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#29 永遠と庸子 ―お泊まり会―

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「お待たせ、ヨーコさん」
「ううん、私も今さっき来たところ」

 まるで初々しいカップルの初デートみたいな台詞で始まった土曜日、午前11時。
今日は待ちに待った『お泊まり女子会vol.001』その日だ。
 流石にもう外では待ち合わせできないくらいの暑さ。だから待ち合わせ場所は最寄駅のカフェにした。

「私、昨日は楽しみであまり眠れなかったの」
「大丈夫? 眠くない? うちに着いたらお昼寝してもいいよ?」
「ううん、大丈夫。だって学校以外で初めて永遠とわさんと会うんだもん、寝るなんて勿体無いよ」
「……実は私もあまり眠れなかったんだ。お揃いだね」
「っ! お、お揃い……そうね、お揃いね」

 初めて見る私服の彼女は、語彙力ポンコツで申し訳ないけど、やっぱり素敵だった。淡いベージュのサマーニットを緩めに羽織り、その下には、『NEW YORK CITY』ってネイビーでプリントされた白いTシャツ、下は適度に履き込まれたスキニーのブルーデニム。テーブル下をちらっと覗くと、足元に真っ白なキャンバススニーカーがちらり。そしてもちろんまん丸の眼鏡。どちらかといえばメンズ寄りのコーデっぽいけど、ヨーコさんが着るだけで『デキる女のコーデ』に見えるんだもん。羨ましいかぎりだよ。

「ヨーコさんの私服、初めて見たけど素敵だね」
「ほんと!? 嬉しいなぁ。実は――」

 聞けば、Tシャツとスニーカーが特にお気に入りで、さらに話を聞くともう納得だった。

「このTシャツはね、結構有名で。ほら、これ見て」

 と、スマホを差し出され画面を覗くと、見覚えある画像。やっぱりそうだったんだね。それは、まん丸のサングラスをかけて腕組みをする、同じTシャツを着たジョ◯・レノンだった。
 今はネット通販で大概のものは見つかるからいいよね。「このTシャツもネットで見つけてすぐに買っちゃった」とヨーコさんは顔を綻ばせる。
 スニーカーも、かのビー◯ルズのアルバム『アビー◯ード』のジャケットで、ジョ○が履いてるのがこのスプリン◯コートってブランドのスニーカーなんだって。
 まるで「見て見て!」って言ってるように足をゆらゆらさせる彼女の顔に、いつもの凛とした『クラス委員』のそれとは違った可愛らしさが浮かぶ。

「私ももちろん永遠さんの私服、初めて見るけど……可愛ぃ」
「そ、そうかな? ツナにはいつも『JKらしくしろ』って言われちゃうんだよ。だから今日は久しぶりにスカート履いちゃった」
「JKらしい、って私にはよくわからないけど……私もこんな服だから。でも、いいと思うな」
「服を褒められるの久しぶり。嬉しい、ありがとヨーコさん」

 褒められて嬉しかった私の今日の格好コーデは、上がお気に入りの白いガーゼシャツ。足元はいつものドクター◯ーチン8ホールブーツで、下はちょっと気合いを入れて赤いタータンチェックの膝上20cmミニスカート。このスカートは、中がショートパンツになっている。だから短くても下着が見えないから気軽に履けるのがいいところ。

 あまりスカートって履かないけど、今日は特別。そして『可愛い』って言ってくれたのは、たぶんガーゼシャツが萌え袖だから?

「初めて見た時から思ってたんだけど、ほんと永遠さんってスタイルよくて羨ましい。足も綺麗だし、膝下が長いから海外のモデルさんみたい」

 うん、私ハーフだからね、遺伝子パパの血がそうさせてるんだろう。つまりパパと私はやっぱり親子なんだなって、改めて思う。
 実は今日、ヨーコさんには私のいろいろを伝えたいんだけど、『パパと私』についても話そうかと思ってるんだ。私は彼女をもっと知りたいから、等価交換にはならないかもだけど、辛かったことを話してくれたヨーコさんに、しっかりと私のことも伝えたい。

 ……っとその前に。

「ヨーコさんもスタイルいいよ。私より、その……胸もあるし」
「! ま、まぁ母も姉もそうだから、遺伝なのかな……ハハハ」

 こんな感じで他愛のないお喋りを、まさかあの二人ツナとコーちゃん以外とできるなんて、ちょっと前まで考えられなかったよ。楽しい。

「あ、そうだヨーコさん。お昼ご飯って食べてないよね?」
「あ、うん。食べてないよ」
「あのね、じじ……私のお爺ちゃんなんだけど、お昼にハンバーガー食べたいから帰りに買ってきてって頼まれててね。そこで私たちのお昼も買ってうちで食べない? 個人経営のお店で、すごく美味しいんだよ」
「えぇ、そうしましょう。永遠さんがお勧めするなら食べてみたい」
「じゃあいこっか」

