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出立
天啓を受けし者
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どうやら、この国には入浴の文化があるみたいで、個々の自宅には薪で火を起こしてお湯を沸かす木風呂のようなものが設置されているらしい。
勿論、エレノアさんのお宅にもあるみたいで、それを聞いて俺は飛び上がるほど嬉しくなった。
日本人としては風呂は命とも言うべきほど、生活には欠かせない代物だ。
そして俺も風呂をこよなく愛している。
いつかは自分の家を建て、そこには自作の檜風呂なんか設置したりと妄想しているのだが……まあ、今はそんなことより体についた汗を流したい。
外は決して暑いと言うわけではなかったが、ここに来るまでに色々と体を使ったから、そのせいで体は少しベタついている。
そんな中、エレノアさんのお家のお風呂を借りられたのは僥倖だった。
それにお風呂ともあれば、きっとあの伝説の"お風呂イベント"が発生するかもしれない。
そう考えると、ワクワクしていてもたってもいられなかった。
「お風呂でしたら、エレノアさんがお先に入られますよね?」
「そうね、私たちはあとでいいから主人が先に入るべきだわ。」
「い、いえ……私はお客様をおもてなしをさせていただく身ですから、後程入らせていただきます。
旅の行程で疲れも溜まっているでしょうし、どうぞここは皆様が先にお使いください。」
食事終え、エレノアさんも含め俺達は居間でそんなことを話していた
「そう? それじゃあ先に頂こうかしら?」
「すみません、それでは私もお言葉に甘えさせて、お先にお借りさせていただきます。」
「そういう事だから、悪いわねハルト。
先にお風呂頂いちゃうわ。」
「すみません、ハルトさん。」
そう淡々と話をつけていく2人のヒロインズ。
あれ、お風呂イベントは? 湯気の中でムフフなことが出来ないの?
それじゃあ……体を洗いっこして、いけないところまで洗っちゃって、そのあとエチエチな展開にならないの!?
「どうしたの?」
俺の表情から何かを悟ったのか、カレンが何気ない表情でそう尋ねてくる。
「まさか……期待してたの?」
うーん、凄く意地悪な目線だ。
正直に言うのは悔しいけど、欲求に嘘はつけない。
「は、はい。」
「ふふっ……ハルトって本当いやらしいわね。」
それだけ言い捨てて、カレンに続きアリシアも俺とエレノアさんを残して去ってしまった。
"えっ、それだけ!?"
いやこれはまずい、すごく不解消な気分だ。
もう既に彼女達は俺を置いて先にお風呂場へと向かってしまった。
でも、過ぎたことを愚痴っても仕方がないな。
「カレン様とハルト様は、お付き合いをされているのでしょうか?」
残された俺達ーー
二人きりになり、少し気まずくなったところでエレノアさんが俺に会話を持ちかけた。
たぶん、エレノアさんはさっきのやり取りを横で見ていたのかもしれない。
「はい、そうですね。
最近知り合ったばかりですけど、でもお互い好きになって今は交際をしています。」
エッチから始まった恋とはいえ、彼女は俺の事を本気で好きだと言ってくれた。
そんな女の子に俺は心を奪われた。
チョロい男なのかもしれない、でも彼女といると凄く楽しい、幸せに思う……触れ合いたいとも思う。
そういう気持ちがエッチに繋がる訳だが、でも今は彼女の事を知りたいと思っている。
考えてみれば体と名前、内面のこと以外、俺は彼女のことを知らない。
境遇も故郷も、彼女の家族も、趣味や好きな物もまだ聞いていない……俺が今見ている彼女だって、数ある彼女の本来の姿の中の一部に過ぎないのかもしれない。
そういう意味では、アリシアも一緒だ。
彼女も俺の事を好きだと言ってくれた、愛しているとも……
同様に彼女の愛にも俺は答えた、答えたけど……やっぱり俺は自分から彼女の事を聞き理解して、真剣に愛そうとする努力をしていないのかもしれない。
「もっと俺は二人の事を見なければいけないな……」
「ふ、二人ですか!?
