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#38 永遠と庸子と刹那 ―ありがとう―

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「……ふぅ。ヨーコさん、楽しかった……?」

 二人の初セッション。二人で奏でる音楽があまりにも楽しくて『And Y◯ur Bird Can Sing』を何度も繰り返し演奏した。最初は躊躇いながらタンバリンを叩いていたヨーコさんも、徐々に緊張がほぐれたみたいで、何度も「もう一回演りましょ!」ってお願いされた。私もそれが嬉しくて、オリジナルにはないフレーズを挟んで応える。その度ヨーコさんは花のような微笑を返してくれた。

 そしてなにより驚いたのはヨーコさんの歌唱力と透明感のある綺麗な声。歌詞も完璧で、たぶんだけど完全に覚えてるようだった。それに合わせて私もハモるところはハモりを入れた。これ、結構イケてたんじゃないかな。

「えぇ! もちろん楽しかったわ。タンバリンのパートも一応曲の通りに叩けたと思う」
「うんうん、私もそう思ったよ、すごいねヨーコさん。しかも歌もうまいし……あ、そういえばさっき『打楽器は初めて』って言ってたような気がするんだけど」
「あー、それはね――」

 なんとヨーコさん、小学校の六年間、ピアノを習ってたんだって。だから歌も上手いんだね。どうして止めちゃったのと尋ねると、

「もっとやりたいことに気づいて、そっちを優先したかったから、かな」
「やりたいこと?」
「そう。今はそれが一番の趣味なの。もちろんピアノも好きで、今でもたまに家で弾くのよ」

 私も小さい頃、じじにスピーカー付きのキーボードを買ってもらって遊んでたけど、パパにギターをもらって以来、そっちに夢中になっちゃって今に至ってるんだ。ちなみにそのキーボードは、倉庫この部屋のクローゼットの奥にまだ保管してる。

「一番の趣味……ビー◯ルズを聴く以外に、なんだよね?」
「うん。私ね、できれば将来――」

 と言いかけると同時に部屋のランプが点灯して、すぐにツナが入ってきた。
 いつものエプロンが、これまたいつも通りに似合っていた。いつの間にかシャワーも済ませたようで、部屋着に変わってる。
 楽器を持った私たちの姿を察したツナが、ニカっと笑って、

「ん? 二人とも、もしかして一緒に演ってた?」
「うん、すごく楽しかったよ。ヨーコさんね、すごく歌もうまいし歌詞も完璧、しかもピアノも習ってたんだって」
「と、永遠とわさんっ! そんなことないってば……」
「ほほう? じゃあ夜にでも、広大こうだいも入れてみんなで演ろうよ。永遠、キーボード持ってるもんね」
「そうだね! それ楽しいかも。じゃああとで出しとくね」
「えぇぇ……大丈夫かな……?」

 心配そうな顔を浮かべるヨーコさんとは逆に、ツナの顔がニヤニヤしてる。別にお客さん相手に演奏するわけじゃないし、大丈夫だよ。

「だいじょぶだいじょぶ! 私だっていつもテキトーだし! そんなことよりおやつ食べようよ。スコーン用意できたから」
「そっか、そうだったヨーコさん。ママの手作りスコーンがあるの。食べにいこ?」
「へぇぇ、レイさんってお菓子も作れるんだ。すごいね」

 アンプとオーディオの電源を落として、ギターを仕舞って。ついでにキーボードも出しておいた。久々に使うけど、壊れてないかな?

