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第12話
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健人はかつて黒星丸を封印した地、鹿蔵岳に来ていた。
白羽の鬼神衆も集まっていた。皆、再会を心から喜んでいた。
山のふもとにある巨大な御影石は今ではご神体としてまつられているが、かつて黒星丸を封じ込めた異空間へとつながっている。
「では参りましょう」
熊童子がしめ縄を切り、封印の札を剥がしていく。
ゆっくりと空間が裂け異空間への門が開いた。
濃密な闇のトンネルを抜け、続いて現れた蒼蒼と茂った竹藪をかき分けて進んでゆく。
ようやく視界が開けると、そこには美しい寝殿造り庭園が広がっていた。
「ここは……」
見覚えがある。惟光と時任が暮らしていた白羽の屋敷だ。黒星丸が作り出したのだろうか。
突如、庭園の庭石の陰から小さな影が飛び出してきた。
「時任様!」
女童がうれしそうに駆け寄ってくる。
「御法、よかった、無事だったか」
安堵から思わず顔がほころんだ。
「時任様、こっち」
御法に手を引かれ、築地塀沿いに東の対へ向かう。
透渡殿をすすみ遣戸を開けて御簾をまくり上げる。
中にはさらわれた人々が板張りの床に整然と並べられていた。
みな胸には白羽の矢が刺さり、顔に血の気はなく人形のように見えた。
一番手前の女性は先月きさらぎの家から失踪した平瑠衣だ。
(やはり白羽の犠牲になっていたのか)
首筋に手を触れる。体温は低いがかすかに脈を感じる。
北側の几帳の前には、あの夏の最後の日に見た黄緑色のワンピース姿の菜摘がいた。異空間では時間が止まっているのか17歳のままだ。
「玉鬘、御法、ここの人たちの手当を頼む」
母屋へ続く渡殿には重々しい邪気が充満していた。
一歩進むごとに濃くなってゆく。
母屋に足を踏み入れた途端に悪寒が走った。
健人は雪華斬を鞘から抜く。鬼神たちも太刀を構える。
藤の模様をあしらった几帳の向こうから禍々しい声が響いた。
「きたか、白羽一族の者よ」
現れたのは唐衣裳の女人、武蔵の国で相まみえた黒星丸の姿だ。
そしてその向こうには兄、惟光の姿があった。目の焦点が定まらず空を見つめている。
「兄者、兄者、わかるか、返事をしてくれ!!」
「こやつの魂を喰ろうてやったわ。さすが帝の血筋だけあって美味であったぞ」
黒星丸はふふふと含み笑いをする。
「いまは、わらわの食餌を捕らえるためのあやつり人形じゃ。意思などない、呼びかけても無駄じゃ」
そして、頭からつま先まで舐め回すように健人を見つめる。
「そなたは魂だけではなく血肉も喰うてやる」
屋敷中にとどろき渡る咆哮とともに、つややかな黒髪がヤマタノオロチのごとく八匹の大蛇に姿を変えた。
大蛇たちは鞭にように大きくしなり、うなり、荒れ狂い、母屋の室礼を瞬く間に破壊していく。
砕かれた木片が四方八方に飛び散る。
安易に近づくこともできず、目で追うのが精いっぱいだった。空蝉が短弓から放った矢は固い鱗にはじかれ刺さらない。
「去ね、目障りな蠅どもが」
大蛇がつぎつぎに鬼神たちを捕らえ、身動きができないよう巻き付き締め上げていく。
一匹の大蛇が健人に襲いかかる。
雪華斬で切りかかるが、刀ははじかれ、勢いで体ごと庭園まで吹き飛ばされた。
「ぐぅっ!」
姿勢を崩したところを狙われ、健人も大蛇に片足を捕らえられた。
黒星丸が地面を滑るように寄ってくる。目と鼻の先で止まり、健人を見下ろした。
「せめて一思いに殺ってやろうぞ」
鉄鉱石のような爪の生えた右手を高く振り上げた。
「時任様、危ない!」
熊童子が満身の力で大蛇を引きちぎると、健人と黒星丸のあいだに飛び込んだ。
爪は振り下ろされ、熊童子の背中は大きく切り裂かれた。血飛沫が飛び、健人の顔を赤く染める。
「貴様、よくもわらわの美しい髪を切ってくれたな!!!!」
