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第19話 エリーゼの恋 -7-
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古い寮の空き部屋で、エリーゼはノアの背中に爪を立てていた。粗末なベッドが若い男女の動きに合わせてギシギシと音を立てる。
「ノア、ノア……もう、だめ」
「リゼ、好きだよ」
お互いの気持ちを確かめ合った二人がこうなるのは必然だった。
達した後は、シーツにくるまりながら、ほんのり汗ばんだ胸にもたれかかる。顔をあげるとノアと目が合った。エリーゼからキスをする。
このころになると、ノアのストレートな愛情表現にも慣れて、自分からも好意を示せるようになっていた。
「リゼはさ、結婚するなら貴族の男じゃないとだめなの?」
「そんなことはないと思うけど」
アースキン家は爵位こそあるが、領地もない名ばかりの貴族だ。4人兄妹の末の娘だし、父親からも家のことは気にせず、将来は好きにしていいと言われている。
ノアは平民だが、実家は酒造業を営んでいて財を成している。おそらくエリーゼの家などよりはるかに裕福だろう。いずれ爵位を買うこともあるかもしれない。
「卒業したら結婚しようよ」
「結婚なんてまだ考えられないわ。早すぎない?」
「予約しておいてよ。おれモテるからちゃんとキープしておかないとすぐに売れちゃうよ」
「もう。しょっているわね」
「事実だから」
ノアは楽しそうに笑う。
次第に、ふたりは結婚後の夢を語り合うようになった。
「子供はたくさん欲しいんだ」
ノアは一人息子で跡取りは必須だ。しかし、それ以上に一人っ子で寂しかったから、兄弟がたくさんいるのに憧れるという。
一方、エリーゼは兄、兄、姉、自分の4兄妹。
「どんな感じだった?」
「姉さまは優しくて仲良しよ。いつも一緒に遊んだり、いろいろ相談したりしていたの。上の兄さまと下の兄さまには意地悪ばかりされていたような気がするわ。そのたびに姉さまが怒って庇ってくれて。兄さま同士は楽しそうに遊んでいたかと思えば、急に取っ組み合いの大喧嘩をしたりして、いつも騒がしかったな」
「そういうのいいよね。羨ましいよ」
「どうかしらね」
エリーゼは苦笑いをした。
ノアと夫婦になり、たくさんの子供たちに囲まれて、笑いの絶えない幸せな家庭を築く。今はまだ頭の中で思い描く夢にしか過ぎないけれど、近い将来には現実にできるはず。そう信じて疑わなかった。
この時が一番幸せな時間だった。
エリーゼは中等科を終了し卒業するが、ノアはそのまま高等科に進学することになった。
二年後のノアの卒業を待ってお互いの両親に結婚の許可をもらう約束をして、エリーゼは実家に戻った。
アースキン家では、長女ナタリーと幼馴染である子爵家の嫡男との結婚の準備が着々と行われていた。
姉の私室のトルソーにはウェディングドレスが飾られていた。銀の糸で百合の花が大きく刺繍されている。清楚なナタリーのイメージにぴったりのデザインだ。
「うわあ! ステキなドレスね!」
「今日、届いたばかりなのよ」
「なんて奇麗なのかしら」
エリーゼはうっとりとした表情でそっとベールに触れてみた。つややかな絹の感触を指先で感じる。
「ナタリー、お医者様がいらしたわよ」
母親が呼びに来た。
「医者? 姉さま、具合でも悪いの?」
「違うわよ。子供のできやすい体に整えるためのお医者さんなの」
「へえ。そんなことができるなんて知らなかったわ」
「ねえ、エリーゼも一緒に受診しない? あなたも再来年には結婚するんだから、早いうちから準備したほうがいいわよ」
姉に勧められて、軽い気持ちで一緒に検査を受けることになった。
「エリーゼ様、お話をよろしいでしょうか」
全ての検査を終えた後に、エリーゼだけが別室に呼ばれた。医師の重い口調に不安がよぎる。
「大変、申し上げにくいのですが……」
その後に続く言葉にエリーゼは打ちのめされた。
「そんな。わたしは子供が産めないのですか……?」
「いえ、必ずしも産めないというわけではございません。ただ、自然妊娠はかなり難しいと思います」
その後、医師になんと返事をしたのかすら覚えていない。
エリーゼは泣きに泣いた。体中の水分がすべて抜けて枯れてしまうかと思うまで、一生分の涙を流した。
わたしはノアとは結婚できない。こんなに好きでも、愛していても、ノアの夢をかなえてあげられないから。
ノアに手紙をしたためた。あなたとは結婚する気がなくなった。わたしのことは忘れて欲しいと。
本当の理由はとても書けなかった。もしかしたら、ノアは子供は要らないと言い出すかもしれない。そんなのはダメだ。ちゃんと子供を産める女性と結婚して、子だくさんの家庭を作って欲しい。
