なんか誰も寄って来やしない。
行きがけの駄賃とばかりに高そうな酒を浴びるほど飲んで、酔い覚ましに庭園を散歩していると、木の陰で逢瀬中の若い男女を見つけた。
身を寄せ合って深刻そうに話している。
女性のほうは第1章のヒロイン、シンシア・ブランドンだ。
たしか婚約者は強欲な成金貿易商で、親子ほども年の離れているハゲデブのおっさんのはず。
と、なると、お相手の青年は監察医のエリック・ラッセルか。

私はそっと二人に近づき、声をかけた。




翌々日の午後、我が家の庭園で、私とシンシアはお茶を楽しんでいた。

「そうそう、シンシア様、近々、ご婚約を発表されるとか。おめでとうございます」
「……ええ」
「お相手の方は貿易商を営まれているそうですね」
「……私、結婚したくありません」

シンシアはシクシクと泣き出した。絹のハンカチで涙を拭う。

「金儲けのためなら、どんなあくどい手段も厭わない冷酷な男なんです。商売敵のことは卑怯な手を使ってとことん叩き潰すので、一家離散に追い込まれた家族もいると聞いています。そんな方の妻になど、私、なりたくありません」
「そんな、酷い話ですわ。ご両親に相談なさったら?」
「いえ、父のほうから貿易商へ結婚話を持って行ったんです。ブラントン家の領地の名産品を輸出するために海外へ販路をもつ会社と手を組みたいから」
「なんてこと……」
「ごめんなさい、アレクシス様にこんなお話を聞かせてしまって。ね、もう少し、甘いものがいただきたいですわ」
「そうね、お菓子を持ってこさせましょう」

私は執事にチョコレートを取りに行ってくれるよう頼んだ。
召使にお茶のお代わりを注いでもらう。
砂糖を入れようとしたら手が滑ってスプーンを落としてしまった。
召使がしゃがみ込んでテーブルの下のスプーンを拾う。

「失礼しましたわ」

その瞬間、シンシアが椅子から倒れ落ちた。

「シンシア様?大丈夫ですか?お加減が悪いのですか?」

慌てて駆け寄る。
声をかけてもゆすっても、シンシアは何の反応もなかった。

「シンシア様、しっかりしてください、シンシア様!!」
「キャアアアアーーーーー」

召使が悲鳴をあげる。
チョコレートの箱を持った執事が走って戻ってきた。

「誰か、ああ、はやくお医者様を呼んで!!!」

執事が脈をとる。

「お亡くなりになられています……」


すぐに保安官が呼ばれ、シンシアの両親もやってきた。
ガーデンに横たわる娘を見た両親は取り乱し泣き叫んでいた。無理もない。
落ち着くまではと両親は別室に連れ出された。
シンシアの遺体は保安官事務所で死因を調べるため、保安官の部下が運び出した。

保安官が紅茶が半分残っているティーカップを調べる。

「このにおいは阿片ですな。死因はこれで間違いないでしょう」
「まあ、恐ろしい」
「先日のカートレット家の夜会ではあなたとシンシア嬢は派手にケンカをなさったとか」
「ええ。それが何か」
「高価な首飾りを壊されて、あなたは大変立腹していた。それで、シンシア嬢に毒を盛ったのではないですかな?」
「何を馬鹿なことを。今日は私が仲直りのためにお呼びしたのよ」

私はプイっとそっぽを向く。

「私はお茶に触れていませんわ。カップは執事が用意しましたし、お茶を注いだのは召使です」
「召使や執事にやらせたんだろう!」

執事のセバスチャンと召使のミラがむっとしている。

「失礼なことを言わないでくださいませ。わがキャンベル家の使用人は、たとえ命じられてもそんな馬鹿な真似はいたしません!!」
「じゃあ、誰が阿片を入れたというんだ!!」

