157 / 191
ループ
156.枯れた葡萄畑とマッケンジー神父
しおりを挟む
「なんだか枯れた木とか多くない?」
「ナスタリア助祭もそう思われますか? 私も気になってました」
エリサが珍しく口を開いた。
「葡萄の木は植樹されてから3年間は実を付けなくて、7年を過ぎて漸く商業用に利用できると聞いたことがあります。
それなのに20年を超えるころからは徐々に収穫量は減ってくるとか」
「7年? 葡萄の樹を育てるのってそんなに大変なんだ⋯⋯」
ナスタリア助祭が驚いているとニールが話を続けた。
「ただ高樹齢の葡萄樹は自然と低収量になるから高品質なワインができるんだって聞いたことがあるなぁ。
えーっと確か⋯⋯樹齢の高い葡萄の樹は根が深いから安定的に水分を吸い上げるんだったかな。天候に左右されにくいから、この領地の高品質ワインは古樹から作られてる。
丁寧に管理してて百年以上も生き続けている樹もあったはず」
意外なほどの博識を披露してドヤ顔をしていたニールが首を傾げた。
「でも、それっぽい樹が見当たんないんだよね」
まばらに植えられた樹の間からは乾いた土がのぞいている。
「ニコシアのワインの納入量を調べてきたら良かったかもな」
「あと、社交界での評判とか。品質が落ちてるなら社交界で噂になってるよね」
品質や量が落ちているなら口さがない貴族達は喜んで散々噂しているだろう。
ニコシアの領はどこも閑散としていた。品揃えの悪い店と不機嫌そうな街の人⋯⋯。ニールが美味しいと太鼓判を押すワインの産地には見えない困窮ぶりだった。
(なんだか、水不足で回った町や村みたい)
街の大通りの突き当たりに教会があった。白壁に蔦が絡みつき聖堂前も手入れが間に合っていないように見える。
「こりゃあ⋯⋯面倒なことになってそうだな」
固く閉ざされた正面扉を開けるとわずかばかりの蝋燭を灯した聖堂だった。
「ようこそおいで下さいました。ご用件をお伺いしても宜しいでしょうか?」
聖堂の隅から声をかけてきたのはかなり年配の神父だった。
「神父様はお一人ですか?」
ここは人当たりの良いニールの担当とばかりにナザエル神父は勝手に聖堂を歩き回っている。
「はい、このところ色々ありまして⋯⋯今はわたくし一人でございます」
疲れた様子の神父が力なく微笑んだ。チャンスだと思ったらしいニールが神父の言葉に畳み掛けて言った。
「実はですね、我々は内密に中央教会から来たのです。神父様の抱えておられるご事情をお聞かせ願えますでしょうか?」
応接室に案内されたローザリア達は神父の淹れてくれたお茶を前に話を聞くことになった。
神父の名前はマッケンジー。このニコシア領の教会に来て25年になると言う。
「ワイン造りに合う葡萄を作るには日照時間と雨が重要でして、冬と春に雨が降り収穫期には晴れてくれないとなりません。
ところがここ数年は冬と春に雨が降らず夏に降ることが多かったのです。
お陰で出来たワインは最低ランク。
しかも、葡萄樹の開花期に強風が吹いた年がありまして、大切な古樹のほとんどが枯れてしまいました」
この領地は昔から比較的天候が安定していたと言う。そのお陰で良質で高価格のワインを国内や国外へ販売し領地はとても潤っていた。
「ニコシアのシャンパンと言えば王家や高位貴族の方々のパーティーにも所望されるほどでしたが、ある年から突然⋯⋯本当に突然天候不順が続きまして。今では見向きもされないそうでございます」
「ニコシアのご領主は水の加護持ちだったと思うが?」
「左様でございます。ご領主様もお二人のお嬢様も水の加護で⋯⋯それが良くなかったのだと言う方もおられます」
長年、トーマック公爵家が水の公爵と呼ばれていたが、近年はニコシア侯爵家を陞爵し本当の水の公爵と呼ぶべきだと言われるほど勢いのある貴族だった。
令嬢は二人とも強い水の加護と美貌で社交界の華として君臨し、父親の豊かな領地と資産は多くの男達を引きつけた。
