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#39 永遠と庸子と刹那そして広大 ―修羅場―

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『好きなもの、というより夢』とヨーコさんから手渡された小さなノートのようなもの。

 表紙には『008』という数字のみがボールペンで記されていて、何度も見返したのか、ところどころ折れたり手垢が薄らと付いている。

(これはアルバム……?)

 横で覗き込むツナに目配せしてから表紙を捲ると、そこにあったのはモノクロの写真たち。風景だったり静物だったり、ヨーコさんに似た顔つきの女性、たぶん彼女のお姉さんであろう人が美容院の店内で働く様子だったり。そんな写真たちが収められたアルバムだった。

「「もしかして、これヨーコさんが撮ったの?」」

 私たち二人の疑問は当然で、それはどう見ても素人がデジカメでパチパチ撮ったレベルの写真じゃなかったからだ。私は正直写真のことは詳しくないけど、『カッコよくて雰囲気のある写真』だってことはわかる。

「うん……全部、私が撮影した写真よ。私ね、将来カメラマン、もしくは写真に携わる仕事がしたいなって思ってるの」
「へぇぇ……すごいよヨーコさん。私、写真ってよくわからないけど、陰影がすごい綺麗でかっこいいと思うよ。ね、ツナ?」
「うんうん、もうプロが撮った写真にしか見えないよ!」
「ほ、ほんと!? 嬉しいなぁ。でも自分ではまだまだ勉強が足りないと思ってるから、今も試行錯誤してるんだけど、ね。写真集を見て参考にしたりとか」

 そう彼女は謙遜するけど、カメラマンになりたいっていう夢は素敵だなって思う。そして私は将来何をしたいんだろう、って考える。

 絵は好きだから美系の大学に進むっていうのも考えたけど、私の絵って好き勝手に描いてるだけだから技術には正直自信がない。だから今のまま『趣味』で描いていたいとも思う。かといって普通の文系に進むのも、何か違うんじゃないかなって。
 きっともうみんな進路のこと、考えてるんだろうな。

「じゃあヨーコさんは写真科のある大学に進学するとか考えてるの?」
「それも視野に入れてるんだけど、実は父がカメラマンで。だから、父のアシスタントをしながら現場で学びつつ専門学校、っていうのも考えてるの」
「すごいね、ちゃんと考えてて。私なんかなーんも考えてないよ。あ、高校卒業したら広大こうだいと結婚するからいいのか、専業主婦でも。それかパートでスーパーのレジ打ちとか」

 あっけらかんと『結婚』と言うツナに、そっかそうだったよねと返す。前からその話は聞かされてたし、むしろ結婚しない未来があるのかと聞きたくなるくらい二人は仲がいい。ツナは特に将来やりたいこともないみたいだし、コーちゃんも結婚なんて籍を入れて家族になるだけだろって、割と楽観的に考えてる。いやいやそれって重要で重大なことだと思うんだけど。

 ただ、本人たちは『責任が取れる立場になるまでは子供を作らない・高校卒業するまではエッチしない』ってちゃんと決めてるらしい。だからなのか、その前段階、つまり『キス』はいっぱいしてるみたい……って想像してカッと顔が熱くなる。

 そんなツナの爆弾発言に、ヨーコさんはただただ唖然としてる。

「……えーっ! ツナちゃんそれほんと?」
「ほんとほんと。もうお互いの親にも言ってあるし、反対もされてないよ」
「二人の家って近所だから、両親同士が仲良くて、冗談混じりで『結婚させよう!』って昔から言ってるんだよね?」
「そうそう。でも親の言いなりで結婚するんじゃないよ。私、広大のこと大好きだし、向こうも私のこと大好きだし」

 こう言い切るツナはかっこいいな。だから私はずっと二人を応援してる。

「なんかツナちゃんと茶渡さわたり君、すごいね……。それも立派な夢だと思うよ。進学や就職だけがが人生じゃない! って言ってるようなものだもの。なら、こっちの写真はツナちゃんに是非見てほしいな。もちろん永遠さんにも、だけど」
「えっ……私? 永遠じゃなくて?」
「そう、ツナちゃんに」