もしかして、シスター様ともお付き合いをされているのですか?
「え? はい……そうですけど。」
「気が早いと思うかもしれませんが、もしかして御三方は結婚を前提にお付き合いをされているとか?」
「結婚……結婚ですか……」
結婚、結婚かぁ……まだ気が早いのは確かだけど、でも将来はそういう事を期待している。
だって、憧れるじゃん? 花嫁姿を真横で見たりとか、奥さんに裸のままエプロン着させて料理してもらったりとか……
まぁ、最後のは願望だけど結婚はこのまま順調にいけば、彼女達と何時かそうなるとも期待している。
この国の制度では重婚は認められているみたいだし、奥さんの数にも決まりがある訳でもない。
アリシアさんの宗教上問題があるって言う訳でもないから……
「まあ、そうですね。
お互いこのまま順調にいけば、そういう事もあると思います。」
「そ、そうですか……」
そう言ってエレノアさんはしょぼくれた顔をして、がくりと肩を落とす。
なんかすごく落ち込まれたな、まだ未婚だって言ってたし……もしかしてそういう話にはナイーブなのかもしれない。
「え、エレノアさんにもきっといい人が見つかりますって!」
「えっ、なんのことですか!?」
白々しく彼女は聞いていないふりをした。
「えっと……だから、結婚相手が……」
「えっ、なんのことですか!?」
ダークサイドに触れたような顔をして2度も同じ聞き方をしてきた、これは本当に触れちゃいけないみたいだ。
「いいんですよ、気休めのお世辞なんか……
どうせ私の周りには男っ気がありませんよ、結婚どころか一生彼氏も出来ませんよ!」
突然彼女は逆ギレしたようにブツブツと不満を垂れ流した。
逆撫でしすぎたかな……
「そんなことないですって!
エレノアさん……お料理とてもお上手ですし、それに何よりもとても若くてお美しいじゃないですか!」
そう俺がフォローした時、彼女はぎらりと目を光らせ、鋭い視線を飛ばしてきた。
特に若いと言ったところで……
「若い…………ですって?
ちなみに、ハルト様の彼女方はいまお幾つかご存じで?」
「えっと、アリシアが18でカレンが19です。」
「私より全然若いじゃないですか……
私なんか24の行き遅れのババアですよ!?」
24でババアと聞いたら、30代超えた俺の姉は顔面蒼白だろう。
「でも、5歳しか離れていませんよね?」
すると、エレノアさんは真剣な表情をして血走った目で俺を見つめた。
その様は鬼のようでもあった。
「いいですか?
異世界から来たハルト様はご存知無いかもしれませんが、一般的に私の年齢ぐらいの女性はみな結婚適齢期を過ぎていると見なされるんです。
だいたいアリシア様達のような若い年齢の子が多く結婚していきますので、私はとうに行き遅れの身なんです。」
しかし、それはエレノアさんが選んだ選択でもあると思うのだ。
教えを守り信条のために動いたからこそ、彼女には当然良い出会いには巡り会えなかった。
この村でも出会いがなかったのだから悲惨だ。
ここに行くすがら、村の若い男性を何人も見かけたが、その人達の傍らには必ず女性か子供の気配があった。
村の人間の結婚は早いとは聞く。
限界集落が増える日本では若者がこうして農村で家庭を築くというのは願ってもない事ではあるが、しかしここは異世界、女性の結婚適齢期も違えば、地方の事情も違う。
エレノアさんにとっては悲しい現実でしかないのだが、それを悔やんだり嘆いたりしない所は彼女の信条の強さゆえなのだろうか。
「あら、ハルト……まだ部屋に戻っていなかったの?
