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第6話 魔法学校の日々(2)

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もうすぐ夕食の時間だ。
早く女子寮に戻らなくちゃ、図書館のらせん階段を駆け下りる。

(あーもう、飛んだら一瞬なのにな)

こんな時にも空を飛べないことがもどかしく感じてしまう。
入学したばかりのころ、つい寮の窓から飛んでしまい、寮母にこっぴどく怒られたこともあった。
借りてきた本を自室に置き、急いで食堂に向かう。
コートニーとルッカもちょうど外出から戻ってきたところだった。

「ごはん行こうよ」

デライラはすでに食堂に来ていた。
みなで席に着く。

「コーラル、数学の課題はどうだった?わからないところある?」
「何とか終わったよ、カフェに行ったらケリーがいて教えてくれたんだ」

隣で聞いていたコートニーの目がきらっと輝く。

「そうなの?あーあ、私も行って教わりたかったよーー」
「コートニー、数学得意じゃん……」

コートニーはケリーが好きらしい。

「コートニーは面食いだよね」

とルッカ。

「いやいや、ケリーは顔だけじゃないから、いや顔も好きなんだけど!頭もよくて面倒見もよくて優しくて!パーフェクトだよ」

うっとりとした表情で、手に持ったフォークでハートマークを描く。

「デライラは魔法医師志望だから、中等科でもケリーと一緒だよね」
「たぶんそうなるんじゃない?」
「いいなあ、私も医学部にいこうかな」
「天文学部はどうするのよ。進路を変えるなんて簡単じゃないのよ、適性検査だってもうすぐあるのに」
「もー、堅いなあ。進路のことより恋バナしようよ、コイバナ、ね?」
「今は好きだのなんだのやっている暇はないでしょ」
「デライラ、何を言っているのよ!青春時代に恋をしないで他に何するっていうの!!」
「……勉強」

興奮気味のコートニーをなだめようとルッカが割って入る。

「まあまあ。ケリーは地元でもモテていたみたいだし、ライバル多そうだよね」
「そうなんだよ、ほかの学年の女の子からも注目されているしさあ……。あ、そういえば、イーライは2年生の女子に人気だよね」
「えぇ?あの脳筋が??」
「ほんと、ほんと」

イーライに想いを寄せているらしい2年生女子の名前を二人あげた。

「えー、趣味悪いなあ」

ルッカが眉間にしわを寄せている。

「ところでさ、コーラルは好きな人いないの?」
「えっ??な、なに??」

急に矛先がむいてとまどう。

「それは気になるかも」

恋愛には興味ないスタンスだったはずのデライラまで身を乗り出してきた。

「もしかしてクリムゾンヘブンの男の子だったり?」
「そんな人いないから!」
「あれ?ちょっと赤くなった?」
「なってないし!」

ぶんぶんと手を振って全力で否定する。

「その慌てぶりは怪しいなー」
「ごちそうさま!!レポートやるから部屋に戻るね!」

これ以上追及されないように、コーラルは慌てて席を立った。


自室のベッドに寝転がりながら、食堂での話を考えていた。
好きな男の子の話になったとき、思い浮かんでいたのはウィルだった。
でも、ほんとに「好き」って気持ちがよくわからない。
コートニーの言うように一緒にいてドキドキしたりはしないけれど、優しい暖かい気持ちになる。
これは恋なのか?
考えたところで、今すぐに結論が出る気はしない。
この問題の答えはしばらく保留にしよう。



「元気がないね」

ウィルが心配そうに声をかける。

「そうかな?」
「声が疲れているよ、勉強が大変?」

確かに疲れている。
補習や課題や自習がてんこ盛りで、ここに遊びに来る時間を作るのも一苦労だ。
まだクリムゾンヘブンにいたときのほうが、こまめに会いに来れていた。

「ん-、クラスのみんなが助けてくれるからなんとかなっているけど、正直なところ、ついていくので精一杯で」
「そうなんだ」
「でもね、薬草学だけは褒められるんだ。先週もマンドラゴラの根っこを使って薬を作ったけど、クラスで一番出来が良かったって。ウィルとカリンダのおかげだよ」

勉強もハードだが、マケドニアでのささやかな生活習慣の違いもストレスになっていた。
空を飛べないことがこんなに不便だなんて想像以上だった。

「故郷が懐かしい?」
「ちょっとだけ、ね」

クラスメイトたちのことは大好きだし、寮母さんも母親のように優しく面倒を見てくれる。
それでもクリムゾンヘブンの友だちに会いたいし、父さんや母さんが元気か心配になるときがある。
ダイニングキッチンからカリンダが呼ぶ声がした。

