上 下
2 / 26

第2話 カルヴィンの恋 -1-

しおりを挟む
 八歳の誕生日パーティ。

「未来のおまえの花嫁だよ」

 カルヴィンは自宅の屋敷の庭で、一人の少女と引き合わされた。

 レースをふんだんに使ったパステルピンクのドレスと、同色の小ぶりな薔薇のコサージュがとてもよく似合っている。可愛らしく結い上げられたプラチナブロンドは自ら光を放つかのように輝いていた。

「はじめまして。ミーシャです」

 スカートを両手でつまんでお辞儀をする。

「ほら、カルヴィン。ご挨拶は?」

 母親に叱られ、教わった通りの作法で挨拶を返す。

 これが、カルヴィンのミーシャとの初めての出会いだった。まるで絵画に描かれた天使のような愛らしい姿に一瞬で心を奪われた。

 宝石のように輝くサファイアブルーの瞳にじっと見つめられて、どきどきと胸が高鳴る。カルヴィンは初めての感情に戸惑っていた。

 一方、ミーシャも頬をほんのり赤らめている。

 子供たちの初々しい反応に、両家の親たちは満足げな笑みを浮かべていた。

 お互いの父親が学生時代からの親友で、独身の頃から、もし将来、それぞれに息子と娘が生まれたら結婚させようと話していたのが現実となったのだ。

 恋という言葉はまだ知らなかったが、親同士の交流のたびにミーシャに会えるのがカルヴィンは嬉しくてたまらなかった。

 しかし、幼い子供ゆえ、なかなか自分の感情を伝えるのは難しく、時には泣かせてしまうこともあった。


□□□


「ねえ、カルったら。どこにいくの」

「こっちだよ、もうすぐだから」

 行先は屋敷から百メートルほど離れた小さな森の中。付き添いなしでは決して出かけてはいけないと言われているが、子供とは大人の言いつけを守らないもので、カルヴィンは兄のアンディと屋敷を抜け出しては遊びに来ていた。

 ただし、今日はアンディではなくミーシャと一緒だ。

 低木に身を隠しながら、奥まった地面を指さす。

「あそこ見て」

「わあ!」

 茂みには野ウサギの巣があった。おそらく少し前に産まれたのだろう、小さな仔うさぎが数匹、穴倉から交互に顔をのぞかせている。

 これをミーシャに見せてあげたくて連れ出したのだ。以前、トカゲをプレゼントしたときには大泣きされたので、なんとか名誉挽回したかった。

「うわあ! かわいい!! ね、ね!」 

 薄茶色のもこもこした小動物が跳ねたり転がったりするたびにカルヴィンの服の袖をつかんで、ミーシャははしゃいだ声を出す。喜ぶミーシャの笑顔に、連れてきてよかったと思った。

 どのくらいの時間、仔うさぎを見ていたのだろうか。青く晴れていたはずの初夏の空にはもくもくと入道雲が現れはじめた。

 雲はみるみるうちに厚くなり、太陽を遮ると、突如バケツをひっくり返したような豪雨を降らせた。

「きゃあ!」

「うわっ!」

 カルはすぐに自分の上着を脱いでミーシャに頭からかぶせた。ミーシャの手を引き、大木のウロに潜り込んだ。ここならすこしは雨がしのげる。

 その瞬間、目のくらむような閃光が走り、間髪入れずにドンッっと轟音が響いた。

「いやあ!」

 地面からも衝撃が伝わってきた。ほんのすぐ近くに雷が落ちたようだ。

「怖い、怖いよお」

 ゴロゴロと鳴りやまぬ稲光に、涙をこぼしながら震えるミーシャをぎゅっと抱きしめる。

「大丈夫、大丈夫だから」

 自分が泣きだしそうになりながらも、カルヴィンは少女の頭をやさしくなで続けた。

 そのころ屋敷では、使用人総出で子供たちを探していた。ふたりは従者に発見されると、すぐに連れ戻され、両親にはこっぴどく叱られた。

 豪雨に打たれ、全身ずぶ濡れになったカルヴィンは夕方から高熱を出した。頭はぼんやりとし、咳も止まらず喉がひりひり痛む。苦い薬汁を飲まされ、そのまま丸一日眠っていた。