だったら、私達もう上がったからお風呂入ってきたらどう? 」
俺とエレノアさんが話し込んでいる間に既にお風呂を済ませたのか、カレンとアリシアが濡れた髪を白いタオルで拭きながらそう言って現れた。
「二人とも……その格好……」
「ふふっ、どう? 私達の寝間着姿……」
小さく笑って着ているものを見せびらかすように動くカレン。
そんな彼女の寝間着は、赤いネグリジェだった。
英語かフランス語かで違うが元を辿れば、語源はラテン語のnegligo neglegoのなおざりにするという動詞でネグリジェは形容詞にした「だらしない」という意味。
ワンピースのようにゆったりした見た目からそう言われたらしいが、でも、女性にしては高身長でスタイルの良いカレンが着ると、凄くエレガントに見える。
アリシアとはと言えば、彼女も白いネグリジェを着ている。
色以外でカレンのと違うのは、裾が長くランジェリーレースが着いていないことだ。
燃えるように赤く、裾には黒いレースの付いた露出度が高めなカレンのネグリジェ。
露出度は少ないが清純そうな白と、おとなしい見た目にマッチした長めの裾。
それぞれの印象にあった物を着用してるんだから、女の子って凄い。
「うん似合ってる……綺麗だよ。」
「そ、そう?」
頬をほんの少しだけ赤らめて顔を上げて聞き返すように尋ねてくるカレン。
「ほんとさ……アリシアも可愛いくて素敵だと思うよ。」
「そ、そうですか!?
あ、ありがとうございます……」
アリシアの場合は破顔してどこか落ち着きがない様子だった。
だが、やっぱり見事なまでの"PERFECT BODY"
これにはどんな服装も適わないな……
「それじゃあ……俺もぼちぼちお風呂に入らせてもらおうかな?
えっと、本当にいいんですよね? エレノアさん?」
「え? は、はい。どうぞ私に構わずお入りになってください。」
どこか意味のある反応を残していくエレノアさん、俺は少し不思議に思いながら居間を去り、お風呂場へ向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お風呂場と言っても、現代風のユニットバスが付いているわけでも、壁や床がタイルというわけでもない。
ある程度を除けば全ては木、木材だ。
凄いな……旅館のお風呂でもこんなのはなかなか見た事がない。
一部屋大のサイズの空間、そこは床も壁も天井も木版が敷き詰められ、歩く度カンカンという小気味良い音が鳴る。
お風呂の方は見た目、まんま2人は入れるぐらいの五右衛門風呂のようで円筒に囲まれた木桶の下には底板があり、その中にたっぷりとお湯が入っている。
お湯の温度を保つ為の竈の中には薪がくべられ、ぼうぼうと火が燃えている。
お湯につかるには高さが必要なため、脇の段差を登って俺はゆっくりとお湯に足をつけた。
「うっ……」
一瞬だけビクリとしたが2度足をつけてみると丁度いい水温で、そのまま俺は桶の中に足を入れそして身体も入れた。
中は深いためお湯は胸元の高さまで来ている、やはりお湯には立って浸かるらしい。
よく江戸時代の民家のお風呂は竈の火の温度が底板と近いから、底に足をつけていられないほど熱いというが……このお風呂は違う。
全然底に足をつけられる……
エレノアさんから聞いた話なのだが、実は竈にくべる薪に仕掛けがあるらしく、この薪実は特殊な魔法を施されているようで……確か「温度保存の魔法」だったか、それを応用して薪の火が底を熱くしない程度の微妙な火加減を保って燃えるように仕組まれているらしいのだ。
ただ、それだと井戸から組んできた冷たい水はなかなかお湯にはならないので、最初に通常の薪をくべて水温を上げてから火を消して少し冷まし、そして丁度いい湯加減を維持するために、今度は魔法が掛けられた薪をくべて火をつけるというのだ。
だから、誰かがお湯に浸かっている間竈の火加減を調整する人が要らない。
そんな便利な代物だが、飽くまでも木材なのでいつかは炭になる、つまり消耗品というわけだ。
しかし、俺はそれよりも別のことが気になっていた。
「……」
ぼっーとして、壁の上部に開けられた窓の方を見つめている。
エレノアさん……どうして俺が異世界から来たって気づいたんだろう。
さっきのやり取りで彼女はそんなことを言っていた。
でも、俺は彼女にそんな事を打ち明けていないし、泊めてもらえるよう説得したアリシアさんも、行くあてがないと言うだけで、それ以外俺の事については話していないと後に言っていた。
別に俺の素性を隠すようなことでもないらしいし、ゆくゆくは俺の存在も知れ渡っていくみたいだ……だから、気づかれたところで特に問題はない。
現在の目的が王都ランデルに向かう事。
そこで、一度この国の国王に謁見して、政府側から大々的に勇者の存在を広めてもらうらしい。
有名になるのは恥ずかしいけど、茶化されている訳では無いし別に嫌な気はしない。
「精子とか言いながら、向こうも真剣なんだよな……」
未だに魔物という敵に遭遇していないから、そんな流暢なことが言えるのかもしれない。
「あの……ハルト様、私もご一緒しても宜しいでしょうか?」
そのとき、ここの入口から聞いたことのある声が聞こえた。
"この声……エレノアさんか?"