「良くなかったと言うのはどう言う意味ですか?」
ローザリアが思わず勢い込んで聞くとマッケンジー神父は『不敬になるから』と口を噤んでしまった。
「教会内の話で収める。心配せず全て話してくれ」
「ナスタリア助祭もそう思われますか? 私も気になってました」
エリサが珍しく口を開いた。
「葡萄の木は植樹されてから3年間は実を付けなくて、7年を過ぎて漸く商業用に利用できると聞いたことがあります。
それなのに20年を超えるころからは徐々に収穫量は減ってくるとか」
「7年? 葡萄の樹を育てるのってそんなに大変なんだ⋯⋯」
ナスタリア助祭が驚いているとニールが話を続けた。
「ただ高樹齢の葡萄樹は自然と低収量になるから高品質なワインができるんだって聞いたことがあるなぁ。
えーっと確か⋯⋯樹齢の高い葡萄の樹は根が深いから安定的に水分を吸い上げるんだったかな。天候に左右されにくいから、この領地の高品質ワインは古樹から作られてる。
丁寧に管理してて百年以上も生き続けている樹もあったはず」
意外なほどの博識を披露してドヤ顔をしていたニールが首を傾げた。
「でも、それっぽい樹が見当たんないんだよね」
まばらに植えられた樹の間からは乾いた土がのぞいている。
「ニコシアのワインの納入量を調べてきたら良かったかもな」
「あと、社交界での評判とか。品質が落ちてるなら社交界で噂になってるよね」
品質や量が落ちているなら口さがない貴族達は喜んで散々噂しているだろう。
ニコシアの領はどこも閑散としていた。品揃えの悪い店と不機嫌そうな街の人⋯⋯。ニールが美味しいと太鼓判を押すワインの産地には見えない困窮ぶりだった。
(なんだか、水不足で回った町や村みたい)
街の大通りの突き当たりに教会があった。白壁に蔦が絡みつき聖堂前も手入れが間に合っていないように見える。
「こりゃあ⋯⋯面倒なことになってそうだな」
固く閉ざされた正面扉を開けるとわずかばかりの蝋燭を灯した聖堂だった。
「ようこそおいで下さいました。ご用件をお伺いしても宜しいでしょうか?」
聖堂の隅から声をかけてきたのはかなり年配の神父だった。
「神父様はお一人ですか?」
ここは人当たりの良いニールの担当とばかりにナザエル神父は勝手に聖堂を歩き回っている。
「はい、このところ色々ありまして⋯⋯今はわたくし一人でございます」
疲れた様子の神父が力なく微笑んだ。チャンスだと思ったらしいニールが神父の言葉に畳み掛けて言った。
「実はですね、我々は内密に中央教会から来たのです。神父様の抱えておられるご事情をお聞かせ願えますでしょうか?」
応接室に案内されたローザリア達は神父の淹れてくれたお茶を前に話を聞くことになった。
神父の名前はマッケンジー。このニコシア領の教会に来て25年になると言う。
「ワイン造りに合う葡萄を作るには日照時間と雨が重要でして、冬と春に雨が降り収穫期には晴れてくれないとなりません。
ところがここ数年は冬と春に雨が降らず夏に降ることが多かったのです。
お陰で出来たワインは最低ランク。
しかも、葡萄樹の開花期に強風が吹いた年がありまして、大切な古樹のほとんどが枯れてしまいました」
この領地は昔から比較的天候が安定していたと言う。そのお陰で良質で高価格のワインを国内や国外へ販売し領地はとても潤っていた。
「ニコシアのシャンパンと言えば王家や高位貴族の方々のパーティーにも所望されるほどでしたが、ある年から突然⋯⋯本当に突然天候不順が続きまして。今では見向きもされないそうでございます」
「ニコシアのご領主は水の加護持ちだったと思うが?」
「左様でございます。ご領主様もお二人のお嬢様も水の加護で⋯⋯それが良くなかったのだと言う方もおられます」
長年、トーマック公爵家が水の公爵と呼ばれていたが、近年はニコシア侯爵家を陞爵し本当の水の公爵と呼ぶべきだと言われるほど勢いのある貴族だった。
