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第14話 過去を捨てた老人-4-
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「すみません、診療時間は終わっているのですが」
「いえ、ドクター。私たちは診察していただきたいのではありません。先週、ドクターが往診したダニエル・スミス氏についてお伺いしたいのです」
「ああ。殺されたと聞きました。本当にお気の毒なことです」
眉間にしわを寄せ、悲痛そうな面持ちになった。
「彼はこちらの患者だったのですか?」
「いいえ、往診の日に初めて会いました」
「腰痛だそうですが、症状は酷かったのですか?」
「それほどでもなかったのですが、高齢でしたからね。湿布と痛み止めを処方して、2週間は休養するようにと言いました」
「それ以外で何か気になったことはあります?」
「いえ、特には……」
右手で顎をかいた。
手のひらや甲に線を引いたようなかさぶたがいくつかあった。
「ドクター、手に怪我されていますね。どうかされたんですか?」
「ああ、これは診察中に刃物で切ったんですよ」
「まあ!痛そう」
私は大げさに驚いてみせた。
「いや、かすり傷ですから」
ドクターはさっと手を引っ込めた。
「あの、そろそろいいでしょうか?片付けもありますので」
「長居して申し訳ございませんでした。ご協力ありがとうございました」
「いえ、お役に立てずに申し訳ない」
私たちは診療所を出て、馬車に乗り王宮に戻ることにした。
ふたりとも、ふーっとため息をつきながら背もたれに寄りかかる。さすがに疲れた。
「どう思う?」
「印象からするとクロなのですが」
「手の傷か」
「はい」
ナイフなどで人を刺した場合は、加害者の方も手を負傷することが多い。
それに、傷について尋ねたときに返事にわずかな遅れがあった。嘘をついている可能性が高い。
ドクターの手の傷は、スミス氏を襲ったときにできたものかもしれない。
「それと、ドクターにはトルーパー地方の訛りがありました。関係あるでしょうか?第8旅団の事件のころには、彼は生まれる前か赤子だったでしょう。殺意を抱くほどの関りがあるものでしょうか」
「あそこにはカナナラからの難民も多いからな。国にいたころに国王軍に親兄弟を殺されたりしているかもしれない」
「なるほど、かたき討ちですか」
「トルーパーには、第8旅団の残党を今もなお探している団体があると聞いたことがある。そういったところならダニエル・スミスに繋がることを知っているかもしれないな」
さすが戦場のことについては軍人であるアイザック様のほうがずっと詳しい。
ここはお任せしよう。
数日後、ラウル様がにこやかに迎えてくれた。
「ご依頼の件、ばっちり調べてきました」
「わざわざ遠くまでお疲れ様でした」
「いえいえ、国境の警備でトルーパーには定期的にいっていますから慣れていますよ」
執務室にはどっさりと資料の山ができていた。
第8旅団の兵士たちの裁判記録、逃亡した戦争犯罪者の手配書、被害者リストなど、どれも克明に記録されている。
「こちらは、『戦犯を許さない会』が集めていたものです。第8旅団の生き残りが見つかったかもしれないと話したら、快く貸してくれました」
「いえ、ドクター。私たちは診察していただきたいのではありません。先週、ドクターが往診したダニエル・スミス氏についてお伺いしたいのです」
「ああ。殺されたと聞きました。本当にお気の毒なことです」
眉間にしわを寄せ、悲痛そうな面持ちになった。
「彼はこちらの患者だったのですか?」
「いいえ、往診の日に初めて会いました」
「腰痛だそうですが、症状は酷かったのですか?」
「それほどでもなかったのですが、高齢でしたからね。湿布と痛み止めを処方して、2週間は休養するようにと言いました」
「それ以外で何か気になったことはあります?」
「いえ、特には……」
右手で顎をかいた。
手のひらや甲に線を引いたようなかさぶたがいくつかあった。
「ドクター、手に怪我されていますね。どうかされたんですか?」
「ああ、これは診察中に刃物で切ったんですよ」
「まあ!痛そう」
私は大げさに驚いてみせた。
「いや、かすり傷ですから」
ドクターはさっと手を引っ込めた。
「あの、そろそろいいでしょうか?片付けもありますので」
「長居して申し訳ございませんでした。ご協力ありがとうございました」
「いえ、お役に立てずに申し訳ない」
私たちは診療所を出て、馬車に乗り王宮に戻ることにした。
ふたりとも、ふーっとため息をつきながら背もたれに寄りかかる。さすがに疲れた。
「どう思う?」
「印象からするとクロなのですが」
「手の傷か」
「はい」
ナイフなどで人を刺した場合は、加害者の方も手を負傷することが多い。
それに、傷について尋ねたときに返事にわずかな遅れがあった。嘘をついている可能性が高い。
ドクターの手の傷は、スミス氏を襲ったときにできたものかもしれない。
「それと、ドクターにはトルーパー地方の訛りがありました。関係あるでしょうか?第8旅団の事件のころには、彼は生まれる前か赤子だったでしょう。殺意を抱くほどの関りがあるものでしょうか」
「あそこにはカナナラからの難民も多いからな。国にいたころに国王軍に親兄弟を殺されたりしているかもしれない」
「なるほど、かたき討ちですか」
「トルーパーには、第8旅団の残党を今もなお探している団体があると聞いたことがある。そういったところならダニエル・スミスに繋がることを知っているかもしれないな」
さすが戦場のことについては軍人であるアイザック様のほうがずっと詳しい。
ここはお任せしよう。
数日後、ラウル様がにこやかに迎えてくれた。
「ご依頼の件、ばっちり調べてきました」
「わざわざ遠くまでお疲れ様でした」
「いえいえ、国境の警備でトルーパーには定期的にいっていますから慣れていますよ」
執務室にはどっさりと資料の山ができていた。
第8旅団の兵士たちの裁判記録、逃亡した戦争犯罪者の手配書、被害者リストなど、どれも克明に記録されている。
「こちらは、『戦犯を許さない会』が集めていたものです。第8旅団の生き残りが見つかったかもしれないと話したら、快く貸してくれました」
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