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#02 永遠と刹那 ―水分―

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「じゃあ行ってくるね」

 手にしていた黒い色鉛筆とスケッチブックをベンチに置いて、私はコンビニに向かった。少し西に傾きかけた太陽が映し出す自分の影に引かれるように、そして暑さで溶解死しないようにゆっくり歩く。別れを惜しむツナの手を振りほどいて……。(FIN)

 というと映画のエンディングみたいだけど、本当のところは急ぎ足で歩くと汗をかくからのろのろと歩いてるだけだ。
 今年の夏も暑くなりそうな気配がひしと感じ取れる。毎年猛暑って天気予報は針飛びしたレコードの如く繰り返しているけど、今年はそれを超えた暑さになるんじゃないだろうか。
 猛暑を超えると何て言えばいいのかな、なんて事をぼんやりと考えながら、『獄暑』って単語を思いついた頃にはコンビニの涼しい空気を身体中に浴びていた。
 
 ✳︎          ✳︎          ✳︎

「……かったよねぇ?」
「……」
「くれなかったよねぇ? ……聞いてますかぁ~永遠とわさ~ん?」
「……あ、ごめん、何?」

 色鉛筆の操縦にすっかり夢中でツナの話、聞いてなかった。しまったー、と慌てて色鉛筆の動きにブレーキをかける。スケッチブックを勢いよくぱたんと閉じて、『いつでも私は貴女の話を聞いてますよ!』って姿勢をわざとらしく演出する。ついでに両目もいつもよりキラキラ(当社比30%増)させて、普段の私からは想像もできないくらいの微笑みで彼女の顔を見つめる。キラキラー。

「だからぁ、永遠に初めて話しかけた時、返事もしてくれなかったよねぇ? って言いました!」

 あれ、リアクション薄いっていうかゼロ(しょぼん)。せっかくのレアもの『アイヴィースマイル』繰り出したのに。話聞いてなかったのは完全に私が悪いけど、ツナはたぶん本気で怒ってない。とはいえツナの強い口調に合わせてここで言い合いしても、この暑さじゃ体力では彼女に負ける私に勝機はまったくない。そもそも争う気もないし、争うような話でもないし。

「えー……。そうだったっけ?」

 暑さというのは時に悪戯心を呼び起こすらしい。というのも、時々ツナは『初めての出会い』の話をしてくる。その都度私は同じ返答をするけど、今日は覚えていないていで、ジャスミンティーを一口飲んでしらばっくれてみた。
 それに追随するように、コーラをするりと飲むツナさん男前! 吃逆しゃっくり出ないのかな。私出ちゃうから炭酸ちょっと苦手。嫌いじゃないけど。
 だから私はいつもお茶を飲む事にしている。お茶ならどんなものも飲むけど、最近では今日も絶賛飲用中のジャスミンティーがマイブーム(死語)。油っこい食べ物にすごく合うよね。というか飲んでも飲んでも体から水分が抜けてく。

「そうだよ、永遠が土手に一人でいてさ」
「いたねーそういえば」
「うわ。めっちゃ他人事」

 普段、女子高生同士ってこういう話をするんだろうか。だいたいは彼氏がどうとか、あのコスメ試した? とか、話題のあのスイーツ食べた? とか。私たちもそういう話はしないでもないけど、何しろ私自身が『今どきのJK』というレールからちょっと逸脱してる自覚があるから、こういう『ちょっとだけ真剣な話』が実は好きだったりする。
 私とツナは、小学三年生から中学卒業までは同じクラスだったものの、高校はそれぞれ別。私は私立の共学、ツナは女子校に進学して、前ほどしょっちゅう遊べなくなった。だから二人で遊ぶのは週末がメインになるから、『ちょっとだけ真剣な話』が多めになるのも当然なわけで。
 
 ところで、かっちりと決めたわけではないけど、私たちには『遊ぶ時のルール』がある。それは至ってシンプルで、『交代でお互いに行きたいところに付いていく。やりたいことに付き合う』。今週は私がやりたいこと――外でスケッチしたい――に付き合ってもらっている。私は洋服とか化粧とか、いわゆる『今時のJKの趣味嗜好』に疎いから、それに付き合うツナは二週に一度、画材屋とか美術館・水族館・楽器屋……、そんなところに行ってる事になるけど、彼女はいやな顔せずに付き合ってくれる。
 もちろん私も二週に一度彼女の行きたいところに付き合っているから、流行りのファッションやスイーツは頭では分かっていたり。ただ、外見は全く追従していない。今日も、ツナ曰く『射的の的』と言って憚らない、外側から同心円状に青・白・赤にプリントされた白地のTシャツに細身のデニム。足元はドクター○ーチンのチェルシーブーツに、帽子はキャメルカラーのメッシュキャスケット。
 自分ではオシャレだと思ってるんだけど、いつもツナからは『もうちょっとJKらしいカッコすればいいのに。永遠、綺麗なんだから』って言われてしまう。

「で、話しかけたじゃん?」
「ほうほう?」
「ほうほうってフクロウか!」

 私が生き物好きなのをわかっていてのこのツッコミは正解の返し。可愛いよねフクロウ。フクロウの眼って、種類によって黄色・オレンジ・赤があって、それぞれ活動時間の差で色が違うんだって。この話も動物園でツナに話したことがあるから、彼女も女子高生にしては私ほどじゃないにしても生き物には詳しくなっている。
 そんな彼女が私をイメージする動物は『ハリネズミ』だそうだ。
『ちょっと刺激を与えるとすぐ丸まって自分の世界に引き篭もる・注意して触らないとチクっとする・けど可愛い』らしい。
 言い得て妙、っていうのはこういう事なのかな。私もハリネズミ好きだからこれは私にとっては褒め言葉、かな?

「もちろん覚えてるよ、ほうほう」

 ツナの言葉に乗っかって返す。こんな会話をもう長いことしているから、ツナからの返しも、

「あの時からもう八年だよ……、私、永遠に会えて、ほんと良かった。ありがとう」

 と、こんな風にいきなりシリアスモードに変わっても私はちっとも慌てず騒がず。
 
(私もツナに会えたから今があるよ、こちらこそありがとう)

 ……って口には出さなくても伝わるくらいに私たちは通じている。だからここは敢えてありがとうをスルーする。

「そろそろ帰ろうか……。ねぇ、今日泊まってく? ツナの好きな神代カレー辛口なんだけど」
「おおぅ! マジかぁ!? でも、私のぶんもちゃんとあるの、永遠?」
「……もうすでにママには言ってあるのだよ刹那くん……」
「……さすが永遠氏。侮れませんな……げふぅっ」
「って今ゲップ!?」

 こうなると二人の足取りは暑さ如きに負ける要素はない。なにしろママの作るカレーはかなり手が込んでいて、しかもパパに結婚を決意させたくらいに美味しい、ってお母さんに何度となく聞かされていた。ってか結婚してないんですけどパパとママ。
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