5 / 14
第01章 テロメア・コントロール
第04話 【06】びていめもりい 04
しおりを挟む
「どういう……って、どこに驚いてるんだ、益田」
「そんな『ケツが割れた』みたいなこと言われても困るんだよ。尻尾なんて誰にでもあるだろ。それよりなんでいきなり見せたりしたんだ。高山を連れてきたから機嫌わるくなってんのか?」
会話が噛み合わない。わかるのは彼が「尻尾が生えた」ことよりも「尻尾を見せた」ことに反応しているということだ。
「おまえ今なんて言った?」
「高山を…
「違うその前。尻尾なんて誰にでも……?」
「生えてるだろ。どうしたんだよマジで」
尻尾が生えている。みんな生えている。
「ちょっとおまえの尻尾を見せてもらえないか?」
「きっもちわるいな……マジでどうしたんだよ、俺もう帰るぞ」
益田はコーヒーを飲み干して立ち上がり、ニット帽を持ち、肩に鞄をかけると振り返りもせずに部屋を出て行った。僕は思考をまとめるのに精一杯で、止めようとも思わなかった。
これはつまり「元々そういうことになっている」ということだろうか。ズボンや便座の形だって、そうでなければ説明が付かない。僕だけが変化を認識していて、他の人にとっては、ずっと相変わらずの世界。【テロメア・コントロール】は、僕だけにわかる形で世界を書き換えた。となると記事にしようがないな……、ってそういうレベルの出来事ではない。腹の底がキュッと軋む。僕は、とんでもないものを手にしてしまった……。
ふたりの反応から察するに、尻尾は性器に近い扱いを受けており、気軽に人前で露出するようなものではないのだろう。ならば、せめて言い訳だけでも用意しておかなくては……尻尾に異常が出た? 尻尾に関する常識がない僕にそれは難題か。となると、高山の発言を引用して、欲求不満……死ぬほど不本意だが、素直に認めれば誠意が見えるだろうか……?
電気毛布にくるまって謝罪の文面を作るのは、この上なくむなしい行為だ。脳のほとんどがアプリへの興味と恐怖で埋まっていて、上手く書けない。結局、新しい記事のための治験アルバイトで未認可の薬を飲んで錯乱していたことにして、メールを済ませた。
さて、もはや移動するのすら億劫だ。少し冷えた缶コーヒーを飲み干して、僕はポケットからもうひとつのスマートフォンを取り出した。
【テロメア・コントロール】
01 むーんてらいと 済
02 あぐりびうてい 済
03 おぐされもぐさ 済
04 にしんすどれい 済
05 ふぜんめんえき 済
06 びていめもりい 済
07 きょうかんよい 済
08 まほふまぢゆつ
09 さみしひおひと
10 もゆるひくすり
「びていめもりい」には済のマークが付いている。もう少しスクロールしよう。
11 てんそうつめつ
12 すいほのおとこ 済
13 がんぐしゅうり
14 たべりまじわり 済
15 ななつみんぞく 済
16 まどいこまわり 済
17 えすけいぷそら 済
18 あんこくしんわ 済
19 からんむあぞふ
20 らんらるらるう
21 …
底知れない力を持ったこのアプリが、日本語らしき文字列で表示されているのには何か理由があるのだろうか。日本人が作ったとかそんな程度の話ではないだろう。見る者によって見える物が異なるとか、多分そういう。
ふつうの言葉っぽく見える部分があったり、英単語っぽい響きがあったり様々だが、例えば「びていめもりい」は今思うと「尾てい骨の記憶」的な言葉に思える。名称と結果がある程度対応しているのならば、多少の対策は取り得るということにもなる。
検証はここからだ。まだ僕は根っこからは信じちゃいない。ダウンロードボタンを押してからの様子も観察しきれていないしな。たとえば、世界が書き換わる瞬間はどうなるのか、とか。しばらく悩んで、僕は「もゆるひくすり」をダウンロードすることに決めた。先ほどの言い訳として薬の副作用を唱えたから、何か利用できるかもしれないし……極めて卑近な動機だが、まあ、結局そんなものだろう。
僕は、ダウンロードのボタンを押した。
「そんな『ケツが割れた』みたいなこと言われても困るんだよ。尻尾なんて誰にでもあるだろ。それよりなんでいきなり見せたりしたんだ。高山を連れてきたから機嫌わるくなってんのか?」
会話が噛み合わない。わかるのは彼が「尻尾が生えた」ことよりも「尻尾を見せた」ことに反応しているということだ。
「おまえ今なんて言った?」
「高山を…
「違うその前。尻尾なんて誰にでも……?」
「生えてるだろ。どうしたんだよマジで」
尻尾が生えている。みんな生えている。
「ちょっとおまえの尻尾を見せてもらえないか?」
「きっもちわるいな……マジでどうしたんだよ、俺もう帰るぞ」
益田はコーヒーを飲み干して立ち上がり、ニット帽を持ち、肩に鞄をかけると振り返りもせずに部屋を出て行った。僕は思考をまとめるのに精一杯で、止めようとも思わなかった。
これはつまり「元々そういうことになっている」ということだろうか。ズボンや便座の形だって、そうでなければ説明が付かない。僕だけが変化を認識していて、他の人にとっては、ずっと相変わらずの世界。【テロメア・コントロール】は、僕だけにわかる形で世界を書き換えた。となると記事にしようがないな……、ってそういうレベルの出来事ではない。腹の底がキュッと軋む。僕は、とんでもないものを手にしてしまった……。
ふたりの反応から察するに、尻尾は性器に近い扱いを受けており、気軽に人前で露出するようなものではないのだろう。ならば、せめて言い訳だけでも用意しておかなくては……尻尾に異常が出た? 尻尾に関する常識がない僕にそれは難題か。となると、高山の発言を引用して、欲求不満……死ぬほど不本意だが、素直に認めれば誠意が見えるだろうか……?
