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第01章 テロメア・コントロール
第09話【36】てれぱすもおど 01
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「これが私のステータス。見てもらえればわかると思うけど、あなたのダウンロードが私のほうにも影響して……」
彼女の表情は凍り付いた。
「適用数が、変わってる」
僕もスマートフォンを起動する。適用数「31」……この項目の数字は覚えていないが、当初の「ダウンロード可能な」コンテンツが「残り18」だった記憶はある。とすると、僕が端末を手にして以来、今までに「3」ダウンロードされたことになる。
「迂闊だった……私もタクシーの中で少し眠っちゃったから、多分そのとき。かなりマズい。早く確認しないと」
彼女は慌てて画面をスクロールさせていく。何が「済」で、何が「利用可能なコンテンツ」だったのか、僕は子細まで覚えていない。数秒後「あっ」と彼女が叫んだ。
「『36』の『てれぱすもおど』。これは確か、組織の予測では……」
そのとき、不意に頭の中で声が響いた。
(念じれば意思疎通が可能になる)
(えっ……これ……)
(テレパシーみたいね)
「……でもこれ、疲れる」
僕は普通のスマートフォンをチェックした。テレパシーが使えるとしたら、人類史はどんな歩みを送っただろう。代替となるであろう通信機能をまず調べた、が大きな違いはない。電話もメールも備わっている。
「連中はずいぶんなリスクを冒してきたみたい。『てれぱすもおど』は人類の知覚の根本を揺るがしかねない『コンテンツ』として、厳重なリスク分析が行われてきたものなの」
「思ったほどの変化ではなかった、ということですか」
「かつて『会員』が廃人になるレベルで大きな変化が起こったとされる『コンテンツ』もあって。実際に廃人になった『会員番号02』の映像があるけど、見る?」
「……いや、いいです」
「そうだね、不安にしかならないから。でも君も、そういう立場に身を置くようになったということ」
だから、リスクを管理し、世界をマネジメントせんとする組織が存在しているのか。そう考えると至極まっとうな奴らなのかもしれない。とすると、この女性は……僕がいま彼女とともに「逃げて」いる状況は果たして正しいのか……?
「でもこれで追っ手の速度は確実に上がる」
「その追っ手……『組織』側の人間も、おそらく僕らと同じ『会員』なんですよね。そんなにすぐに使いこなせるものなんですか」
「組織ーー『カリオグラフ』には、『非会員』の協力者が多数いるの」
「つまり……」
「『非会員』の協力者たちにとって、それは変化でもなんでもない。『元々そうだった』ものになるわけ。だから、赤ん坊に歩き方を教えるようなもの」
「といっても、一見して文明の形が変わらない以上、そんなに便利な代物でもないと思うけど。電話のない時代に電話が発明されて、みんなが喜んだという程度」
(少し使ってみるといいんじゃない。めちゃくちゃ疲れて、頭が痛くなるから)
(なるほど、確かにこれは……集中を保つのが精一杯です)
「距離に比例してより疲労度が上がるかもしれないし、相手が視界に入っていないと使えない可能性もある。だとしても、未知の使用法はいくらでも考えられる」
「……すぐに移動しましょう」
「でも、少し……ええと、したい……かもしれない」
「えっ」
「いや……、あの、食事をね」
「至急、軽食を手配しましょう」
「じゃあ私はシャワールームで」
「いやあの、なんで」
「理由はあとで移動中に話すから」
僕がサンドイッチを待ちながら荷物をまとめている間、彼女はタクシーの迎車を手配した。食事全般に対する彼女の反応はひどく不自然だった。まもなく届いた二皿のミックスサンドを抱え、彼女はシャワールームに移動した。僕はスマートフォンでネットを徘徊しながら、テレパシー能力の情報収集を行う。どうやら「通信手段」としては完全に過去の遺物で、あえて言うなら、対人コミュニケーションスキルの一部として扱われている能力らしい。
彼女と一緒に逃げるべきか、どうか。
僕らが対峙する「組織」の実体はわからない。とするならば、捕まれば最後どうなるかわからない相手よりも、一対一で向き合える彼女から情報を得た後に判断しても遅くはない。
食事を終えた彼女がベッドルームに戻ってきた。
「そろそろタクシーが来るみたい」