お風呂場の入口といっても、ここには扉がある訳ではなく、剥き出しになった枠に一枚の暖簾のような長い布がかけられているだけ。
下から覗けば中の様子が丸見えになってしまうのだ。
だから、今この状況垂れた布の下にはエレノアさんの物と思しき綺麗でスレンダーな足首とむっちりとした太ももだけがみえるというわけだ。
いやいや、余裕こいて解説している暇はないだろ……
「ご、ご一緒するったって……俺男なんですけど?」
「はい、分かっています。」
「いや、分かってないでしょ。
お互い裸でいるわけだよ? 恥ずかしくないの?」
顔が見えないからまるで布と話しているようなシュールな光景だ。
「は、恥ずかしいです……恥ずかしいですけど、これも神のお告げなんです!」
顔は見えないけど、ぎこちない口調から恥ずかしがっているのは分かる。
「お告げ? ……それって例の天啓のこと?」
「はい、そうです。
私は神様から天啓を頂いたのです。
本日貴女の家に泊まりに来る3人の人間、その中にあなたの運命の人がいます。
異界から来たその人を泊めて、もてなし、距離を縮めることでその男性と貴女は恋仲になることでしょう。
そして、その愛は互いが死を分かつまで永遠に続くことでしょう……と」
勿論、エレノアさんのお宅にもあるみたいで、それを聞いて俺は飛び上がるほど嬉しくなった。
日本人としては風呂は命とも言うべきほど、生活には欠かせない代物だ。
そして俺も風呂をこよなく愛している。
いつかは自分の家を建て、そこには自作の檜風呂なんか設置したりと妄想しているのだが……まあ、今はそんなことより体についた汗を流したい。
外は決して暑いと言うわけではなかったが、ここに来るまでに色々と体を使ったから、そのせいで体は少しベタついている。
そんな中、エレノアさんのお家のお風呂を借りられたのは僥倖だった。
それにお風呂ともあれば、きっとあの伝説の"お風呂イベント"が発生するかもしれない。
そう考えると、ワクワクしていてもたってもいられなかった。
「お風呂でしたら、エレノアさんがお先に入られますよね?」
「そうね、私たちはあとでいいから主人が先に入るべきだわ。」
「い、いえ……私はお客様をおもてなしをさせていただく身ですから、後程入らせていただきます。
旅の行程で疲れも溜まっているでしょうし、どうぞここは皆様が先にお使いください。」
食事終え、エレノアさんも含め俺達は居間でそんなことを話していた
「そう? それじゃあ先に頂こうかしら?」
「すみません、それでは私もお言葉に甘えさせて、お先にお借りさせていただきます。」
「そういう事だから、悪いわねハルト。
先にお風呂頂いちゃうわ。」
「すみません、ハルトさん。」
そう淡々と話をつけていく2人のヒロインズ。
あれ、お風呂イベントは? 湯気の中でムフフなことが出来ないの?
それじゃあ……体を洗いっこして、いけないところまで洗っちゃって、そのあとエチエチな展開にならないの!?