保安官はイライラし始めていた。
私はちらっと時計を見る。
ま、そろそろいいか。

「保安官さん、ちょっとお茶を舐めてごらんなさい」
「へぇっ??」
「なにビビっているのよ、ちょっとくらいなら死にはしないわよ」

私はカップに指を突っ込み、ペロッと舐めてみせた。

「ほら」

こわごわお茶を舐める保安官。

「苦い!」

ペッと吐き出した。

「そう、阿片は苦いのよ。そんな味のお茶をシンシア様が気づかずに飲み込むと思う?つまり、シンシア様はわかっていて飲んだの。阿片を入れたのは彼女自身よ」
「嘘よ!!!!」

シンシアの母親がガーデンに立っていた。

「ブラントン夫人……」
「娘が自殺するはずないわ!!あなたが殺したんでしょう!!!悪徳令嬢ですもの、あなたならやりかねないわ!!」

私につかみかかろうとした母親を召使のミラが止めた。

「アレクシスお嬢様はそんな人ではありません!!シンシア様は婚約を嫌がり、嘆き悲しんでおられました!!非道な貿易商と結婚をしたくないと!私も聞いていました!」

ミラが私に向き直る。

「お嬢様、出しゃばった真似をして申し訳ありません。でも、黙っていられなくて」
「いいのよ、ありがとう」

保安官は自殺と断定した。
シンシアの両親も肩を落として帰っていった。


私ひとりになったところで、男性に呼び止められた。
茶色の髪に切れ長の瞳、鼻筋の通った整った顔立ち。目の覚めるような美形だ。
彼はオーウェン・ホランドと名乗った。
近衛隊に所属する騎士で、お父様の部下だという。

「大変な目に合われましたね」
「お気遣いありがとうございます」
「ただ、少し気になることが」
「あら、何かしら」
「瞳です。阿片中毒は瞳孔が縮小します。先ほど召使や執事に聞きましたが、シンシア嬢にそのような兆候はなかった。つまり、彼女の死因は阿片ではない」

オーウェンはまっすぐに私を見つめた。

「ここから先は僕の独り言です。シンシア嬢は自分でティーカップに阿片をいれた。それは確かですが、飲みはしなかった。しかしシンシア嬢は亡くなった。
いや、亡くなったように見えた」

私は思わず息を飲んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない

高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。 王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。 最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。 あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……! 積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ! ※王太子の愛が重いです。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【完結】悪役令嬢に転生したけど『相手の悪意が分かる』から死亡エンドは迎えない

七星点灯
恋愛
絶対にハッピーエンドを迎えたい! かつて心理学者だった私は、気がついたら悪役令嬢に転生していた。 『相手の嘘』に気付けるという前世の記憶を駆使して、張り巡らされる死亡フラグをくぐり抜けるが...... どうやら私は恋愛がド下手らしい。 *この作品は小説家になろう様にも掲載しています

【短編】転生悪役令嬢は、負けヒーローを勝たせたい!

夕立悠理
恋愛
シアノ・メルシャン公爵令嬢には、前世の記憶がある。前世の記憶によると、この世界はロマンス小説の世界で、シアノは悪役令嬢だった。 そんなシアノは、婚約者兼、最推しの負けヒーローであるイグニス殿下を勝ちヒーローにするべく、奮闘するが……。 ※心の声がうるさい転生悪役令嬢×彼女に恋した王子様 ※小説家になろう様にも掲載しています

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

婚約破棄したい悪役令嬢と呪われたヤンデレ王子

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「フレデリック殿下、私が十七歳になったときに殿下の運命の方が現れるので安心して下さい」と婚約者は嬉々として自分の婚約破棄を語る。 それを阻止すべくフレデリックは婚約者のレティシアに愛を囁き、退路を断っていく。 そしてレティシアが十七歳に、フレデリックは真実を語る。 ※王子目線です。 ※一途で健全?なヤンデレ ※ざまああり。 ※なろう、カクヨムにも掲載

処理中です...