上 下
89 / 99

89.進化しはじめている可能性も麦粒くらいはありますからね

しおりを挟む
「はぁ、なんか⋯⋯少しわかったかも」

 仁王立ちしていた魔王サイズの虫が頭をガシガシと掻いて部屋を見回しました。少しは冷静になられたのでしょうか⋯⋯手加減は致しませんけれどね。

「えーっと、まずどこからだ?⋯⋯テーブルを壊して申し訳ない。弁償させて下さい」

 思わず『そこからですの?』と突っ込みそうになりましたが、ぐっと我慢です。グレッグの方が本質を掴むのが早そうな気がしますが『亀の歩みも一歩から』ですわ。『千里の道』はかっこよすぎて辺境伯には不釣り合いですから亀で十分です。

 先に些細な問題を解決しておけば本題が見つけやすくなると学園の先生に教えていただきましたもの。

『試験では簡単な問題を先に片付けておけば落ち着いて難問に取り組めるからな』

 折角、虫から進化⋯⋯頭を使って考える事を覚えている最中ですもの、焦りは禁物ですわ。


「それと、子爵家とご令嬢に対し失礼な言動があった事を謝罪します。えーっとその、あちこちからノアを誑しこんだとか、この間のパーティーでは王太子殿下にまで触手を伸ばしたとか噂を聞いておりまして。
子供を引き取ったのは利用する為だとか、拾った子供を売り飛ばしてるとか⋯⋯まさかこんな女性とは思わず勝手な想像で暴走しておりました」

 もしかして女狐から触手持ちになりました? えーっと、触手と言えばホオキムシとかでしたかしら。狐から虫へのランクダウンはかなりショックですわ。

 それから『子供を売り飛ばす』と言うのは例の人身売買の件が間違って広がったのでしょうか。

「自分より倍も体重がありそうな男に剣を抜かれかけても怯まず赤の他人の子供を命かけて守ろうとするとか凄すぎて。もう、スパッと目が覚めました。本当に申し訳ありません。
ノアはデレデレと鼻の下を伸ばしているし、ロイド殿下も参戦しそうな勢いで『子爵令嬢を王妃にできるかなぁ』とか言い出すしで、噂のこともあって頭に血が昇っ⋯⋯」

「待て! 今なんて言った!? ロイド殿下がなんだと!?」

「いや、あれ? こないだお会いした時に絶賛しておられて⋯⋯二人で取り合ってるのかと。違うのか?」

「くそ! どうもおかしいと思ったんだ。妙にラングローズ家の事を聞きたがって『陞爵』だなどと言い出したりティアの好みを聞いてきたり。
後で王宮に乗り込んで絶縁状を叩きつけてやる!」

 王家と筆頭公爵家の絶縁? まあ、あり得ませんからこのままスルーいたしましょう。

「王太子殿下の冗談を真に受けて横道に逸れすぎた脳筋のお話ですから、本気にされたら笑われてしまいますわ」

 ノア様達の目が痛いですね。

「俺達がチェイスの養育を断られた理由もはっきり分かりました。今後のことについてお時間をいただけるようお願い致します」

 背筋を伸ばしてしっかりと頭を下げた辺境伯様は虫から少し格上げの予感です。



「そうですか。リリスはどうだ? かなり言いたい放題だったが他にも伝えたいことはあるかな?」

「チェイスの事についてはいつもと同じでお父様に全てお任せしたいと思っております。わたくしからのお願いは⋯⋯まずひとつ目はナーシャ様のことです。
母子に手をかけた事は決して許されるものではありませんし罪を償うのは当然だと思いますけれど、ジャスパー様の行動を許容していた方はナーシャ様に謝罪するべきか否か考えていただきたいと思っています」

 罪を軽減できるよう行動する必要があるとは思えませんが、ナーシャ様の心を追い詰めるような行動があったなら謝罪は必要だと思うのです。

「それから他国へ逃れた母子の行く末を見守って下さると嬉しく思います。見知らぬ土地で女手ひとつで子供を育てるのは大変だと思うのです。例え十分な援助があったとしても心の支えがなければ辛いのではないかと気になっております」

「それで良いんだね? 他にないなら⋯⋯えーっと、非常に言いにくい話がある。グレッグとチェイスがリリスを待っているはずだからすぐに行っておいで」

 お父様の言い方と慌てて目を逸らした辺境伯の態度で何か問題が起きたのだと分かりました。

「どう言う事でしょうか。今日は顔見せだけのはずではありませんでしたの?」

「いや、そのぉ⋯⋯」

 しどろもどろで話をした辺境伯の前まで行き、その場に座っていただくようお願いいたしました。

 正座をされた辺境伯のお顔の位置はわたくしのお腹より胸に近いあたりです。

 大きく息を吸い込んだわたくしは右手の握り拳を辺境伯の鼻面に思いっきり叩き込みました。

 セルゲイ爺ちゃんのお薦めでしたから鼻を狙いましたが、鼻血って本当に簡単に出ますのね。

「不安を抱えている子供を大人ばかりがいる場所にひとりだけ呼び出すなんて恥を知りなさい! どこまで愚かなのか⋯⋯おむつの時代からやり直しをなさいませ!」



 そのまま部屋を出たわたくしは急いで自室に向かいました。虫の体液⋯⋯血だらけではグレッグ達に会いに行けませんもの。

しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

真実の愛、その結末は。

もふっとしたクリームパン
恋愛
こうしてシンディは幸せに暮らしました、とさ。 前編、後編、おまけ、の三話で完結します。 カクヨム様にも投稿してる小説です。内容は変わりません。 随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて

nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

幼馴染の親友のために婚約破棄になりました。裏切り者同士お幸せに

hikari
恋愛
侯爵令嬢アントニーナは王太子ジョルジョ7世に婚約破棄される。王太子の新しい婚約相手はなんと幼馴染の親友だった公爵令嬢のマルタだった。 二人は幼い時から王立学校で仲良しだった。アントニーナがいじめられていた時は身を張って守ってくれた。しかし、そんな友情にある日亀裂が入る。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

処理中です...