「どうしたの?」
俺の表情から何かを悟ったのか、カレンが何気ない表情でそう尋ねてくる。
「まさか……期待してたの?」
うーん、凄く意地悪な目線だ。
正直に言うのは悔しいけど、欲求に嘘はつけない。
「は、はい。」
「ふふっ……ハルトって本当いやらしいわね。」
それだけ言い捨てて、カレンに続きアリシアも俺とエレノアさんを残して去ってしまった。
"えっ、それだけ!?"
いやこれはまずい、すごく不解消な気分だ。
もう既に彼女達は俺を置いて先にお風呂場へと向かってしまった。
でも、過ぎたことを愚痴っても仕方がないな。
「カレン様とハルト様は、お付き合いをされているのでしょうか?」
残された俺達ーー
二人きりになり、少し気まずくなったところでエレノアさんが俺に会話を持ちかけた。
たぶん、エレノアさんはさっきのやり取りを横で見ていたのかもしれない。
「はい、そうですね。
最近知り合ったばかりですけど、でもお互い好きになって今は交際をしています。」
エッチから始まった恋とはいえ、彼女は俺の事を本気で好きだと言ってくれた。
そんな女の子に俺は心を奪われた。
チョロい男なのかもしれない、でも彼女といると凄く楽しい、幸せに思う……触れ合いたいとも思う。
そういう気持ちがエッチに繋がる訳だが、でも今は彼女の事を知りたいと思っている。
考えてみれば体と名前、内面のこと以外、俺は彼女のことを知らない。
境遇も故郷も、彼女の家族も、趣味や好きな物もまだ聞いていない……俺が今見ている彼女だって、数ある彼女の本来の姿の中の一部に過ぎないのかもしれない。
そういう意味では、アリシアも一緒だ。
彼女も俺の事を好きだと言ってくれた、愛しているとも……
同様に彼女の愛にも俺は答えた、答えたけど……やっぱり俺は自分から彼女の事を聞き理解して、真剣に愛そうとする努力をしていないのかもしれない。
「もっと俺は二人の事を見なければいけないな……」
「ふ、二人ですか!?
もしかして、シスター様ともお付き合いをされているのですか?
「え? はい……そうですけど。」
「気が早いと思うかもしれませんが、もしかして御三方は結婚を前提にお付き合いをされているとか?」
「結婚……結婚ですか……」
結婚、結婚かぁ……まだ気が早いのは確かだけど、でも将来はそういう事を期待している。
だって、憧れるじゃん? 花嫁姿を真横で見たりとか、奥さんに裸のままエプロン着させて料理してもらったりとか……
まぁ、最後のは願望だけど結婚はこのまま順調にいけば、彼女達と何時かそうなるとも期待している。
この国の制度では重婚は認められているみたいだし、奥さんの数にも決まりがある訳でもない。
アリシアさんの宗教上問題があるって言う訳でもないから……
「まあ、そうですね。
お互いこのまま順調にいけば、そういう事もあると思います。」
「そ、そうですか……」
そう言ってエレノアさんはしょぼくれた顔をして、がくりと肩を落とす。
なんかすごく落ち込まれたな、まだ未婚だって言ってたし……もしかしてそういう話にはナイーブなのかもしれない。
「え、エレノアさんにもきっといい人が見つかりますって!」
「えっ、なんのことですか!?」
白々しく彼女は聞いていないふりをした。
「えっと……だから、結婚相手が……」
「えっ、なんのことですか!?」
ダークサイドに触れたような顔をして2度も同じ聞き方をしてきた、これは本当に触れちゃいけないみたいだ。
「いいんですよ、気休めのお世辞なんか……
どうせ私の周りには男っ気がありませんよ、結婚どころか一生彼氏も出来ませんよ!」
突然彼女は逆ギレしたようにブツブツと不満を垂れ流した。
逆撫でしすぎたかな……
「そんなことないですって!
エレノアさん……お料理とてもお上手ですし、それに何よりもとても若くてお美しいじゃないですか!」
そう俺がフォローした時、彼女はぎらりと目を光らせ、鋭い視線を飛ばしてきた。
特に若いと言ったところで……
「若い…………ですって?
