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第2話 カルヴィンの恋 -1-
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八歳の誕生日パーティ。
「未来のおまえの花嫁だよ」
カルヴィンは自宅の屋敷の庭で、一人の少女と引き合わされた。
レースをふんだんに使ったパステルピンクのドレスと、同色の小ぶりな薔薇のコサージュがとてもよく似合っている。可愛らしく結い上げられたプラチナブロンドは自ら光を放つかのように輝いていた。
「はじめまして。ミーシャです」
スカートを両手でつまんでお辞儀をする。
「ほら、カルヴィン。ご挨拶は?」
母親に叱られ、教わった通りの作法で挨拶を返す。
これが、カルヴィンのミーシャとの初めての出会いだった。まるで絵画に描かれた天使のような愛らしい姿に一瞬で心を奪われた。
宝石のように輝くサファイアブルーの瞳にじっと見つめられて、どきどきと胸が高鳴る。カルヴィンは初めての感情に戸惑っていた。
一方、ミーシャも頬をほんのり赤らめている。
子供たちの初々しい反応に、両家の親たちは満足げな笑みを浮かべていた。
お互いの父親が学生時代からの親友で、独身の頃から、もし将来、それぞれに息子と娘が生まれたら結婚させようと話していたのが現実となったのだ。
恋という言葉はまだ知らなかったが、親同士の交流のたびにミーシャに会えるのがカルヴィンは嬉しくてたまらなかった。
しかし、幼い子供ゆえ、なかなか自分の感情を伝えるのは難しく、時には泣かせてしまうこともあった。
□□□
「ねえ、カルったら。どこにいくの」
「こっちだよ、もうすぐだから」
行先は屋敷から百メートルほど離れた小さな森の中。付き添いなしでは決して出かけてはいけないと言われているが、子供とは大人の言いつけを守らないもので、カルヴィンは兄のアンディと屋敷を抜け出しては遊びに来ていた。
ただし、今日はアンディではなくミーシャと一緒だ。
低木に身を隠しながら、奥まった地面を指さす。
「あそこ見て」
「わあ!」
茂みには野ウサギの巣があった。おそらく少し前に産まれたのだろう、小さな仔うさぎが数匹、穴倉から交互に顔をのぞかせている。
これをミーシャに見せてあげたくて連れ出したのだ。以前、トカゲをプレゼントしたときには大泣きされたので、なんとか名誉挽回したかった。
「うわあ! かわいい!! ね、ね!」
薄茶色のもこもこした小動物が跳ねたり転がったりするたびにカルヴィンの服の袖をつかんで、ミーシャははしゃいだ声を出す。喜ぶミーシャの笑顔に、連れてきてよかったと思った。
どのくらいの時間、仔うさぎを見ていたのだろうか。青く晴れていたはずの初夏の空にはもくもくと入道雲が現れはじめた。
雲はみるみるうちに厚くなり、太陽を遮ると、突如バケツをひっくり返したような豪雨を降らせた。
「きゃあ!」
「うわっ!」
カルはすぐに自分の上着を脱いでミーシャに頭からかぶせた。ミーシャの手を引き、大木のウロに潜り込んだ。ここならすこしは雨がしのげる。
その瞬間、目のくらむような閃光が走り、間髪入れずにドンッっと轟音が響いた。
「いやあ!」
地面からも衝撃が伝わってきた。ほんのすぐ近くに雷が落ちたようだ。
「怖い、怖いよお」
ゴロゴロと鳴りやまぬ稲光に、涙をこぼしながら震えるミーシャをぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だから」
自分が泣きだしそうになりながらも、カルヴィンは少女の頭をやさしくなで続けた。
そのころ屋敷では、使用人総出で子供たちを探していた。ふたりは従者に発見されると、すぐに連れ戻され、両親にはこっぴどく叱られた。
豪雨に打たれ、全身ずぶ濡れになったカルヴィンは夕方から高熱を出した。頭はぼんやりとし、咳も止まらず喉がひりひり痛む。苦い薬汁を飲まされ、そのまま丸一日眠っていた。
よくやく熱が引いたころ、ミーシャがお菓子を持ってお見舞いに来てくれた。
「カル、だいじょうぶ?」
「ミーシャこそ、風邪をひかなかった?」
「うん、なんともないわ」
カルヴィンが自分の上着をかぶせたことで、ミーシャはそれほど濡れなかったらしい。
「ごめんよ、ぼくが無理にさそったりしたから」
「ううん、うさぎかわいかったもの。ありがとうね、カル」
チュッという音とともに、ミーシャのちいさな愛らしい唇が、カルヴィンの頬に軽く触れた。
「また、うさぎ見に連れて行ってね」
母親に呼ばれたミーシャは手を振りながら子供部屋を出て行った。