 よくやく熱が引いたころ、ミーシャがお菓子を持ってお見舞いに来てくれた。

「カル、だいじょうぶ?」

「ミーシャこそ、風邪をひかなかった?」

「うん、なんともないわ」

 カルヴィンが自分の上着をかぶせたことで、ミーシャはそれほど濡れなかったらしい。

「ごめんよ、ぼくが無理にさそったりしたから」

「ううん、うさぎかわいかったもの。ありがとうね、カル」

 チュッという音とともに、ミーシャのちいさな愛らしい唇が、カルヴィンの頬に軽く触れた。

「また、うさぎ見に連れて行ってね」

 母親に呼ばれたミーシャは手を振りながら子供部屋を出て行った。

 ミーシャにキスされた箇所をそっと指でなぞる。風邪の熱よりも顔が上気しているのを感じて、誰にも見られないよう毛布に潜り込んだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「幼馴染が皇子様になって迎えに来てくれた」

まほりろ
恋愛
腹違いの妹を長年に渡りいじめていた罪に問われた私は、第一王子に婚約破棄され、侯爵令嬢の身分を剥奪され、塔の最上階に閉じ込められていた。 私が腹違いの妹のマダリンをいじめたという事実はない。  私が断罪され兵士に取り押さえられたときマダリンは、第一王子のワルデマー殿下に抱きしめられにやにやと笑っていた。 私は妹にはめられたのだ。 牢屋の中で絶望していた私の前に現れたのは、幼い頃私に使えていた執事見習いのレイだった。 「迎えに来ましたよ、メリセントお嬢様」 そう言って、彼はニッコリとほほ笑んだ ※他のサイトにも投稿してます。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

【完結】昨日までの愛は虚像でした

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
公爵令息レアンドロに体を暴かれてしまった侯爵令嬢ファティマは、純潔でなくなったことを理由に、レアンドロの双子の兄イグナシオとの婚約を解消されてしまう。その結果、元凶のレアンドロと結婚する羽目になったが、そこで知らされた元婚約者イグナシオの真の姿に慄然とする。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

変装して本を読んでいたら、婚約者さまにナンパされました。髪を染めただけなのに気がつかない浮気男からは、がっつり慰謝料をせしめてやりますわ!

石河 翠
恋愛
完璧な婚約者となかなか仲良くなれないパメラ。機嫌が悪い、怒っていると誤解されがちだが、それもすべて慣れない淑女教育のせい。 ストレス解消のために下町に出かけた彼女は、そこでなぜかいないはずの婚約者に出会い、あまつさえナンパされてしまう。まさか、相手が自分の婚約者だと気づいていない? それならばと、パメラは定期的に婚約者と下町でデートをしてやろうと企む。相手の浮気による有責で婚約を破棄し、がっぽり違約金をもらって独身生活を謳歌するために。 パメラの婚約者はパメラのことを疑うどころか、会うたびに愛をささやいてきて……。 堅苦しいことは苦手な元気いっぱいのヒロインと、ヒロインのことが大好きなちょっと腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(作品ID261939)をお借りしています。

【完結・7話】召喚命令があったので、ちょっと出て失踪しました。妹に命令される人生は終わり。

BBやっこ
恋愛
タブロッセ伯爵家でユイスティーナは、奥様とお嬢様の言いなり。その通り。姉でありながら母は使用人の仕事をしていたために、「言うことを聞くように」と幼い私に約束させました。 しかしそれは、伯爵家が傾く前のこと。格式も高く矜持もあった家が、機能しなくなっていく様をみていた古参組の使用人は嘆いています。そんな使用人達に教育された私は、別の屋敷で過ごし働いていましたが15歳になりました。そろそろ伯爵家を出ますね。 その矢先に、残念な妹が伯爵様の指示で訪れました。どうしたのでしょうねえ。

処理中です...