「今日はいいものがあるよ」

テーブルに並んでいたのはオレンフルーツのパイだった。 
オレンフルーツはクリムゾンヘブンでしか採れない果物で、強い甘みと酸味が特徴だ。
大きめの角切りにした果肉をたっぷりのスパイスで煮込んだらパイ生地で包み、オーブンで香ばしく焼き上げる。
軽食やおやつでよく食べられているクリムゾンヘブンの郷土料理だ。

「わあ、どうしたの、これ?」
「ちょっと昔の伝手を使ってね」

カリンダが王宮の魔導士だったころの知人をたどって果物とレシピを手に入れたそうだ。

「さあ、おあがり」
「いただきます」

オレンフルーツの甘酸っぱさが口いっぱいに広がり、スパイスが鼻に抜けてゆく。
コーラルには懐かしい故郷の味だ。

「おいしい!」
「少しは元気でたかい?」
「うん、元気になった。まだまだクリムゾンヘブンのために頑張れる。あの国は私にかかっているんだもの」




そして1年後、コーラルは14歳になっていた。

「集中しなさい!」

練習場にダイアンの厳しい声が飛んだ。
深く呼吸し、錫杖に意識を集中させる。

よし!
真空の刃ウィンドエッジ!」

呪文を唱えると、空気から生み出された鋭い風の刃が木製の的を二つに切り裂いた。

「いいわね、威力が出てきたわ。今日の授業はこれでお終いにしましょう」
「ありがとうございました!」

後ろから拍手と声がする。

「すげーな!!」
「あは、ザック、見ていたんだ」

ザックがカバンから封筒を取り出す。

「はい、おふくろさんとジリアンから預かった手紙」
「ありがとう」

ザックは父親の家業を継ぐため、トランスポーター見習いとして半年前からマケドニア王宮に出入りする様になっていた。

「そろそろ卒業だったよな」
「うん、来月が卒業式」

初等科を卒業すれば魔導士と名乗ることができる。
その後は中等科、高等科へ進み、専門の学部で王宮魔導士に必要な技術や知識を学んでいくことになる。
イーライとルッカは軍事・防衛学部に、ケリーとデライラは魔法医学部、マタンは考古学部、コートニーは天文学部へそれぞれ進学する。

そして、コーラルにとっては、宝玉を手に入れる旅の始まりだ。



卒業式の翌日、王宮の会議室で遠征のミーティングが行われた。
ルモンド博士より調査団の報告書が読み上げられた。
宝玉は旧バルクムーン帝国の中央部に位置するアル・コバール連峰にあることがわかった。
かつてホワイトエデンが浮かんでいたとされる場所にほど近い。
続いて旅の進路について。
シルフォニア大陸は横長のリンゴのような形をしており、南北につらなるカーヴァーホルン山脈が二つの国を隔てている。
標高の高い山脈を超えるよりは、海に出て船で大陸沿いに移動し、東側に上陸するほうが安全だということになった。
そこから砂漠を縦断し、目的地を目指すことになる。
砂漠のあちこちにならず者たちが集落を作っており、縄張り争いで死傷者がでたり、また旅人が強盗に合う被害も報告されている。
コーラルには王宮魔導士で結成した護衛団が同行することになった。

「では、これより具体的な日程と……」
「お話し中に失礼します!」

突然、会議室の扉が開き、イーライとルッカが入ってきた。

「ルモンド博士、俺たちにコーラルの護衛をさせてください」
「君たちはコーラルのクラスメイトだね。護衛は腕利きの魔導士たちにあたってもらうことになっている。君たちのような若者を無駄に危険にさらすわけにいかないんだ」
「ルモンド博士、お言葉を返すようですが、私と兄は十分な訓練をこなし、護衛団の魔導士に劣らない技量を身に着けていると自負しています。それに私たち兄妹とコーラルはこの2年間を共に過ごし、強い信頼関係を築いてきました。長旅に必要なのは仲間同士の絆ではないでしょうか」
「もちろん、気心が知れているほうがやりやすいこともあるだろうが……。コーラル、君の意見は?」

この二人が一緒ならどれほど力強いだろう。

「一緒に行きたいです」
「わかった、君の意見を尊重しよう」

よっしゃ!とイーライとルッカはハイタッチをした。

「お任せください、必ず責務を果たします」

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