電気毛布にくるまって謝罪の文面を作るのは、この上なくむなしい行為だ。脳のほとんどがアプリへの興味と恐怖で埋まっていて、上手く書けない。結局、新しい記事のための治験アルバイトで未認可の薬を飲んで錯乱していたことにして、メールを済ませた。
さて、もはや移動するのすら億劫だ。少し冷えた缶コーヒーを飲み干して、僕はポケットからもうひとつのスマートフォンを取り出した。
【テロメア・コントロール】
01 むーんてらいと 済
02 あぐりびうてい 済
03 おぐされもぐさ 済
04 にしんすどれい 済
05 ふぜんめんえき 済
06 びていめもりい 済
07 きょうかんよい 済
08 まほふまぢゆつ
09 さみしひおひと
10 もゆるひくすり
「びていめもりい」には済のマークが付いている。もう少しスクロールしよう。
11 てんそうつめつ
12 すいほのおとこ 済
13 がんぐしゅうり
14 たべりまじわり 済
15 ななつみんぞく 済
16 まどいこまわり 済
17 えすけいぷそら 済
18 あんこくしんわ 済
19 からんむあぞふ
20 らんらるらるう
21 …
底知れない力を持ったこのアプリが、日本語らしき文字列で表示されているのには何か理由があるのだろうか。日本人が作ったとかそんな程度の話ではないだろう。見る者によって見える物が異なるとか、多分そういう。
ふつうの言葉っぽく見える部分があったり、英単語っぽい響きがあったり様々だが、例えば「びていめもりい」は今思うと「尾てい骨の記憶」的な言葉に思える。名称と結果がある程度対応しているのならば、多少の対策は取り得るということにもなる。
検証はここからだ。まだ僕は根っこからは信じちゃいない。ダウンロードボタンを押してからの様子も観察しきれていないしな。たとえば、世界が書き換わる瞬間はどうなるのか、とか。しばらく悩んで、僕は「もゆるひくすり」をダウンロードすることに決めた。先ほどの言い訳として薬の副作用を唱えたから、何か利用できるかもしれないし……極めて卑近な動機だが、まあ、結局そんなものだろう。
僕は、ダウンロードのボタンを押した。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
朧《おぼろ》怪談【恐怖体験見聞録】
その子四十路
ホラー
しょっちゅう死にかけているせいか、作者はときどき、奇妙な体験をする。
幽霊・妖怪・オカルト・ヒトコワ・不思議な話……
日常に潜む、胸をざわめかせる怪異──
作者の実体験と、体験者から取材した実話をもとに執筆した怪談短編集。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
はる、うららかに
木曜日午前
ホラー
どうかお願いします。もう私にはわからないのです。
誰か助けてください。
悲痛な叫びと共に並べられたのは、筆者である高宮雪乃の手記と、いくつかの資料。
彼女の生まれ故郷である二鹿村と、彼女の同窓たちについて。
『同級生が投稿した画像』
『赤の他人のつぶやき』
『雑誌のインタビュー』
様々に残された資料の数々は全て、筆者の曖昧な中学生時代の記憶へと繋がっていく。
眩しい春の光に包まれた世界に立つ、思い出せない『誰か』。
すべてが絡み合い、高宮を故郷へと導いていく。
春が訪れ散りゆく桜の下、辿り着いた先は――。
「またね」
春は麗らかに訪れ、この恐怖は大きく花咲く。
ill〜怪異特務課事件簿〜
錦木
ホラー
現実の常識が通用しない『怪異』絡みの事件を扱う「怪異特務課」。
ミステリアスで冷徹な捜査官・名護、真面目である事情により怪異と深くつながる体質となってしまった捜査官・戸草。
とある秘密を共有する二人は協力して怪奇事件の捜査を行う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる