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第10話 そして離婚へ

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アビゲイルが温室へ行く準備をしていたところにローマンがやってきた。
反射的に身構える。
エマは買い物に出たばかりでしばらくは戻らない。
逃げなくちゃ、そう思っても恐怖で体がこわばって動くこともできない。
叫ぼうにも喉がカラカラに乾ききって、息をするのですら苦しかった。

「来ないで……」

それだけ言うのがやっとだった。
アビゲイルの怖がる表情を見て、ローマンは満足げに下卑た笑いを浮かべた。

「おいおい、夫が妻を訪ねてきたんだぞ、もっと愛想よく出迎えたらどうだ?」

大股で近寄ってくると、アビゲイルの手首をつかみ、ベッドに乱暴に放り投げた。
ローマンがのしかかってくる。

「喜べよ、俺の子供を産ませてやる。家柄しか取り柄のない女がやっと役に立てるんだ」
「嫌よ!!!」

無我夢中で腕を振り回し、ノーマンの頬に爪を立てて引っかいた。
身体をよじり、なんとか体の下から抜け出したが、髪をつかまれ、引き戻されそうになる。
必死で腕を伸ばし、サイドテーブルの引き出しの短剣を掴んだ。

「触らないで!」

ノーマンに刃を向ける。

「あなたは、どこまで私を見下せば気が済むの?」
「馬鹿なことはするな、それを捨てるんだ」


「やめろ!!妹に何をしている!」

――――この声は。

「ヨハネスお兄様?」

アビゲイルは短剣を投げ捨てると、1年ぶりに会った兄に走って抱き着いた。
恐怖と怒りの感情が爆発し、激しく泣き叫んだ。

「待たせて済まなかったな」

強くアビゲイルを抱きしめ、頭を撫でた。
そして、怒りのこもった眼差しをローマンに向ける。

「妹とはすぐに離婚してもらう。離婚届に今ここでサインしろ」
「ははっ!馬鹿なことを言うな。娘を金で売った貧乏公爵家の分際で」
「ローマン、黙りなさい。離婚するのよ」

部屋に入ってきた義母のベラは眉間にしわを寄せている。

「母上、何を言っているんですか!今朝、子供を作れというから従ったのに!」
「状況が変わったのよ」
「借金はすべて返済した。もう妹をここに置いておく理由はない」

ローマンは忌々しそうにヨハネスを睨みつける。
しかし、母親には逆らえず、しぶしぶ離婚届に署名をした。


「さあ、こんなところすぐに出よう」

兄の連れてきた従者によって、アビゲイルの荷物はあっという間にまとめられ、馬車に乗せられた。
身体を休めるため、一旦、ヨハネスが宿泊しているホテルへ向かう。
アビゲイルの白い肌には、あざや擦り傷がいくつもできていた。

「あそこまで酷い男だとは思わなかった。お前にはいくら謝っても足りないな。一日でも早く迎えに行きたかったが、だまし取られた鉱山の利権を取り戻す裁判に時間がかかってね」

ヨハネスは妹の頬を撫でた。

「アビー、辛かっただろう。本当に申し訳ない」
「もう大丈夫よ、お兄様が来てくださったんですもの」

アビゲイルは微笑んだ。

「でも、お義母さまがあんなにあっさり離婚を認めると思わなかったわ」
「じつはケッペル家の違法ぎりぎりの商売を見つけてね。それについて役所に届けるか、お前を返してもらうか迫ったら、苦虫を噛み潰したような顔で了解してくれたよ」

ヨハネスはその時のことを思い出したのか、ククっと笑った。

「まったく、お兄様ったら策士ね」
「お前の体が大丈夫なら、明日にはここを発とうと思うんだが」
「いいえ、私は領地には帰らないわ」
「アビー?」
「王都で働きたいの」
「働くとはどういうことだ?」
「お兄様に会って欲しい人たちがいるの」

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