 そして重たい扉を閉めて、スコーンの待つリビングへ向かった。

 ✳︎          ✳︎          ✳︎

「どう? 永遠の家、面白いでしょ?」
「えぇ、面白いし楽しい。でも一番はやっぱり永遠さんのギターかな。驚いたけどすごくかっこよかったもの」
「か、かっこいいってそんな……」

 三人でスコーンを囲みながらのちょっとしたお茶会。今まではツナと二人だったそれも、一人ヨーコさんが加わるだけで賑やかなものになる。ツナだけ学校が違うから、お互いの学校でのこととかも情報交換した。
 ツナの学校はクラス替えというものがなく、変わり映えしなくてつまんないよ、とボヤく。

「私は毎日楽しいよ。ヨーコさんと一緒にお昼ご飯食べたり、こっそりお菓子食べたり。ね? ヨーコさん」
「うん、私もすごく楽しい。私、永遠さんって大人しい人だと思ってたけど、意外とお喋り好きで面白くて……学校に行く楽しみが増えたって感じ」
「良かったね永遠。これで私も安心だよ。広大もいるけど、やっぱり同性の友達がいない私だけっていうのが心配だったんだよ」
「ごめんねツナ。でももう大丈夫だから……ヨーコさん、えっと……これからもよろしくお願いします」

 そう深々と頭を下げる私に、少し狼狽えながら、

「えぇ、もちろん。こちらこそよろしくお願いします……今日ね、ビリーさんとレイさんに会って感じたけど、永遠さんがこういう人になった理由、わかるなぁ」
「「こういう人?」」

 こういう人ってなんだろうと思ったのはツナもだったらしく、お互いの顔を見合わせて頭を傾げる。

「永遠さんのご家族って、感謝の時に素直に頭を下げるんですもの。ビリーさんもこんな年下の私に、深々と頭を下げて……びっくりしたけど、すごい素敵だなぁって。心が素直で綺麗じゃないとできないよそんなこと。だから永遠さんがこんな素敵な人になったんだって思ったの」

 なんでヨーコさんは事あるごとに私を褒めるの? もう恥ずかしくて彼女の顔を見られず、俯いてしまうことしかできなかった。

 そんな居た堪れないしばしの沈黙をツナが静かに破る。

「確かに……ZZズィーズィーもレイちゃんもそうかも。感謝する時は必ず『ありがとう』って言うもんね。私はもう長い付き合いだから、もうそれが当たり前になっちゃってるなぁ」
「そうね、私もいずれ永遠さんの『ありがとう』に慣れちゃうのかもしれないけど、私は慣れたくないなぁ。だって『ありがとう』って言葉、素敵だもの」

 小さい頃からずっと言われてたこと。それは、『お礼を言う時は〈すいません〉じゃなく〈ありがとう〉と言うこと』だった。それは謝る時も一緒で、『自分に非があると思ったら〈すいません〉じゃなく〈ごめんなさい〉と言うこと』って。だからそれは私にとっては当たり前のことなんだよ。

「ヨーコさんありがとう……当たり前のことでも嬉しい……な」
「永遠さん……」
「私もたまには永遠に感謝しないとかなぁ~?」
「もう大丈夫だから! ツナからはもうたくさん感謝、もらってるから!」
「「「……あははっ!」」」

 とまぁヨーコさんが加わってからちょいちょい褒められちゃうんだけど、恥ずかしい反面とても嬉しい。家族まで誉められるとは思っていなかったよ。

 と、ここでヨーコさんが倉庫で言いかけたことをふっと思い出す。

「そういえばヨーコさん、ピアノよりもやりたくなったことって、何?」
「あっ! そうだったね。それ、私の好きなものだから持ってきてるの。ちょっと取ってくるね」

 一人で私の部屋に向かう背中を見送りながら、

「ヨーコさんの好きなもの……なんだろうね、永遠?」
「うーん、私にもわからないや。学校でそんな話、したことないもん」
「持ってこれるってことは、そんなに大きなものじゃないよね?」
「うん、持ってきたバッグも大きくなかったよ」

 色んな予想をあれこれ二人でしていると、ほどなくヨーコさんは小さなノートらしきものを持って戻ってきた。

「お待たせ。えっとね、私の好きなもの……というか夢、かな。それがこれなんだけど……」

 少し照れた顔を浮かべるヨーコさんが差し出すそれを、卒業証書のように両手で丁寧に受け取った。
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