 時間はちょうど正午、カフェから出るとまぁ暑いこと。ほんと夏の太陽は容赦がないね。するとヨーコさんはサッと日傘を差して私と横並びになる。

「永遠さん肌綺麗なんだから。一緒に入ろ? 日焼けしちゃうよ」

 っ! こ、これが噂に聞く『相合傘』ってやつなの? いや相手は女性ヨーコさんだからそういうんじゃないんだけど、なんか照れ臭い。

 ✳︎          ✳︎          ✳︎

 私とヨーコさんはチーズバーガーとミニサラダ、じじにはいつものダブルスパイシーチーズバーガーと皮付きポテトフライを買って、家路を急ぐ。お店ではヨーコさん、すごく嬉しそうに「いい匂い……お腹空いてきちゃったっ!」ってはしゃいでて、その笑顔になんだか私まで嬉しくなる。

 ほどなくうちのマンション前に到着すると、ヨーコさんは建物を下から上に見て、

「こ、ここが永遠さんのお家? 大きいマンションだね……」
「そう、ここ。で、こっちがじじのお店」
「ここって……金魚屋さん?」
「うーん……金魚屋っていうか、熱帯魚屋、かな」
「なるほど……」
「暑いから入ろ? お先にどうぞ」

 『アクアリウムビリー』のガラス扉を開けて、ヨーコさんを案内する。
 相変わらずちょっと湿度は高いけど、エアコンはお店の商品、つまり魚たちのために適温になるように調整されてるから、存外涼しかったりする。

「へぇぇ……私、こういうお店熱帯魚屋さんって初めて。お魚見てもいい?」
「うん、もちろんいいよ。好きなだけ見て。ってじじ、どこ行ったんだろ」

 お店に誰もいないってずいぶん不用心だよね。まぁいるところはわかってるので、『バックヤード』にいるだろうじじを探しに行く。

『バックヤード』の入り口を覗くと、案の定じじがいる。なんか難しそうな顔で腕組みして、水槽を覗き込んでる。

「じじ。お昼買ってきたよ」
「おー永遠、おかえり。そういや友達が来るんだろ? ここにいていいのか?」
「うん、お友達……ヨーコさんならお店で魚見てるよ。で、じじは何見てるの?」
「これだこれ」

 ニヤッと笑いながら指差すその水槽は、私の目線よりちょっとだけ高い場所の端にあった。少しだけ背伸びをしてそれを覗き込むと。

「これって『マルプルッタ』?」
「あぁ。はる坊がな、下の水槽よりここがいいって言うんで移動したんだ」

 そう言われれば、最初に見た時は膝をついて見ないとわからない高さだったもんね。何か意図があってそうしたのかな?
 じじが言うには、悠さんはあれからちょいちょいここに来て、色々と試行錯誤した末に、今の状態に落ち着いたらしい。水槽の中身も、最初よりずいぶんと変わっていた。水も透明になってるし、水草も減らされてる。なにより違うのは素焼きの植木鉢の代わりになんというか、『キノコみたいなもの』が二つ置かれていた。それぞれ傘の部分の高さが変えられてるんだけど、きっとこれもなんらかの意図があるんだろうな。

「じじ、このキノコみたいなの、何?」
「あー。これは傘の部分がココナッツシェルで、柄が流木だな。これがマルプルッタの『産卵床の基質』になるんだと」

 この魚って『ベタ』みたいに小さな泡をたくさん吐いて産卵床を作って、そこに卵を産みつける『バブルネストビルダー』なんだって。ただ違うのは、水面に産卵床を作るベタに対して、マルプルッタは水中のオーバーハングした場所に産卵床を作るんだ、とじじは教えてくれた。
 肝心のマルプルッタは、その傘の下で寛ぐように泳いでる。

「こんな不思議なもの、どうしたの?」
「それははる坊の手作りだな。流木だけ店《うち》のを使って、ココナッツシェルは自分で持ってきてここで作ったんだ」

 私は今週、二回しかお店に寄らなかったから、悠さんに会うことはなかった。しかも、私が学校に行ってる時間帯に来ていたらしい。なら会えないのも納得だ。
 というか、そんな時間にお店に来れるなんて、彼の仕事ってそんなに時間に融通が利くのかな。

「そろそろ戻らないと、友達待たせちまうぞ」
「あ、そうだった。じゃあじじもお店に戻ろ?」

 二人してお店に戻ってヨーコさんと目が合うと、口をあんぐりと開けて私たちをまばたきも忘れて見つめていた。


◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯


庸子さんのTシャツ、私も所有していますが、これは通販で買ったものではなく、かつてさいたま市にあった『ジョン・レノン・ミュージアム』にて購入したものです。改めて調べてみると、2010年に閉館したとのことで、もう12年近く着ているのかと思うと、隔世の感がありますね。そして文中の不思議なキノコ、これも過去に私が作ったもので、マルプルッタではありませんが、これで某魚の繁殖に成功したことがあります。某魚、と書くのは、いずれお話しに出すかもな、というネタの温存です!
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