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第7話

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長元元年(西暦1028年)―
白羽一族の風雅な庭園で惟光これみつが弓を引いていた。
放たれた矢は大気を引き裂くような音を残し十五間先の霞的かすみまと中白なかしろを射ぬく。

「お見事」

後ろから声がした。

「もう起きてよいのか」

惟光が問う。
大事ない、と時任ときとうは強がって見せたが、痛みに思わず顔がゆがむ。
一昨日の晩の取り締まり中に、群盗の矢が時任の脇腹をえぐった。幸い傷は浅かったが、矢尻に鳥兜とりかぶとの毒が塗られていたため、傷の治りが悪い。
傷をかばいながら渡殿わたどのに胡坐をかく。
すぐに黒い小袖の女童が駆け寄り、時任の患部に手を当てた。温かい気が流れ込み徐々に痛みは和らでいった。

「まったく、そなたには世話になるな」

時任が御法みのりの頭をなでる。

北の対の屋に続く中門廊ちゅうもんろうから絹擦れの音が聞こえた。
惟光が音のするほうに目をやる。

「そら、時任、さっそく迎えが来たぞ」
「御私室にいらっしゃらないと思ったら、やはりこちらでございましたか」
「ふん、寝ているのは飽きた」
「ほんに仕方のない方ですこと」

ころころと笑いながら、玉鬘たかまずらが時任の隣に腰を下ろす。

悪鬼は人間と見た目がほとんど変わらず、ふだんは人間に交じり生活している。人心の荒廃につけこみ扇動し悪の道を歩ませるのだ。
賀茂家の流れをくむ白羽一族の弓矢には、悪鬼から生気と邪気を吸い取る呪禁の法が施されている。これに射られた悪鬼はたいてい消滅するが、中には改心し鬼神となり射手に尽くすものもいる。
惟光と時任には5人の鬼神が仕えていた。
鬼神衆の長を務める怪力の熊童子くまどうじ、弓の名手の空蝉うつせみ、槍の使い手の犬君いぬき、治癒を得意とする御法と玉鬘。
時任には公家の出の正室がいたが反りが合わず、玉鬘を妻として常にそばに置いていた。


「兄者よ、昨今の都の治安のことだ」

京の都では疫病が蔓延し、庶民は飢餓に苦しんでいた。
ひもじさから盗みをはたらく者があとをたたない。略奪が横行し、以前にも増して盗賊は凶悪化している。先日も六条の公家の屋敷に火が放たれ、家財道具が奪われたばかりか稗女はしため雑色ぞうしき13名が亡くなった。

「もはや尋常ではない、皆はそうは思わぬか」

惟光のそばに控えていた空蝉もうなずいた。

「畏れながら、熊童子も悪鬼が増えていることを憂いておりました。おそらく東国から流れてきているかと」

蛮勇の地とよばれる東国は戦、戦で大地は荒れ果てていた。戦火から命からがら逃げだした民が食料と職を求めて京に押し寄せている。悪鬼はその人の流れにのってやってくるという。

「東国か」

時任は顎に手をやりしばし考える。

「犬君よ、そこにおるであろう、降りてこい」

天井に向かって声を張り上げる。犬君はちょいと庇から顔をのぞかせると、トンボを切りながら屋根から飛び降りた。

「東国についてなにか聞き及んでいることはないか?」

犬君が言うところには、奥州の玉山金山たまやまきんざんで産出される大量の金をめぐり、激しい争乱が長きに渡り絶えることがなかったが、武蔵の国の豪族・武蔵七党が戦に加わるようになってからは血で血を洗うありさまだという。
事態を重く見た朝廷が軍を送り込み制圧にのりだしてはいるが、はかばかしい結果は得られていない。

「武蔵七党の兵はほとんどが悪鬼ではないかと。しかし、どうやってそれほどの数を揃えたのかわかりませぬ」
「まさか武蔵の国に黒星丸がいると?」

黒星丸とは悪鬼を産みだす鬼である。大きな角と牙をもち、眼光は鋭く、口は耳まで裂けており、それは恐ろしくおぞましい姿をしているという。

そういえば、と思い出したように玉鬘が言った。

「陰陽寮の安倍吉平あべのよしひら様が唐より持ち帰られた占いをためされたところ、武蔵の国に凶星が見えたとおっしゃられたとか」
「それが黒星丸か?」
「かもやしれません」

玉鬘は小首をかしげた。

「さぁさ時任様、お話はここまでにいたしましょう。薬湯を用意しております。そろそろお休みくださいませ」

仕方がない、戻るとするか、しぶしぶ時任は腰を上げた。

「御法、私室に錦小路であがなった舶来物の菓子があるぞ、くるか?」

子犬のように飛び跳ねながら御法は時任と手をつなぐ。

「時任様、妾、双六遊びもしたい」
「よいな、ただし手加減はせぬぞ」

玉鬘に寄り添われ時任は北の対へ戻っていく。
その背中に

「養生に励めよ」

と惟光が声をかける。


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