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第4章 モンスター襲来

第32話「ベルンハルトとエステル」

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 決めないといけないことがある。
 

「まずは……グレン。朝ごはんなににする?」
 
「え、伯爵の話は?」

 エステルは揶揄するわけでもなく、単にそう思ったから言いました、という感じの声音で問いかけてきた。

 ……純粋だなぁ。バカだからかぁ~。

 愛されて育ったんだろうね。親を見捨てる選択肢なんて持ってないぐらい。

「後回しだ。あの人はオレの人生に要らないから」

 朝ごはんの方が大事。

「ふーん……ベルンハルト様にとっては唯一の家族なのに。変なの……」

 頬杖をついて首を傾げる姿は子どもみたいだ。

 なんだこうして見れば中々かわい……いや可愛くはないな。推定百八十五センチ、十七歳の男が可愛いはずがない。

「ベルはなにが食べたいですか?」

 こっちの百八十一センチ(『追放皇帝』の中の設定だが、このグレンも多分それぐらい)、十八歳の大型犬は可愛いけど。
 ……誰が何と言おうと可愛い。もういいよ惚れた欲目で。

「ホットケーキ。ふわふわのやつ」

「カフェオレもつけるのでもう一回言ってください。ベルの口からふわふわって出てくるのすごい可愛い……好きです」

「うわぁ……よくおれの話聞いた後にそんなのん気でいられるね……特に黒髪。頭おかしいんじゃないの……」

 エステルはずっとぶつぶつ文句を言ってるが……こいつ、いつ出ていくんだろ。
 全部情報引き出せた(こいつが勝手に吐いた)から、もうどっか行ってほしいんだけど。

 
「エステル。お前さぁ……協力って、具体的にオレたちにどうしてほしいわけ」

 抱きついてくるグレンの髪を撫でながら、ついでに尋ねる。
 別に訊かなくてもいいんだけどさ、訊かないと帰りそうにないんだよなぁ。

「え……いや、単にあんたがロニーに勝ったら、あいつは伯爵にも領主にもなれなくなるから、それで……」

「つまりノープランなわけだ」

 もうちょっとまとめてから乗り込んでこいよ。めんどくせ~~。

「ベル。どうしましょうか。とりあえず犯人もわかったことですし、捕らえます? それとも泳がせますか」

 グレンはもう完全にエステルのことは無視する気でいるみたいだ。オレもそうしよっかな。

「オレとしては……伯爵が死んで、ロニーを捕らえて、かつオレは伯爵家から離れられるのがベストなんだけど。まあ面倒だし……一応止めるか」


 これからやること。

 まるいち。伯爵殺しを止める。
 まるに。ロニーを捕えて王都に連行。



 ◇◇◇



「そんなわけで、エステル。このままだとお前の家潰れるけどいい?」

 グレンがスキルで焼いてくれたふわふわホットケーキ(おいしい)を食べながら告げる。

「いいわけなくない?? え、なんで?」

 ターゲットに情報を漏らすのがどういう結果を生むのかを考えていなかったらしいエステルは、途端にうろたえだした。

 え、それもわかってなかったんだ。
 さすがにオレもわかってたのに??

「……グレン、説明してあげて」

 オレだとこの馬鹿にもわかるように説明してあげられる気がしない。

「貴方はお優しいですね、ベル。――エステル・シャウラ。お前の言った通り、子爵家が本当にベルンハルトを陥れミルザム伯爵家と伯爵領を乗っ取ろうとしていると言うのなら、それは反逆だ」

「……反逆」

「まず言うまでもなく、伯爵とその長子であるベルンハルトへ害を成すのは伯爵家への反逆。ひいては王家への反逆にもなる」

 そう。ミルザム伯爵は、王家から領土を預かり、土地を治めている。
 その伯爵領をモンスターに襲わせて、領民に被害を出す計画を立てていたのだから……これはもう立派に犯罪。王家への反逆罪。

 なのでオレたちはロニーを捕らえた後は王都へ連行する必要があるわけだ。
 
 で、彼一人の犯行でないことはエステルが証言してしまったので――まあエステルの証言がなくてもこんな規模のことが一人の犯行だとは判断されないだろう――ロニーのみならずシャウラ子爵家もチャンチャン♪


 グレンに説明されてようやく自分の置かれた状況を理解したらしい。
 エステルは立ち上がり、叫ぶ。

「っ、冗談じゃない……!! なんでおれまで……」

「お前が子爵家の人間だから。ああ、あとお前が馬鹿だからかな」

 フォークをその綺麗な顔に突きつけるようにして嘲笑ってやれば、エステルは拳を握りしめたままオレを睨みつけた。

 
「なぁ……エステル。温情が欲しいか?」

 可哀想なエステルに向かって、今度は慈悲深く微笑んでやる。

「温情……?」

「ああ。オレは“このままだと“と言っただろう? つまり、お前が……子爵家が助かる道をオレが用意してやれるんだ」

「なら……っ」

 よし、食いついた。

「ただし、条件がある」

「条件……?」

「ああ。……グレン、おいで」

 おいでもなにも隣に座ってるんだけど、なんとなく雰囲気出すためにね。

「ベル?」

「この男が、お前に言った言葉……お前は、気にしてないって言ってたよな」

 ソファーの上で行儀悪く膝を立てて、グレンと視線を合わせた。
 
 輝く黄金の瞳を覗き込んで、笑う。

 グレン。――オレの大好きな、理想の主人公。

「でもオレは。まだ……許してないんだ」

 オレのヒーローを貶したこの男を。


「そこに跪け――エステル・シャウラ」

 ブルーノ・ミルザム。ベルンハルトの父の声音を真似て、命令する。

「膝をついて、お前がグレン・アルナイルへの非礼を心から詫びるなら……ロニーを排除して、お前を助けてやろう」

「っ……」

 エステルは屈辱に顔を真っ赤にして黙り込む。
 けれど最終的には崩れ落ちるようにその場に膝をつき、頭を下げた。

「グレン・アルナイル……貴殿への非礼の数々を、お詫び申し上げます」


 ――いい趣味してるねぇ……赤谷せきやくん。

 久しぶり、井上さん。別にオレも好きでやってるわけじゃないよ。ただ……“ベルンハルト・ミルザム“ならこうするべきかなって、思っただけ。

 ――その割にはノリノリだったじゃん。いやぁ……いいね。彼は実にいい受けだ。

 
 井上さんはそれだけ言い残すと消えた。……まあ今回は実体なしだったからイマジナリー井上さんだったかもだけど。

 え、なにオレ自然に“実体あり“と“イマジナリー“の井上さんがそれぞれいるのを受け入れてるんだろ……。
 慣れってこわ……。

「ベル……その」

「ん? ああ、エステル。もう頭あげていいよ」

 グレンに促されて、エステルをかなり放置してたことに気づく。
 顔を上げたエステルは不貞腐れてそっぽを向いた。
 うん……わかってたけど反省してないわ。

「さて、エステル。お前と、お前の両親。シャウラ子爵家を救う方法は簡単だ」

 罪のなすりつけ。――彼らがオレにやろうとしていたことを、ロニーに返してやればいい。
 

「全てはロニー・ミルザム一人の企てだと、このオレが――“勇者様“が王都で証言してやろう」
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