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#50 永遠と悠久 ―『シャーベットグリーンとチョコチップデザート』―

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「……やった!」

 一応JKの私は、御多分に洩れず『ショッピング』が好きである。ましてや欲しい欲しいとテンションを上げてきたものをやっと買ったんだから、浮かれない訳がない。軽やかな足取りのまま、何度もお店の袋の中身を覗いては弾いた時の音や履いた時の姿を想像して、都心の雑踏に何度も笑顔を落とす。
 ちなみに靴は散々悩んだ末に、ベーシックなブラックにした。初ラバーソールだし、まずは無難なブラックで。しばらく履いてみて、気に入ったらホワイトも買おうかな。だってブラ○アン・セッツァーも白履いてるし。となると、パンツも合いそうなのが欲しいんだけど――

 と、もうウッキウキのテンションのまま着いた、古着を買う時はまずはここ、という私お気に入りのお店。まず品揃えはいいし、程度のいい古着が大半で、その上色々なアイテムがあるのがいい。あとは『古着屋独特の匂い』。これ、苦手な人――まぁツナなんだけど――もいるけど、私は結構好きだったりする。

 さっそくボーリングシャツコーナーに向かうと、もう数えきれないくらいのシャツたちが出迎えてくれた。色も刺繍も、ざっと見た限り好みのものが確実に見つかる気配。ふっとひとつ息を吐いて、整然と並び下がったシャツを一枚一枚じっくり吟味する。

 いくつか候補を絞って試着、とはいえシャツだからその場で羽織ってみると、もうどれもこれもいい感じ。こっちのスカイブルーのもいいし、シャーベットグリーンのも背中の刺繍が可愛い。
 うーんどうしようかな。予算はまだ残ってるし、そんなに高いものじゃないから両方買っちゃおうかな……。なんて考えながらもっと可愛いのがあるんじゃないかと物色してると、背中越しの別商品を見ていた人と不意にぶつかってしまった。

「あ……ごめんなさい」
「いえ、大丈夫ですよ。こちらこそ……って永遠とわさん?」
「えっ? ……ゆうさん?」

 そこにいたのは、『動かない人』こと寛城くつしろ悠久はるひささんだった。会ったことは二度しかないけど、じじの店で今、マルプルッタの繁殖を手掛けてる関係上、少しだけ店で会話はしていた。
 彼に対する第一印象は『物静かで丁寧な人』。なにしろ年下の私にも敬語で話す――誰にでもそう話すと自身で言っていた――し、その声音も速度も少し緩慢で、人見知り気味の私でも話しやすかったことを覚えている。ただ、表情がほとんど変わらず、「生気がない」なんて失礼なことまで考えちゃったことも忘れていない。

 彼は相変わらずの真白な髪のままでそこにいた。どこか神秘的な雰囲気を携えた彼は、私の手にあるものを見て少しだけ、ほんの少しだけ笑って、ぽりぽりと耳を指先で掻きながら、

「今日はそちらボーリングシャツを買いに来たんですか?」
「……はい。ストレ……あ、いや50年代の――」
「あぁ……ブラ◯アン・セッツァーですか?」
「っ!」

 え? えぇ!? 私ストレしか言ってないのになんで? というか悠さんブラ◯アン・セッツァー知ってたんだ!

「な、なんでわかった……んですか?」

 おずおずと彼の顔を見上げて聞いてみれば、まったく表情を変えることなく訥々と話し始めた。

「えっと……まずその袋、◯◯楽器の袋ですよね? 袋の形状からしておそらくコンパクトタイプのエフェクターを買ったのかと。で、そちらの靴屋の袋。そこってラバーソールの品揃えがいいので有名なお店だったと記憶してます。あとはそうですね……終三さんから『オレンジ色の小汚いでっかいギターが家にある』って話を聞いてて……あぁなるほどグレ○チの#612◯ナッシュ◯ルかと。で、手にしてるシャツ。これらを総合して推測してみると、50年代の感じを出したいのかなと。でも、実際の50年代だと、エフェクターを買わなくてもアンプひとつでいけるんじゃないかな? って思ったんです。であれば、そのエフェクターはおそらく『ネオロカビリー』を演奏するためのエコーかディレイかなって。しかもさきほど『ストレ』まで言いかけてましたから、これはブラ◯アンのギターを弾くんだろうなって思ったんです……違いますか?」

 あまりの長文かつ正確な推理に唖然とするしかできず「はいその通りです」と返し、誤魔化すことを諦めた。
 というか失礼かもだけど、あれだけ熱帯魚に詳しい悠さんが、それとは対極にありそうなファッションであるとか音楽にも詳しい、ということに驚いた。しかも音楽だけじゃなく、ギターのことまでよく知ってるみたいだ。

「いや、驚いたのは俺の方ですよ。永遠さんもギター弾かれるんですね」
「はい、パパ……父がギターを弾くので……って理由になってませんね」
「いえ、ジョー・アイヴァーの娘さんであるなら納得ですよ」
「! そ、それは「はい、終三しゅうぞうさんに聞きました」……!」

 もうじじ、言わなくてもいいことまで! と思うも、別に悪いことでも恥ずかしいことでもないからまぁいいかと思い直す。

 というか悠さんこそどうしてここに? と尋ねれば、

「俺はこれを探しに来たんですけど、どうやら今日は収穫なし。残念です」

 と、ちっとも残念なふうに見えない面差しで指差したのは、いかにも彼が好みそうなヨレたグリーンの長袖シャツだった。

「いい色のシャツですね。形も可愛くて私好きです」
「……これってその昔米軍が採用していた『ユーティリティーシャツ』っていうんですけど、ちょっと前に若い女性に流行ってたらしくて、なかなか状態のいいのが見つかりづらくなってるんです。これがいいのは、ボタンなんですけど、これって使いまわせるんですよ。というのも、同じく米軍のパンツ……今俺が履いてるやつですけど、リ◯バイスの501みたいにボタンフライで、同じ規格のボタンが使われてるんです。なので、仮にこのシャツを買って、着倒して捨てることになったとしても、ボタンはパンツの予備として使えるんですよ」

 ほへーと悠さんの手にあるシャツと履いてるパンツを交互に見ながら妙な関心を寄せてしまう。今日で彼と遭遇するのは三回目なんだけど、そのいずれも柄の異なる……なんて言うんだっけこういうパンツ。迷彩だったっけ。

「俺は普通に迷彩、もしくは軍パン、って言ってますよ」
「今日のもその……迷彩なんですよね?」
「はい。今日のは某紛争時に米軍で採用されてた『チョコチップデザート』って奴です。これも今なかなかなくて……」

 パンツの腿あたりを軽くつまみながら話す悠さんの顔は、一瞬だけ綻んだように見えた。


◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯ 


作中の通り、最近程度のいい『ユーティリティーシャツ』がめっきり市場からなくなって、いい感じのものが無くなってきました。これ、一枚あるとサッと羽織ってでかけたりするのにいいんですよね……。とはいえ数年前にデッドストックのものを入手したので、これで十年以上はいけるんじゃないかと(長すぎ)
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