ちなみに、ハルト様の彼女方はいまお幾つかご存じで?」
「えっと、アリシアが18でカレンが19です。」
「私より全然若いじゃないですか……
私なんか24の行き遅れのババアですよ!?」
24でババアと聞いたら、30代超えた俺の姉は顔面蒼白だろう。
「でも、5歳しか離れていませんよね?」
すると、エレノアさんは真剣な表情をして血走った目で俺を見つめた。
その様は鬼のようでもあった。
「いいですか?
異世界から来たハルト様はご存知無いかもしれませんが、一般的に私の年齢ぐらいの女性はみな結婚適齢期を過ぎていると見なされるんです。
だいたいアリシア様達のような若い年齢の子が多く結婚していきますので、私はとうに行き遅れの身なんです。」
しかし、それはエレノアさんが選んだ選択でもあると思うのだ。
教えを守り信条のために動いたからこそ、彼女には当然良い出会いには巡り会えなかった。
この村でも出会いがなかったのだから悲惨だ。
ここに行くすがら、村の若い男性を何人も見かけたが、その人達の傍らには必ず女性か子供の気配があった。
村の人間の結婚は早いとは聞く。
限界集落が増える日本では若者がこうして農村で家庭を築くというのは願ってもない事ではあるが、しかしここは異世界、女性の結婚適齢期も違えば、地方の事情も違う。
エレノアさんにとっては悲しい現実でしかないのだが、それを悔やんだり嘆いたりしない所は彼女の信条の強さゆえなのだろうか。
「あら、ハルト……まだ部屋に戻っていなかったの?
だったら、私達もう上がったからお風呂入ってきたらどう? 」
俺とエレノアさんが話し込んでいる間に既にお風呂を済ませたのか、カレンとアリシアが濡れた髪を白いタオルで拭きながらそう言って現れた。
「二人とも……その格好……」
「ふふっ、どう? 私達の寝間着姿……」
小さく笑って着ているものを見せびらかすように動くカレン。
そんな彼女の寝間着は、赤いネグリジェだった。
英語かフランス語かで違うが元を辿れば、語源はラテン語のnegligo neglegoのなおざりにするという動詞でネグリジェは形容詞にした「だらしない」という意味。
ワンピースのようにゆったりした見た目からそう言われたらしいが、でも、女性にしては高身長でスタイルの良いカレンが着ると、凄くエレガントに見える。
アリシアとはと言えば、彼女も白いネグリジェを着ている。
色以外でカレンのと違うのは、裾が長くランジェリーレースが着いていないことだ。
燃えるように赤く、裾には黒いレースの付いた露出度が高めなカレンのネグリジェ。
露出度は少ないが清純そうな白と、おとなしい見た目にマッチした長めの裾。
それぞれの印象にあった物を着用してるんだから、女の子って凄い。
「うん似合ってる……綺麗だよ。」
「そ、そう?」
頬をほんの少しだけ赤らめて顔を上げて聞き返すように尋ねてくるカレン。
「ほんとさ……アリシアも可愛いくて素敵だと思うよ。」
「そ、そうですか!?
あ、ありがとうございます……」
アリシアの場合は破顔してどこか落ち着きがない様子だった。
だが、やっぱり見事なまでの"PERFECT BODY"
これにはどんな服装も適わないな……
「それじゃあ……俺もぼちぼちお風呂に入らせてもらおうかな?
