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第2話
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白羽の矢が立つ、という言葉がある。
能力を買われ大役に抜擢されるような意味があるが、もともと白羽の矢は神にささげる生贄を選ぶときに使われたものだ。
昨今「空から降ってきた白い羽根の矢に撃たれた人間が次々と消失している」という都市伝説が誠しとやかにささやかれている。
誰が言い出したのかはわからないが20年ほど前から始まったらしい。
―逢魔が時、空が割れ漆黒の切れ目から白い矢が放たれる。胸を射貫かれた人間は連れ去られ魂を抜かれるー
現代版の神隠しは、とくに若い世代に受け入れられた。
インターネット上では専用の掲示板やブログが複数開設され、リアリティ溢れる目撃談からただの憶測までさまざまな情報が飛び交っている。
宇宙人によるキャトルミューティレーション説、秘密組織の陰謀論、人体発火説など枚挙にいとまがない。
世界中に白羽の矢を降らせ人類を滅ぼしてくださいと空に向かって祈りを捧げるタチの悪い世紀末思想のサークルも多数存在するようだ。
天下の警視庁がそのような怪奇現象を信じるわけにはいかない。しかし多数の失踪者が出ている事実がある以上放置しておくこともできない。
そこで、表向きは失踪者捜索の専門チーム、真の目的は白羽の矢に関する情報を収集する特捜班第七係が創設されのだ。
1DKのマンションで健人はひとり暮らしをしている。
帰宅するとまずシャワーを浴びる。そして軽い夕食を食べながら、パソコンを起ち上げ過去の失踪者のファイルを開き、あらたな情報を追加していく。
山口花梨が失踪したのが9月20日、その前は7月1日で町田市の会社員男性がジョギングにでたまま帰宅しなかった。
そして5月27日には吉祥寺の男子中学生が塾に向かう途中に姿を消している。
過去のデータを見ると昨年までは1年に2人か3人だったのに、今年に入ってから急にスパンが短くなっている。それとも過去に見落としている行方不明者がいるのか……。
健人は椅子の背にもたれ目を閉じた。
ピンポーン。呼び鈴が鳴った。
ドアを開けると佐伯が立っていた。
「どうぞ、佐伯警部補」
「やめてくれ、お前から階級で呼ばれるとくすぐったくて仕方ない」
笑いながら部屋に上がりこむ。
「大吾、ビールでいい?」
「ああ」
冷蔵庫から缶ビールをふたつ取り出すとダイニングテーブルに置いた。
大吾は持ってきた箱から苺のショートケーキを取り出す。ろうそくをさし、ライターで火をつけた。
今日は古谷菜摘の23歳のバースデイだ。
「誕生日おめでとう」
主役が不在のまま健人と大吾は乾杯した。
二人は近所にすむ幼馴染だった。大吾は健人より4歳年上だが、お互いの母親が学生時代からの友人だったこともあり、赤ん坊のころから一緒に過ごすことが多かった。
健人が野球を始めたのもスイミングを習いたいと思ったのも大吾の影響だ。
兄のような存在というよりは、スポーツにも勉強にも秀でた大吾は憧れでありヒーローだった。
そして、菜摘が大吾の家にやってきたのは健人が小2の時だった。
遠縁の親戚の娘で、菜摘の父親がアメリカで難病治療を受ける間、大吾の家で預かることになったのだ。
両親と離れて暮らす、それだけでも7歳の女の子にとっては不安と寂しさでいっぱいだっただろう、しかしそんな環境下でも菜摘は明るく振舞おうと頑張っていた。
もともと面倒見のいい性格の大吾は、菜摘に宿題を教えたり外遊びに連れだしたりしていた。
健人も放課後、同級生たちと遊ぶ時には菜摘にも声をかけた。