ノアからは、受け入れられない、話し合いがしたい、せめて会って欲しいと何通も手紙が届いた。しかし、一切の連絡を無視した。
「ノア、ノア……もう、だめ」
「リゼ、好きだよ」
お互いの気持ちを確かめ合った二人がこうなるのは必然だった。
達した後は、シーツにくるまりながら、ほんのり汗ばんだ胸にもたれかかる。顔をあげるとノアと目が合った。エリーゼからキスをする。
このころになると、ノアのストレートな愛情表現にも慣れて、自分からも好意を示せるようになっていた。
「リゼはさ、結婚するなら貴族の男じゃないとだめなの?」
「そんなことはないと思うけど」
アースキン家は爵位こそあるが、領地もない名ばかりの貴族だ。4人兄妹の末の娘だし、父親からも家のことは気にせず、将来は好きにしていいと言われている。
ノアは平民だが、実家は酒造業を営んでいて財を成している。おそらくエリーゼの家などよりはるかに裕福だろう。いずれ爵位を買うこともあるかもしれない。
「卒業したら結婚しようよ」
「結婚なんてまだ考えられないわ。早すぎない?」
「予約しておいてよ。おれモテるからちゃんとキープしておかないとすぐに売れちゃうよ」
「もう。しょっているわね」
「事実だから」
ノアは楽しそうに笑う。
次第に、ふたりは結婚後の夢を語り合うようになった。
「子供はたくさん欲しいんだ」
ノアは一人息子で跡取りは必須だ。しかし、それ以上に一人っ子で寂しかったから、兄弟がたくさんいるのに憧れるという。
一方、エリーゼは兄、兄、姉、自分の4兄妹。
「どんな感じだった?」
「姉さまは優しくて仲良しよ。いつも一緒に遊んだり、いろいろ相談したりしていたの。上の兄さまと下の兄さまには意地悪ばかりされていたような気がするわ。そのたびに姉さまが怒って庇ってくれて。兄さま同士は楽しそうに遊んでいたかと思えば、急に取っ組み合いの大喧嘩をしたりして、いつも騒がしかったな」
「そういうのいいよね。羨ましいよ」
「どうかしらね」
エリーゼは苦笑いをした。
ノアと夫婦になり、たくさんの子供たちに囲まれて、笑いの絶えない幸せな家庭を築く。今はまだ頭の中で思い描く夢にしか過ぎないけれど、近い将来には現実にできるはず。そう信じて疑わなかった。
この時が一番幸せな時間だった。
エリーゼは中等科を終了し卒業するが、ノアはそのまま高等科に進学することになった。
二年後のノアの卒業を待ってお互いの両親に結婚の許可をもらう約束をして、エリーゼは実家に戻った。
アースキン家では、長女ナタリーと幼馴染である子爵家の嫡男との結婚の準備が着々と行われていた。
姉の私室のトルソーにはウェディングドレスが飾られていた。銀の糸で百合の花が大きく刺繍されている。清楚なナタリーのイメージにぴったりのデザインだ。
「うわあ! ステキなドレスね!」
「今日、届いたばかりなのよ」
「なんて奇麗なのかしら」
エリーゼはうっとりとした表情でそっとベールに触れてみた。つややかな絹の感触を指先で感じる。
「ナタリー、お医者様がいらしたわよ」
母親が呼びに来た。
「医者? 姉さま、具合でも悪いの?」
「違うわよ。子供のできやすい体に整えるためのお医者さんなの」
「へえ。そんなことができるなんて知らなかったわ」
「ねえ、エリーゼも一緒に受診しない? あなたも再来年には結婚するんだから、早いうちから準備したほうがいいわよ」
姉に勧められて、軽い気持ちで一緒に検査を受けることになった。
「エリーゼ様、お話をよろしいでしょうか」
全ての検査を終えた後に、エリーゼだけが別室に呼ばれた。医師の重い口調に不安がよぎる。
「大変、申し上げにくいのですが……」
その後に続く言葉にエリーゼは打ちのめされた。
「そんな。わたしは子供が産めないのですか……?」
「いえ、必ずしも産めないというわけではございません。ただ、自然妊娠はかなり難しいと思います」
その後、医師になんと返事をしたのかすら覚えていない。
エリーゼは泣きに泣いた。体中の水分がすべて抜けて枯れてしまうかと思うまで、一生分の涙を流した。
わたしはノアとは結婚できない。こんなに好きでも、愛していても、ノアの夢をかなえてあげられないから。
ノアに手紙をしたためた。あなたとは結婚する気がなくなった。わたしのことは忘れて欲しいと。
本当の理由はとても書けなかった。もしかしたら、ノアは子供は要らないと言い出すかもしれない。そんなのはダメだ。ちゃんと子供を産める女性と結婚して、子だくさんの家庭を作って欲しい。
ノアからは、受け入れられない、話し合いがしたい、せめて会って欲しいと何通も手紙が届いた。しかし、一切の連絡を無視した。
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