ミーシャにキスされた箇所をそっと指でなぞる。風邪の熱よりも顔が上気しているのを感じて、誰にも見られないよう毛布に潜り込んだ。
「未来のおまえの花嫁だよ」
カルヴィンは自宅の屋敷の庭で、一人の少女と引き合わされた。
レースをふんだんに使ったパステルピンクのドレスと、同色の小ぶりな薔薇のコサージュがとてもよく似合っている。可愛らしく結い上げられたプラチナブロンドは自ら光を放つかのように輝いていた。
「はじめまして。ミーシャです」
スカートを両手でつまんでお辞儀をする。
「ほら、カルヴィン。ご挨拶は?」
母親に叱られ、教わった通りの作法で挨拶を返す。
これが、カルヴィンのミーシャとの初めての出会いだった。まるで絵画に描かれた天使のような愛らしい姿に一瞬で心を奪われた。
宝石のように輝くサファイアブルーの瞳にじっと見つめられて、どきどきと胸が高鳴る。カルヴィンは初めての感情に戸惑っていた。
一方、ミーシャも頬をほんのり赤らめている。
子供たちの初々しい反応に、両家の親たちは満足げな笑みを浮かべていた。
お互いの父親が学生時代からの親友で、独身の頃から、もし将来、それぞれに息子と娘が生まれたら結婚させようと話していたのが現実となったのだ。
恋という言葉はまだ知らなかったが、親同士の交流のたびにミーシャに会えるのがカルヴィンは嬉しくてたまらなかった。
しかし、幼い子供ゆえ、なかなか自分の感情を伝えるのは難しく、時には泣かせてしまうこともあった。
□□□
「ねえ、カルったら。どこにいくの」
「こっちだよ、もうすぐだから」
行先は屋敷から百メートルほど離れた小さな森の中。付き添いなしでは決して出かけてはいけないと言われているが、子供とは大人の言いつけを守らないもので、カルヴィンは兄のアンディと屋敷を抜け出しては遊びに来ていた。
ただし、今日はアンディではなくミーシャと一緒だ。
低木に身を隠しながら、奥まった地面を指さす。
「あそこ見て」
「わあ!」
茂みには野ウサギの巣があった。おそらく少し前に産まれたのだろう、小さな仔うさぎが数匹、穴倉から交互に顔をのぞかせている。
これをミーシャに見せてあげたくて連れ出したのだ。以前、トカゲをプレゼントしたときには大泣きされたので、なんとか名誉挽回したかった。
「うわあ! かわいい!! ね、ね!」
薄茶色のもこもこした小動物が跳ねたり転がったりするたびにカルヴィンの服の袖をつかんで、ミーシャははしゃいだ声を出す。喜ぶミーシャの笑顔に、連れてきてよかったと思った。
どのくらいの時間、仔うさぎを見ていたのだろうか。青く晴れていたはずの初夏の空にはもくもくと入道雲が現れはじめた。
雲はみるみるうちに厚くなり、太陽を遮ると、突如バケツをひっくり返したような豪雨を降らせた。
「きゃあ!」
「うわっ!」
カルはすぐに自分の上着を脱いでミーシャに頭からかぶせた。ミーシャの手を引き、大木のウロに潜り込んだ。ここならすこしは雨がしのげる。
その瞬間、目のくらむような閃光が走り、間髪入れずにドンッっと轟音が響いた。
「いやあ!」
地面からも衝撃が伝わってきた。ほんのすぐ近くに雷が落ちたようだ。
「怖い、怖いよお」
ゴロゴロと鳴りやまぬ稲光に、涙をこぼしながら震えるミーシャをぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だから」
自分が泣きだしそうになりながらも、カルヴィンは少女の頭をやさしくなで続けた。
そのころ屋敷では、使用人総出で子供たちを探していた。ふたりは従者に発見されると、すぐに連れ戻され、両親にはこっぴどく叱られた。
豪雨に打たれ、全身ずぶ濡れになったカルヴィンは夕方から高熱を出した。頭はぼんやりとし、咳も止まらず喉がひりひり痛む。苦い薬汁を飲まされ、そのまま丸一日眠っていた。
よくやく熱が引いたころ、ミーシャがお菓子を持ってお見舞いに来てくれた。
「カル、だいじょうぶ?」
「ミーシャこそ、風邪をひかなかった?」
「うん、なんともないわ」
カルヴィンが自分の上着をかぶせたことで、ミーシャはそれほど濡れなかったらしい。
「ごめんよ、ぼくが無理にさそったりしたから」
「ううん、うさぎかわいかったもの。ありがとうね、カル」
チュッという音とともに、ミーシャのちいさな愛らしい唇が、カルヴィンの頬に軽く触れた。
「また、うさぎ見に連れて行ってね」
母親に呼ばれたミーシャは手を振りながら子供部屋を出て行った。
ミーシャにキスされた箇所をそっと指でなぞる。風邪の熱よりも顔が上気しているのを感じて、誰にも見られないよう毛布に潜り込んだ。
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