令嬢は二人とも強い水の加護と美貌で社交界の華として君臨し、父親の豊かな領地と資産は多くの男達を引きつけた。
「良くなかったと言うのはどう言う意味ですか?」
ローザリアが思わず勢い込んで聞くとマッケンジー神父は『不敬になるから』と口を噤んでしまった。
「教会内の話で収める。心配せず全て話してくれ」
16
お気に入りに追加
599
あなたにおすすめの小説
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
呪われ令嬢、王妃になる
八重
恋愛
「シェリー、お前とは婚約破棄させてもらう」
「はい、承知しました」
「いいのか……?」
「ええ、私の『呪い』のせいでしょう?」
シェリー・グローヴは自身の『呪い』のせいで、何度も婚約破棄される29歳の侯爵令嬢。
家族にも邪魔と虐げられる存在である彼女に、思わぬ婚約話が舞い込んできた。
「ジェラルド・ヴィンセント王から婚約の申し出が来た」
「──っ!?」
若き33歳の国王からの婚約の申し出に戸惑うシェリー。
だがそんな国王にも何やら思惑があるようで──
自身の『呪い』を気にせず溺愛してくる国王に、戸惑いつつも段々惹かれてそして、成長していくシェリーは、果たして『呪い』に打ち勝ち幸せを掴めるのか?
一方、今まで虐げてきた家族には次第に不幸が訪れるようになり……。
★この作品の特徴★
展開早めで進んでいきます。ざまぁの始まりは16話からの予定です。主人公であるシェリーとヒーローのジェラルドのラブラブや切ない恋の物語、あっと驚く、次が気になる!を目指して作品を書いています。
※小説家になろう先行公開中
※他サイトでも投稿しております(小説家になろうにて先行公開)
※アルファポリスにてホットランキングに載りました
※小説家になろう 日間異世界恋愛ランキングにのりました(初ランクイン2022.11.26)
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
理不尽な理由で婚約者から断罪されることを知ったので、ささやかな抵抗をしてみた結果……。
水上
恋愛
バーンズ学園に通う伯爵令嬢である私、マリア・マクベインはある日、とあるトラブルに巻き込まれた。
その際、婚約者である伯爵令息スティーヴ・バークが、理不尽な理由で私のことを断罪するつもりだということを知った。
そこで、ささやかな抵抗をすることにしたのだけれど、その結果……。
殿下、あなたが借金のカタに売った女が本物の聖女みたいですよ?
星ふくろう
恋愛
聖女認定の儀式をするから王宮に来いと招聘された、クルード女公爵ハーミア。
数人の聖女候補がいる中、次期皇帝のエミリオ皇太子と婚約している彼女。
周囲から最有力候補とみられていたらしい。
未亡人の自分でも役に立てるならば、とその命令を受けたのだった。
そして、聖女認定の日、登城した彼女を待っていたのは借金取りのザイール大公。
女癖の悪い、極悪なヤクザ貴族だ。
その一週間前、ポーカーで負けた殿下は婚約者を賭けの対象にしていて負けていた。
ハーミアは借金のカタにザイール大公に取り押さえられたのだ。
そして、放蕩息子のエミリオ皇太子はハーミアに宣言する。
「残念だよ、ハーミア。
そんな質草になった貴族令嬢なんて奴隷以下だ。
僕はこの可愛い女性、レベン公爵令嬢カーラと婚約するよ。
僕が選んだ女性だ、聖女になることは間違いないだろう。
君は‥‥‥お払い箱だ」
平然と婚約破棄をするエミリオ皇太子とその横でほくそ笑むカーラ。
聖女認定どころではなく、ハーミアは怒り大公とその場を後にする。
そして、聖女は選ばれなかった.
ハーミアはヤクザ大公から債権を回収し、魔王へとそれを売り飛ばす。
魔王とハーミアは共謀して帝国から債権回収をするのだった。
【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる