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一回目 (過去)

55.公爵邸への道

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 夢中で考えに没頭していたナスタリア神父がふと思いついたように懐中時計を取り出して時間を確認した。

「もうこんな時間ですか。そろそろお送りしなくてはなりませんね」

 明日は幾つか本を準備しておくと言いながら立ち上がりローザリアと共にナザエル枢機卿の執務室に向かった。



「図書室はどうだった?」

 眉間に皺を寄せて書類仕事をしていたナザエル枢機卿がペンを投げ出した。

「気分の良い話ではないので控えます。そろそろローザリア様をお送りしたいと思いまして」

「今日は俺も送って行こう。今夜の護衛はニールに行かせるが、奴には公爵家の奴等を少しばかり締め上げてこいって言ってある」

「そうですね。彼なら大丈夫でしょう」

 ニールは聖騎士団副団長でエマーソン伯爵家の次男、父親は国で一番大きな商会を持ち王家御用達の看板を掲げている。母親は隣国の侯爵家から嫁いできたが今では商会の金庫番を務める強者で、教会にもちょくちょく顔を出し隣国の果物やお菓子を持ってきては教会が運営している孤児院で羽を伸ばしている。

 ニール自身は長年ナザエル枢機卿の護衛を務めており普段はかなり無口だが一度口を開くと理路整然とした話し口調で相手を木っ端微塵にしてしまう。

「ナザエル枢機卿が暴走した時にのみ発揮される特殊能力呼ばわりされていますが、今回は役に立つでしょう」

【帰る?】

【明日はお花畑ね】

 精霊達が帰ってきたようでローザリアの肩に座った。

「どこにいたの?」

【お花畑ー】

【孤児院とぉ、図書室にも行ったよ】

「声が聞こえるのはローザリアがそばにいるからか?」

【そう。他の人は力が足りないの】

【頑張って力を強くしたら聞こえるよ】

「なら頑張らんとな。楽しみが増えたぜ」

 ナザエル枢機卿が腰を上げいそいそと部屋を出て行く。書類仕事が嫌いだと背中に書いてあるみたいに機嫌が良い。



 ナザエル枢機卿が隣の部屋に声をかけると大きなバスケットとトランクを抱えたニールが出てきて小さく会釈した。

【荷物いっぱい】

【ご飯おっけー。問題なーし】

 今日の夕食用と明日の朝食用のお弁当の入ったバスケットの周りを回りながら精霊が小さな手でサムズアップしている。



 夕闇に包まれる中を護衛に囲まれた馬車が進んで行く。平民街と貴族街の境にある教会から公爵邸までは馬車で20分程度。使用人達は家の中で仕事に追われ貴族達は外出前の支度に忙しいこの時間、貴族街を出歩く人や馬車はあまりいない。

「明日は孤児院に行こうと思っています。かなり疲れると思うので、今夜は少し早めに休んでおいて下さい」

 教会の運営する孤児院には0歳から15歳までの子供達が現在23人住んでいる。彼等は捨て子や何らかの理由で親と暮らせなくなった子供達ばかりだが7歳以上の子が圧倒的に多い。

「この国では加護がないと分かった時点で捨てられる子供が多いのです。生活が豊かでも加護のない子はいらないと捨てて次の子を作る。その考え方にやりきれないものを感じます」


「精霊が教えてくれた殺されて埋められた子供達を早く見つけてあげたいですね」

「勿論です。哀れな子供達は一日でも早く救ってあげなくてはなりません」

「精霊王の仰っておられたトーマック公爵邸の地下室に行ってみたいです。エリサが閉じ込められていた地下室とは別なんでしょうか」

「地下に石碑があったということはいつかの時点で移動したのかもしれませんね。そこに牢を作ったとは思えないので、地下牢の近くに石碑の跡地があるのではないかと」

「せめてその子だけでも先に助けてあげてはいけませんか?」

「今はまだ手を出さないほうがいいでしょう。ローザリア様の安全が保証できる状況を作るのが先決です」


 トーマック公爵家に住んでいるうちは身体の危険があるが、王宮に住むようにと王命が下れば一切手が出せなくなる。

 王家の望みは王家に加護を取り戻す事で、その為にローザリアを狙っている。
 トーマック公爵達の望みはリリアーナを王太子妃にして外戚となる事だろうが、ローザリアについては邪魔な存在だとしか思っていない。
 ジンはローザリア精霊の愛し子を手に入れる為に長い間時間をかけてきた。

 今はローザリアがいずれ回復魔法を使えるようになる、その訓練をするという口実で時間稼ぎしているがどこまで通用するか分からない。



「ジンがどのタイミングでローザリア様を手に入れようとするのかが分かれば⋯⋯」

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