怒りの形相で熊童子をつかむと築地塀に向かって投げつけた。
白羽の鬼神衆も集まっていた。皆、再会を心から喜んでいた。
山のふもとにある巨大な御影石は今ではご神体としてまつられているが、かつて黒星丸を封じ込めた異空間へとつながっている。
「では参りましょう」
熊童子がしめ縄を切り、封印の札を剥がしていく。
ゆっくりと空間が裂け異空間への門が開いた。
濃密な闇のトンネルを抜け、続いて現れた蒼蒼と茂った竹藪をかき分けて進んでゆく。
ようやく視界が開けると、そこには美しい寝殿造り庭園が広がっていた。
「ここは……」
見覚えがある。惟光と時任が暮らしていた白羽の屋敷だ。黒星丸が作り出したのだろうか。
突如、庭園の庭石の陰から小さな影が飛び出してきた。
「時任様!」
女童がうれしそうに駆け寄ってくる。
「御法、よかった、無事だったか」
安堵から思わず顔がほころんだ。
「時任様、こっち」
御法に手を引かれ、築地塀沿いに東の対へ向かう。
透渡殿をすすみ遣戸を開けて御簾をまくり上げる。
中にはさらわれた人々が板張りの床に整然と並べられていた。
みな胸には白羽の矢が刺さり、顔に血の気はなく人形のように見えた。
一番手前の女性は先月きさらぎの家から失踪した平瑠衣だ。
(やはり白羽の犠牲になっていたのか)
首筋に手を触れる。体温は低いがかすかに脈を感じる。
北側の几帳の前には、あの夏の最後の日に見た黄緑色のワンピース姿の菜摘がいた。異空間では時間が止まっているのか17歳のままだ。
「玉鬘、御法、ここの人たちの手当を頼む」
母屋へ続く渡殿には重々しい邪気が充満していた。
一歩進むごとに濃くなってゆく。
母屋に足を踏み入れた途端に悪寒が走った。
健人は雪華斬を鞘から抜く。鬼神たちも太刀を構える。
藤の模様をあしらった几帳の向こうから禍々しい声が響いた。
「きたか、白羽一族の者よ」
現れたのは唐衣裳の女人、武蔵の国で相まみえた黒星丸の姿だ。
そしてその向こうには兄、惟光の姿があった。目の焦点が定まらず空を見つめている。
「兄者、兄者、わかるか、返事をしてくれ!!」
「こやつの魂を喰ろうてやったわ。さすが帝の血筋だけあって美味であったぞ」
黒星丸はふふふと含み笑いをする。
「いまは、わらわの食餌を捕らえるためのあやつり人形じゃ。意思などない、呼びかけても無駄じゃ」
そして、頭からつま先まで舐め回すように健人を見つめる。
「そなたは魂だけではなく血肉も喰うてやる」
屋敷中にとどろき渡る咆哮とともに、つややかな黒髪がヤマタノオロチのごとく八匹の大蛇に姿を変えた。
大蛇たちは鞭にように大きくしなり、うなり、荒れ狂い、母屋の室礼を瞬く間に破壊していく。
砕かれた木片が四方八方に飛び散る。
安易に近づくこともできず、目で追うのが精いっぱいだった。空蝉が短弓から放った矢は固い鱗にはじかれ刺さらない。
「去ね、目障りな蠅どもが」
大蛇がつぎつぎに鬼神たちを捕らえ、身動きができないよう巻き付き締め上げていく。
一匹の大蛇が健人に襲いかかる。
雪華斬で切りかかるが、刀ははじかれ、勢いで体ごと庭園まで吹き飛ばされた。
「ぐぅっ!」
姿勢を崩したところを狙われ、健人も大蛇に片足を捕らえられた。
黒星丸が地面を滑るように寄ってくる。目と鼻の先で止まり、健人を見下ろした。
「せめて一思いに殺ってやろうぞ」
鉄鉱石のような爪の生えた右手を高く振り上げた。
「時任様、危ない!」
熊童子が満身の力で大蛇を引きちぎると、健人と黒星丸のあいだに飛び込んだ。
爪は振り下ろされ、熊童子の背中は大きく切り裂かれた。血飛沫が飛び、健人の顔を赤く染める。
「貴様、よくもわらわの美しい髪を切ってくれたな!!!!」
怒りの形相で熊童子をつかむと築地塀に向かって投げつけた。
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