上 下
37 / 79

#37 永遠と庸子 ―Peggy Sue ver. Towa―

しおりを挟む
 私(とギター)を呆けて見ている彼女――ヨーコさんの視線は何度も私の顔とギターを往復しては目をぱちくりさせていた。数秒後、やっと目の前にいる私の状態に理解が追いついた様子で、

「それ……ギターが弾けるっていうのが『第二形態』ってことなんだね?」

 と言い当てた。さすがヨーコさん、と言わざるを得ないね。
 いつもギターを弾く時に座る椅子へと移動して、そばにある小さなアンプにギターを繋げる。ペグをクイクイっと回してチューニングを合わせながら、

「別に隠してた訳じゃなくてね、どうせなら目の前で聴いてほしくて……だから今日になっちゃった」

 学校で言ってもよかったんだけど、どうせなら話してからその場で聴いて欲しかった。だから今日にした。リアルタイム配信、みたいな感じ?

「ちょっと意外かも。絵を描く永遠とわさんは学校で見てたから見慣れてるけど……でも、ギターを持った永遠さんも違和感ないね。素敵」
「ありがとヨーコさん」

 よし、ちょっと緊張するけど、頑張ろう。今できる『ペ◯ー・スー』、聴いてください、ヨーコさん。

 CDの再生ボタンを押す手が震えてる。大丈夫、きっと彼女は喜んでくれる。あとは神代永遠っていうものを素直に出せればいいんだから。頑張れ永遠

 CDが奏でるこの曲に、まだ上手く乗れていないかもだけど、精一杯に弾いた。これだけ真剣に弾いたのっていつ以来だろう。

 ほどなく緊張の糸から解放された私の指は、オリジナルにはないオブリガートやリフを差し込みながら動き続ける。そう、コピーするというより『演奏者の一人』として。もうこうなると私は止まらなくなるんだけど、無常にもCDは次の曲へと移り変わる。ここではじめて我に返った。楽しい時間ってほんとあっという間だ。

「えっと……こんな感じです……これが第二形態……です」

 自分で言っててなんだけど、第二形態ってなに? 戦闘力百万以上のアレみたいじゃない。そんな物騒じゃないです私。ってあれ?

「……ヨーコさん?」
「永遠さん、すごい……すごいよ!」

 という言葉を聞く前に、またもやガシッと抱きつかれてしまった。これは一体どうすればいいの? 引き剥がす? 抱き返す?
 いつもの『何言おうかな癖』を発動させてる私の耳元で、彼女は囁く。

「さっき、お風呂場まで連れて行ってくれた時に永遠さん、手を引いてくれたでしょ? あの時ね、『ピアニストの指ってこんななのかな』って思ったの。でも違うんだね、ギタリストの指、だったんだ……」
「い、いや、ギタリストだなんてそんな……」
「ううん、永遠さんは私にとっては『素敵なギタリスト』だよ。だってあんなにカッコよく私の大好きな曲を弾いてくれたんだもの」

 そういえばあの二人ツナとコーちゃん以外にギターを聴いてもらったのは、随分久しぶりだよ。しかもこんなに褒められて。素敵とか言われちゃった。

「ヨーコさん……ヨーコさんが喜んでくれるなら、私いくらでも弾く! だってヨーコさん、すごく嬉しそうな顔してたんだもん。それが見れただけで私は満足。私ね、ビー○ルズなら大体の曲は出来るんだよ?」

 そう言った途端、初めてヨーコさんは私から離れて悩み始めた。でもその顔はワクワクが止まらない様子。

「うーん……あれもいいし……あれも捨てがたい……いや……やっぱりあれかな……」

 そんな悩まなくても大丈夫。私、ビー○ルズの曲はだいたい頭に入ってるから。コードもなにもない『Rev◯lution 9』以外ならね。うろ覚えの曲や、あまりにも複雑なコード進行で満足に弾けない曲もあるけど、それは無理って言えばいいし。うろ覚えでもCDかけながら弾けばミスしてもバレなさそうだしっ。

「じゃあ……『And Y◯ur Bird Can Sing』がいいな……永遠さん、弾ける?」

 うん、大丈夫だよヨーコさん。好きなアルバム『リボ◯バー』に入ってる曲だから、あのイントロのギターも弾ける。あれ、ツインギターがかっこいいよね。しかも子供の頃、一人で弾けるように練習したからバッチリだよ!

「うん、それなら弾けるよ。あのねヨーコさん。だったら一緒に……演ろ?」
「えっ……一緒?」
「そう、どうせならヨーコさんと一緒に演奏したいな」

 そう言って、ツナご愛用のタンバリンを差し出した。倉庫この部屋には私のギター関係の機材のほか、コーちゃんの機材の一部――予備のスネアドラムとかパーカッションとかスティックとか――とツナの打楽器のおもちゃとかが置いてあるのだ。ここでたまにみんな三人で演奏してたりするんだけど、結構楽しいから、是非ヨーコさんにも体験してもらいたいんだ。しかも『And Y◯ur Bird Can Sing』にはタンバリンのパートもあるしね。

「私、ってやったことないけど……」
「大丈夫だよ、ヨーコさんが感じるままに叩けばいいんだから。私よりも『And Y◯ur Bird Can Sing』のこと、きっとわかってると思うし、ね?」
「! ……もう、私が永遠さんの『ね?』に弱いの知っててやったでしょ今?」
「へへ……ばれちゃった」
「「……ふふっ」」

 予想はしてたけど、案の定そこからまたヨーコさんの『And Y◯ur Bird Can Sing』の解説が始まった。私もヨーコさんの解説、大好きだから嬉しい。

 この曲は、ファンの間では人気が高いけど、当のジョ◯はこの曲を好きじゃないこと、曲中の『you』が一体誰をモチーフにしてるのかが諸説あること、あのツインギターはジョー◯・ハリスンとポー◯・マッカートニーが演奏していること、そしてそもそもこの曲の歌詞の内容も色々憶測がされている謎の多い曲なこと……そんなことを彼女はいつもの熱量で教えてくれた。ほんとジョ◯とビー◯ルズが好きなんだね。

「じゃあ、CDかけるね」
「う、うん……ちょっと緊張してきちゃった」
「……実は私も。ほら、手に汗かいちゃった」

 そして、私とヨーコさんの初めてのセッションが始まった。


◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯


文中にある『Rev◯lution 9』、これは曲というよりサウンドコラージュですが、作者は最後まで一度も聞いたことありません……。ちょっと前衛的というか現代音楽というか……まぁ要するに、なるほど全くわからん、なのです。
現代音楽ついでですが。ジョン・ケージという音楽家の『4分33秒』という曲があるのですが、この曲は楽器ができない方でも気軽に演奏できますので、是非仲の良い友人たちとパーティなんかの余興にいかがでしょうか?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

M性に目覚めた若かりしころの思い出

なかたにりえ
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

俺にはロシア人ハーフの許嫁がいるらしい。

夜兎ましろ
青春
 高校入学から約半年が経ったある日。  俺たちのクラスに転入生がやってきたのだが、その転入生は俺――雪村翔(ゆきむら しょう)が幼い頃に結婚を誓い合ったロシア人ハーフの美少女だった……!?

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...