 と言って、ヨーコさんは後ろ手に隠していたもうひとつのアルバムをツナに差し出した。
 受け取ったツナが疑問の表情でアルバムを捲る。

「お……? おおおぉっ!?」
「これ、コーちゃんだよね?」

 そこにあったのは、やっぱりモノクロの写真で、被写体がコーちゃん。しかもドラムを叩いてる写真だった。顔のアップだったりドラムセット全体が写ってるものだったり、汗を拭いたりペットボトルの水を飲んだり。色んなシチュエーションのコーちゃんがそこに写っていた。ページを捲るたびに現れるそれらは、コーちゃんのドラマーとしての魅力とか強さが余すところなく表現されている。

 おぉ、すごい、かっこいいとか感心してる私の横にいるツナの表情は、何故か変わらず、どの写真を見ても冷静で無表情だった。
 アルバムを静かに閉じたツナは、いつものテンションはどこに? というくらいの落ち着いた声で、

「ヨーコさん。これ、いつ撮ったの?」
「それは、去年の夏休み明けに茶渡君に相談して撮らせてもらったの」
「うん。それで?」
「夏休みに『動きのある人物写真を撮ろう』って思って、テニスコートに行ってみたり、草野球の様子を撮ったりしてみたんだけど、ピンとこなくて。で、夏休み明けにクラス委員で一緒になった茶渡君になんとなく話したら『じゃあ俺のドラム叩いてるところ、撮ってみないか?』って言われて。それで、彼がいつも使ってるスタジオ? に連れて行ってもらって撮影させてもらったの」
「うんうん、なるほどね」

 あれ? もしかしてツナ怒ってる? 私にはわかる。これ、絶対怒ってる。

「……いい写真だね、ヨーコさん。まぁそれは置いといて、広大のやつ、なんで私に言わなかったんだろう」
「……え? 茶渡君、ツナちゃんにこのこと話してないの?」
「うん。聞いてないよ……」

 うん、どう考えても不穏な空気。もちろんそれはヨーコさんにも伝わったようで、両手をバタバタして狼狽えながら、

「え、えっとねツナちゃん? あの……浮気とかそういうんじゃないからね? でも、私、この写真はすごく良く撮れて気に入ってるし、茶渡君には感謝してるんだよ?」
「……」

 とうとう無言になるツナ。どうしよう……。
 と、その静寂を破るようにインターホンが鳴る。時計を見ると五時ちょうど。あー、これコーちゃんだ絶対。どうするのこれ。というか言った通り六時に来れば回避出来たかもしれないし。空気読んでコーちゃん!

 インターホンに出てみるとやっぱりコーちゃんで、無言でエントランスのロックを解除、そそくさとリビングに戻るとやっぱり無言で座って向き合う二人がいる。うん、完全にここだけ時間が止まったままだ。

 ほどなく「お邪魔しまーす!」とでっかい声で挨拶するコーちゃんがのそりとリビングに現れた。

「おう中見なかみ、お疲れ……ってどうしたこの空気?」
「……広大そこ正座」
「は? なんだよツナいきなり」
「いいから正座」

 床を指差しコーちゃんの顔も見ずに言うツナの顔……これ修羅場なの? 私もこんなツナ見るの久しぶりだよ。ここは経験上何も言わないのが最適解なんだけど、ヨーコさんはそんなことわかるわけもなく、ただただ狼狽えながら、

「ツ、ツナちゃん? 私からお願いして撮影させてもらったから、佐渡君は悪くないから「ヨーコさんちょっと待ってて。広大、さっさと正座」って、えぇぇ!?」

 なんで正座? と疑問を浮かべながらドスッと正座するコーちゃんと、それに対峙するツナ。その背中から、ゴゴゴゴゴ……ってオーラが見えてるのは気のせい? うん、気のせいじゃない。どうしよう……?
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