ザリガニ釣りや虫捕りもした。今思えば、女の子にとって楽しい遊びだったか、いささか疑問ではあるが、それでも菜摘はいつも笑顔をみせてくれていた。
小4で菜摘が両親の元に戻るまで3人の友情は続いた。
そして5年後、健人は都内の高校に進学する。
「あのさ、もしかして健人?」
入学式の後、校門を出たところで一人の少女に声をかけられた。
ゆるくウェーブしたロングヘアに色白の肌、くっきりとした二重まぶたの黒目がちな瞳。
あまりに好みのタイプの女の子で健人はドキマギした。
「え、っと知り合い?」
「やだ、忘れちゃったの?」
少女は口を尖らせた。
「こうすればわかる?」
長い髪をまとめてポニーテールにする。菜摘のトレードマークだったヘアスタイルだ。
「まさか菜摘??」
「当たり!」
菜摘は親指をたてていいね!のポーズを作る。
「健人は全然変わっていないからすぐわかったよ」
変わっていなくはないだろう、背だって伸びたしと言いたかったがうまく言葉にならなかった。
「同じC組だね。私、同じ中学出身の子はいないから知り合いがいて心強いよ」
「クラス名簿に名前あったっけ?」
「苗字が変わったんだ。今はね、古谷菜摘」
菜摘の父親はアメリカでの治療後一度は快復したが、病が再発し、闘病の甲斐なく亡くなってしまった。
駆け落ち同然で故郷を飛び出した菜摘の母は実家を頼ることもできずにしばらくは母と子ふたりでの生活だったが、菜摘の祖父母は娘と孫を受け入れ、今は4人で暮らしているという。
「古谷は母親の旧姓なの」
高校に進学するタイミングで引っ越し、現在は隣の区に住んでいるということだった。
ともに電車通学で同じ路線だったことから、自然と一緒に登下校するようになった。試験前にはファストフード店で二人で勉強をした。小学生時代の付き合いが復活したようで健人は嬉しかった。
しかし今は小学生ではない。
ただの遊び仲間ではなく、ひとりの女の子として惹かれていくのに時間はかからなかった。
同時にそれは健人の一方通行な想いであることも理解していた。
能力を買われ大役に抜擢されるような意味があるが、もともと白羽の矢は神にささげる生贄を選ぶときに使われたものだ。
昨今「空から降ってきた白い羽根の矢に撃たれた人間が次々と消失している」という都市伝説が誠しとやかにささやかれている。
誰が言い出したのかはわからないが20年ほど前から始まったらしい。
―逢魔が時、空が割れ漆黒の切れ目から白い矢が放たれる。胸を射貫かれた人間は連れ去られ魂を抜かれるー
現代版の神隠しは、とくに若い世代に受け入れられた。
インターネット上では専用の掲示板やブログが複数開設され、リアリティ溢れる目撃談からただの憶測までさまざまな情報が飛び交っている。
宇宙人によるキャトルミューティレーション説、秘密組織の陰謀論、人体発火説など枚挙にいとまがない。
世界中に白羽の矢を降らせ人類を滅ぼしてくださいと空に向かって祈りを捧げるタチの悪い世紀末思想のサークルも多数存在するようだ。
天下の警視庁がそのような怪奇現象を信じるわけにはいかない。しかし多数の失踪者が出ている事実がある以上放置しておくこともできない。
そこで、表向きは失踪者捜索の専門チーム、真の目的は白羽の矢に関する情報を収集する特捜班第七係が創設されのだ。
1DKのマンションで健人はひとり暮らしをしている。
帰宅するとまずシャワーを浴びる。そして軽い夕食を食べながら、パソコンを起ち上げ過去の失踪者のファイルを開き、あらたな情報を追加していく。
山口花梨が失踪したのが9月20日、その前は7月1日で町田市の会社員男性がジョギングにでたまま帰宅しなかった。
そして5月27日には吉祥寺の男子中学生が塾に向かう途中に姿を消している。
過去のデータを見ると昨年までは1年に2人か3人だったのに、今年に入ってから急にスパンが短くなっている。それとも過去に見落としている行方不明者がいるのか……。
