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58.断るべき理由

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「お待たせして申し訳ありません」

 お父様が来られ、わたくしの隣に座られました。

 挨拶や少しばかり近況を話している間にお茶を淹れ直したメイドが退出し、部屋にいるのはノア様・コナー秘書官・お父様・わたくし・ターニャの5人だけになりました。

 ほんの僅か身を乗り出したお父様が『似てる⋯⋯いや、色だけか』と呟いた気がします。

「当家に来た頃に比べると子供達はかなり落ち着いてきたようです。
チェイスはまだ幼いのが幸いしたようで、過去に影響される事も少なく今では家中が遊び場だと思って走り回っています」

「ティアの手紙にありました。『家中丸ごと鬼ごっこ』ですね」

「⋯⋯ティア?」

 え? お父様の顳顬がピキリと。

「はい、先程お嬢様から許可をいただきました」

 キラキラと目を輝かせ少し胸を張ったノア様の耳が赤くなっておられますが、わたくしの顔はそれ以上に赤くなっていそうです。

 お父様、こっちを見ないでくださいませ。『たかが名前』と頭の中で呪文を唱えても恥ずかしすぎて、思わず下を向いてしまいました。

「そう、そうですか。それで⋯⋯えーっと、グレッグですね。
彼はここ最近は庭師のセルゲイと穴掘りをするのに夢中です。話し方もしっかりしてきましたし、礼儀も少し覚えてきました。
ただ、はっきりとした記憶はないかもしれませんが、今でも不安になったり夜を怖がったりすることがあります」

 驚きました、グレッグ達のそばにいるのはほとんど見かけないと言うのに詳しくご存知だなんて流石お父様です。



「今後の事なんですが⋯⋯子供達の事について話す前にラングローズ卿とティアにお願いがあります。そちらを先に話させていただいて宜しいでしょうか」

「⋯⋯ええ、構いません。リリスも構わないか?」

 お父様のお顔が少し強張ってきた気がします。マーベル伯爵家の方がまた何か問題でも起こしたのでしょうか? それとも⋯⋯。

 わたくしが小さく頷くとノア様が話しはじめられました。

「リリスティア様に結婚を申し込む許可をいただけないでしょうか。
ここ数ヶ月手紙のやり取りをさせていただいて、やはり私にはこの人しかいないと感じました。子供達の事とは関係なく、リリスティア様と共に生きていきたいのです」

 手紙の内容は子供達の様子がほとんどでした。子供達がフォレスト公爵家に引き取られた時少しでも馴染みやすいように願い、日々の成長や得手不得手などを書いておりました。子供達の微笑ましいエピソードで共に笑い、不安そうに俯く子供達の為に共に悩み⋯⋯ノア様とわたくしの距離も少し近付いた気はしています。

 それでもノア様との結婚はわたくしには分不相応だと感じています。



「フォレスト卿は王家の血を引く現公爵閣下であらせられ我が家は子爵家です。ましてやリリスは一度嫁いだ身ですから、白い結婚と言っても肩身の狭い思いをさせてしまうのは間違いないでしょう。
前回は格上からの申し込みを断りきれずリリスには辛い思いをさせてしまいましたが、これからは幸せになって欲しいのです。
それに、フォレスト卿が子供達を引き取れば社交界で騒ぎになります。マーベル元伯爵家の子供達とそこに嫁いでいた娘。子供達を口実にリリスがフォレスト卿に纏わりついていると言われるのは親として許せません」

 仮にグレッグがノア様の庶子だとしても『部下の愛人に手を出した』『庶子を部下に押し付けていた』と言われかねませんからそれを公表するとは思えません。となると何故ノア様が子供達を引き取ったのかと騒がれ様々な憶測が流れるはずです。

 それとは別に、裏切られた妻が夫の愛人の子供達と関わりたい真面な理由があるなど誰も思わないでしょう。

 この2つを並べれば⋯⋯夫に裏切られていた妻が子供達を口実にノア様に擦り寄り、同情をかって妻の座を狙っている強かな女だと言われるのは間違いありません。

 わたくしにとってステファン様は名前しか知らない赤の他人です。迷惑な顔見知りという程度の気持ちしかないので『グレッグ達を無条件に愛しているだけ』と言っても誰も信じてはくれないでしょう。

 偶々道で会い我が家に連れて帰ったターニャ達と同じように考えてはノア様や子供達の将来に悪評を立てる事になるだけ。

 ノア様がお越しになられると連絡がきた時、お父様に教えられて初めて気付いたのです。

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