彼女の吐息からは歯磨き粉のミントの香りが漂っている。こんなときでも意識が高いのか、何か特別の理由があるのか。小さな疑問はひっきりなしに浮かび上がる。僕はとにかく、考えるための時間が欲しかった。
彼女の表情は凍り付いた。
「適用数が、変わってる」
僕もスマートフォンを起動する。適用数「31」……この項目の数字は覚えていないが、当初の「ダウンロード可能な」コンテンツが「残り18」だった記憶はある。とすると、僕が端末を手にして以来、今までに「3」ダウンロードされたことになる。
「迂闊だった……私もタクシーの中で少し眠っちゃったから、多分そのとき。かなりマズい。早く確認しないと」
彼女は慌てて画面をスクロールさせていく。何が「済」で、何が「利用可能なコンテンツ」だったのか、僕は子細まで覚えていない。数秒後「あっ」と彼女が叫んだ。
「『36』の『てれぱすもおど』。これは確か、組織の予測では……」
そのとき、不意に頭の中で声が響いた。
(念じれば意思疎通が可能になる)
(えっ……これ……)
(テレパシーみたいね)
「……でもこれ、疲れる」
僕は普通のスマートフォンをチェックした。テレパシーが使えるとしたら、人類史はどんな歩みを送っただろう。代替となるであろう通信機能をまず調べた、が大きな違いはない。電話もメールも備わっている。
「連中はずいぶんなリスクを冒してきたみたい。『てれぱすもおど』は人類の知覚の根本を揺るがしかねない『コンテンツ』として、厳重なリスク分析が行われてきたものなの」
「思ったほどの変化ではなかった、ということですか」
「かつて『会員』が廃人になるレベルで大きな変化が起こったとされる『コンテンツ』もあって。実際に廃人になった『会員番号02』の映像があるけど、見る?」
「……いや、いいです」
「そうだね、不安にしかならないから。でも君も、そういう立場に身を置くようになったということ」
だから、リスクを管理し、世界をマネジメントせんとする組織が存在しているのか。そう考えると至極まっとうな奴らなのかもしれない。とすると、この女性は……僕がいま彼女とともに「逃げて」いる状況は果たして正しいのか……?
「でもこれで追っ手の速度は確実に上がる」
「その追っ手……『組織』側の人間も、おそらく僕らと同じ『会員』なんですよね。そんなにすぐに使いこなせるものなんですか」
「組織ーー『カリオグラフ』には、『非会員』の協力者が多数いるの」
「つまり……」
「『非会員』の協力者たちにとって、それは変化でもなんでもない。『元々そうだった』ものになるわけ。だから、赤ん坊に歩き方を教えるようなもの」
「といっても、一見して文明の形が変わらない以上、そんなに便利な代物でもないと思うけど。電話のない時代に電話が発明されて、みんなが喜んだという程度」
(少し使ってみるといいんじゃない。めちゃくちゃ疲れて、頭が痛くなるから)
(なるほど、確かにこれは……集中を保つのが精一杯です)
「距離に比例してより疲労度が上がるかもしれないし、相手が視界に入っていないと使えない可能性もある。だとしても、未知の使用法はいくらでも考えられる」
「……すぐに移動しましょう」
「でも、少し……ええと、したい……かもしれない」
「えっ」
「いや……、あの、食事をね」
「至急、軽食を手配しましょう」
「じゃあ私はシャワールームで」
「いやあの、なんで」
「理由はあとで移動中に話すから」
僕がサンドイッチを待ちながら荷物をまとめている間、彼女はタクシーの迎車を手配した。食事全般に対する彼女の反応はひどく不自然だった。まもなく届いた二皿のミックスサンドを抱え、彼女はシャワールームに移動した。僕はスマートフォンでネットを徘徊しながら、テレパシー能力の情報収集を行う。どうやら「通信手段」としては完全に過去の遺物で、あえて言うなら、対人コミュニケーションスキルの一部として扱われている能力らしい。
彼女と一緒に逃げるべきか、どうか。
僕らが対峙する「組織」の実体はわからない。とするならば、捕まれば最後どうなるかわからない相手よりも、一対一で向き合える彼女から情報を得た後に判断しても遅くはない。
食事を終えた彼女がベッドルームに戻ってきた。
「そろそろタクシーが来るみたい」
彼女の吐息からは歯磨き粉のミントの香りが漂っている。こんなときでも意識が高いのか、何か特別の理由があるのか。小さな疑問はひっきりなしに浮かび上がる。僕はとにかく、考えるための時間が欲しかった。
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