健人は椅子の背にもたれ目を閉じた。
ピンポーン。呼び鈴が鳴った。
ドアを開けると佐伯が立っていた。
「どうぞ、佐伯警部補」
「やめてくれ、お前から階級で呼ばれるとくすぐったくて仕方ない」
笑いながら部屋に上がりこむ。
「大吾、ビールでいい?」
「ああ」
冷蔵庫から缶ビールをふたつ取り出すとダイニングテーブルに置いた。
大吾は持ってきた箱から苺のショートケーキを取り出す。ろうそくをさし、ライターで火をつけた。
今日は古谷菜摘の23歳のバースデイだ。
「誕生日おめでとう」
主役が不在のまま健人と大吾は乾杯した。
二人は近所にすむ幼馴染だった。大吾は健人より4歳年上だが、お互いの母親が学生時代からの友人だったこともあり、赤ん坊のころから一緒に過ごすことが多かった。
健人が野球を始めたのもスイミングを習いたいと思ったのも大吾の影響だ。
兄のような存在というよりは、スポーツにも勉強にも秀でた大吾は憧れでありヒーローだった。
そして、菜摘が大吾の家にやってきたのは健人が小2の時だった。
遠縁の親戚の娘で、菜摘の父親がアメリカで難病治療を受ける間、大吾の家で預かることになったのだ。
両親と離れて暮らす、それだけでも7歳の女の子にとっては不安と寂しさでいっぱいだっただろう、しかしそんな環境下でも菜摘は明るく振舞おうと頑張っていた。
もともと面倒見のいい性格の大吾は、菜摘に宿題を教えたり外遊びに連れだしたりしていた。
健人も放課後、同級生たちと遊ぶ時には菜摘にも声をかけた。
ザリガニ釣りや虫捕りもした。今思えば、女の子にとって楽しい遊びだったか、いささか疑問ではあるが、それでも菜摘はいつも笑顔をみせてくれていた。
小4で菜摘が両親の元に戻るまで3人の友情は続いた。
そして5年後、健人は都内の高校に進学する。
「あのさ、もしかして健人?」
入学式の後、校門を出たところで一人の少女に声をかけられた。
ゆるくウェーブしたロングヘアに色白の肌、くっきりとした二重まぶたの黒目がちな瞳。
あまりに好みのタイプの女の子で健人はドキマギした。
「え、っと知り合い?」
「やだ、忘れちゃったの?」
少女は口を尖らせた。
「こうすればわかる?」
長い髪をまとめてポニーテールにする。菜摘のトレードマークだったヘアスタイルだ。
「まさか菜摘??」
「当たり!」
菜摘は親指をたてていいね!のポーズを作る。
「健人は全然変わっていないからすぐわかったよ」
変わっていなくはないだろう、背だって伸びたしと言いたかったがうまく言葉にならなかった。
「同じC組だね。私、同じ中学出身の子はいないから知り合いがいて心強いよ」
「クラス名簿に名前あったっけ?」
「苗字が変わったんだ。今はね、古谷菜摘」
菜摘の父親はアメリカでの治療後一度は快復したが、病が再発し、闘病の甲斐なく亡くなってしまった。
駆け落ち同然で故郷を飛び出した菜摘の母は実家を頼ることもできずにしばらくは母と子ふたりでの生活だったが、菜摘の祖父母は娘と孫を受け入れ、今は4人で暮らしているという。
「古谷は母親の旧姓なの」
高校に進学するタイミングで引っ越し、現在は隣の区に住んでいるということだった。
ともに電車通学で同じ路線だったことから、自然と一緒に登下校するようになった。試験前にはファストフード店で二人で勉強をした。小学生時代の付き合いが復活したようで健人は嬉しかった。
しかし今は小学生ではない。
ただの遊び仲間ではなく、ひとりの女の子として惹かれていくのに時間はかからなかった。
同時にそれは健人の一方通行な想いであることも理解していた。
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