えっと、本当にいいんですよね? エレノアさん?」
「え? は、はい。どうぞ私に構わずお入りになってください。」
どこか意味のある反応を残していくエレノアさん、俺は少し不思議に思いながら居間を去り、お風呂場へ向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お風呂場と言っても、現代風のユニットバスが付いているわけでも、壁や床がタイルというわけでもない。
ある程度を除けば全ては木、木材だ。
凄いな……旅館のお風呂でもこんなのはなかなか見た事がない。
一部屋大のサイズの空間、そこは床も壁も天井も木版が敷き詰められ、歩く度カンカンという小気味良い音が鳴る。
お風呂の方は見た目、まんま2人は入れるぐらいの五右衛門風呂のようで円筒に囲まれた木桶の下には底板があり、その中にたっぷりとお湯が入っている。
お湯の温度を保つ為の竈の中には薪がくべられ、ぼうぼうと火が燃えている。
お湯につかるには高さが必要なため、脇の段差を登って俺はゆっくりとお湯に足をつけた。
「うっ……」
一瞬だけビクリとしたが2度足をつけてみると丁度いい水温で、そのまま俺は桶の中に足を入れそして身体も入れた。
中は深いためお湯は胸元の高さまで来ている、やはりお湯には立って浸かるらしい。
よく江戸時代の民家のお風呂は竈の火の温度が底板と近いから、底に足をつけていられないほど熱いというが……このお風呂は違う。
全然底に足をつけられる……
エレノアさんから聞いた話なのだが、実は竈にくべる薪に仕掛けがあるらしく、この薪実は特殊な魔法を施されているようで……確か「温度保存の魔法」だったか、それを応用して薪の火が底を熱くしない程度の微妙な火加減を保って燃えるように仕組まれているらしいのだ。
ただ、それだと井戸から組んできた冷たい水はなかなかお湯にはならないので、最初に通常の薪をくべて水温を上げてから火を消して少し冷まし、そして丁度いい湯加減を維持するために、今度は魔法が掛けられた薪をくべて火をつけるというのだ。
だから、誰かがお湯に浸かっている間竈の火加減を調整する人が要らない。
そんな便利な代物だが、飽くまでも木材なのでいつかは炭になる、つまり消耗品というわけだ。
しかし、俺はそれよりも別のことが気になっていた。
「……」
ぼっーとして、壁の上部に開けられた窓の方を見つめている。
エレノアさん……どうして俺が異世界から来たって気づいたんだろう。
さっきのやり取りで彼女はそんなことを言っていた。
でも、俺は彼女にそんな事を打ち明けていないし、泊めてもらえるよう説得したアリシアさんも、行くあてがないと言うだけで、それ以外俺の事については話していないと後に言っていた。
別に俺の素性を隠すようなことでもないらしいし、ゆくゆくは俺の存在も知れ渡っていくみたいだ……だから、気づかれたところで特に問題はない。
現在の目的が王都ランデルに向かう事。
そこで、一度この国の国王に謁見して、政府側から大々的に勇者の存在を広めてもらうらしい。
有名になるのは恥ずかしいけど、茶化されている訳では無いし別に嫌な気はしない。
「精子とか言いながら、向こうも真剣なんだよな……」
未だに魔物という敵に遭遇していないから、そんな流暢なことが言えるのかもしれない。
「あの……ハルト様、私もご一緒しても宜しいでしょうか?」
そのとき、ここの入口から聞いたことのある声が聞こえた。
"この声……エレノアさんか?"
お風呂場の入口といっても、ここには扉がある訳ではなく、剥き出しになった枠に一枚の暖簾のような長い布がかけられているだけ。
下から覗けば中の様子が丸見えになってしまうのだ。
だから、今この状況垂れた布の下にはエレノアさんの物と思しき綺麗でスレンダーな足首とむっちりとした太ももだけがみえるというわけだ。
いやいや、余裕こいて解説している暇はないだろ……
「ご、ご一緒するったって……俺男なんですけど?」
「はい、分かっています。」
「いや、分かってないでしょ。
お互い裸でいるわけだよ? 恥ずかしくないの?」
顔が見えないからまるで布と話しているようなシュールな光景だ。
「は、恥ずかしいです……恥ずかしいですけど、これも神のお告げなんです!」
顔は見えないけど、ぎこちない口調から恥ずかしがっているのは分かる。
「お告げ? ……それって例の天啓のこと?」
「はい、そうです。
私は神様から天啓を頂いたのです。
本日貴女の家に泊まりに来る3人の人間、その中にあなたの運命の人がいます。
異界から来たその人を泊めて、もてなし、距離を縮めることでその男性と貴女は恋仲になることでしょう。
そして、その愛は互いが死を分かつまで永遠に続くことでしょう……と」
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といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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