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ループ

156.枯れた葡萄畑とマッケンジー神父

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「なんだか枯れた木とか多くない?」

「ナスタリア助祭もそう思われますか? 私も気になってました」

 エリサが珍しく口を開いた。

「葡萄の木は植樹されてから3年間は実を付けなくて、7年を過ぎて漸く商業用に利用できると聞いたことがあります。
それなのに20年を超えるころからは徐々に収穫量は減ってくるとか」

「7年? 葡萄の樹を育てるのってそんなに大変なんだ⋯⋯」

 ナスタリア助祭が驚いているとニールが話を続けた。

「ただ高樹齢の葡萄樹は自然と低収量になるから高品質なワインができるんだって聞いたことがあるなぁ。
えーっと確か⋯⋯樹齢の高い葡萄の樹は根が深いから安定的に水分を吸い上げるんだったかな。天候に左右されにくいから、この領地の高品質ワインは古樹から作られてる。
丁寧に管理してて百年以上も生き続けている樹もあったはず」

 意外なほどの博識を披露してドヤ顔をしていたニールが首を傾げた。

「でも、それっぽい樹が見当たんないんだよね」


 まばらに植えられた樹の間からは乾いた土がのぞいている。

「ニコシアのワインの納入量を調べてきたら良かったかもな」

「あと、社交界での評判とか。品質が落ちてるなら社交界で噂になってるよね」

 品質や量が落ちているなら口さがない貴族達は喜んで散々噂しているだろう。



 ニコシアの領はどこも閑散としていた。品揃えの悪い店と不機嫌そうな街の人⋯⋯。ニールが美味しいと太鼓判を押すワインの産地には見えない困窮ぶりだった。

(なんだか、水不足で回った町や村みたい)



 街の大通りの突き当たりに教会があった。白壁に蔦が絡みつき聖堂前も手入れが間に合っていないように見える。

「こりゃあ⋯⋯面倒なことになってそうだな」

 固く閉ざされた正面扉を開けるとわずかばかりの蝋燭を灯した聖堂だった。



「ようこそおいで下さいました。ご用件をお伺いしても宜しいでしょうか?」

 聖堂の隅から声をかけてきたのはかなり年配の神父だった。

「神父様はお一人ですか?」

 ここは人当たりの良いニールの担当とばかりにナザエル神父は勝手に聖堂を歩き回っている。

「はい、このところ色々ありまして⋯⋯今はわたくし一人でございます」

 疲れた様子の神父が力なく微笑んだ。チャンスだと思ったらしいニールが神父の言葉に畳み掛けて言った。

「実はですね、我々は中央教会から来たのです。神父様の抱えておられるご事情をお聞かせ願えますでしょうか?」



 応接室に案内されたローザリア達は神父の淹れてくれたお茶を前に話を聞くことになった。

 神父の名前はマッケンジー。このニコシア領の教会に来て25年になると言う。

「ワイン造りに合う葡萄を作るには日照時間と雨が重要でして、冬と春に雨が降り収穫期には晴れてくれないとなりません。
ところがここ数年は冬と春に雨が降らず夏に降ることが多かったのです。
お陰で出来たワインは最低ランク。
しかも、葡萄樹の開花期に強風が吹いた年がありまして、大切な古樹のほとんどが枯れてしまいました」


 この領地は昔から比較的天候が安定していたと言う。そのお陰で良質で高価格のワインを国内や国外へ販売し領地はとても潤っていた。

「ニコシアのシャンパンと言えば王家や高位貴族の方々のパーティーにも所望されるほどでしたが、ある年から突然⋯⋯本当に突然天候不順が続きまして。今では見向きもされないそうでございます」

「ニコシアのご領主は水の加護持ちだったと思うが?」

「左様でございます。ご領主様もお二人のお嬢様も水の加護で⋯⋯それが良くなかったのだと言う方もおられます」

 長年、トーマック公爵家が水の公爵と呼ばれていたが、近年はニコシア侯爵家を陞爵し本当の水の公爵と呼ぶべきだと言われるほど勢いのある貴族だった。

 令嬢は二人とも強い水の加護と美貌で社交界の華として君臨し、父親の豊かな領地と資産は多くの男達を引きつけた。


「良くなかったと言うのはどう言う意味ですか?」

 ローザリアが思わず勢い込んで聞くとマッケンジー神父は『不敬になるから』と口を噤んでしまった。


「教会内の話で収める。心配せず全て話してくれ」

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