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32.緊張で寝不足ですが

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「担当を変えるって⋯⋯私の事、捨てるんですか?」

 今までに見た事がないほどターニャが動揺しています。『パキッ』と音がしたのはターニャが片付けようとしていたわたくしの扇子かしら⋯⋯それはお兄様からお誕生日にいただいたお気に入りなんですけど。

「まさか!! 一番の親友を捨てるわけないじゃない。ただ、いつまでもターニャに甘えてばかりな自分を変えたいとは思ってるわ」

 数年前にケニス先生の独創的なプロポーズを目撃しましたが玉砕してからも折に触れケニス先生らしい求愛行動は続いています。

「ターニャにはもっと広い世界を見てほしいって思うし、ケニス先生じゃなくても結婚とか子供とかの選択肢も考えるべきだと思うの」

「結婚だなんて⋯⋯リリスティア様のお側にいたいんです。先生なんてフラフラしてるし侯爵家の方ですし」

 うーん、やっぱり先生一択に聞こえるのはわたくしの気のせいでしょうか?

「どうしても寂しかったらわたくしが着いて行っちゃうかも。離婚したらどこに住むか自由に決められるんですもの」

 ここまで大きなコブ付きってなったらケニス先生に嫌がられそうですけどね。



 喉が渇いたらしくちょうどいいタイミングでグレッグ達が戻ってきてくれました。湯冷しをコップに入れるとグレッグはわたくしの膝、チェイスはターニャの膝に当然のように座ってしまいました。

 これはハンナとメイサが教えたのか⋯⋯。グッジョブです。

 膝の上の小さな存在に動揺したターニャはピクリとも動かなくなっていますが、忖度など知らないチェイスはターニャに遊んでもらおうと膝の上で向きを変えて顔を覗き込んでいます。

 そう言えば孤児院の慰問でもターニャは小さな子供には関わっていなかった気がしますね。卒院間近の子供達に護身術や剣術を教えてばかりだったような⋯⋯。

 もしかしたら意識して小さな子供を避けていたのかも⋯⋯。こんなに長く一緒にいたのにそんなことも気付かないなんて友達失格です。



 翌日からメイドが1人と護衛を兼ねた従者が2人増え総勢5人とわたくしとターニャの7人が子供達の世話係になりました。

 見慣れた顔以外は青の間に顔を出すのを禁止したお陰か、子供達の笑顔が増えてきたように思います。

 メイド長の話では公爵様がお見えになられた翌日から毎日、伯爵夫妻とステファン様は終日出かけられてはお酒を飲んで怒鳴り合いをしておられるとか。

 アリシア様は友達の家に行くと言ったきり戻っておられませんし、ビビアン様もしょっちゅう出かけているそうです。

 マーベル一家の憔悴とは距離を置いたわたくし達は長閑な日々を過ごしています。庭で走り回る子供達は少し日焼けしてよく食べよく眠り⋯⋯あの日以来わたくしとグレッグは一緒のベッドで寝ていますけれど、それも長くはなさそうです。



 フォレスト公爵様から連絡が届いたのはカフェでお会いしてから十日後の事でした。

「リリスティア様、大丈夫ですか?」

 お父様経由で手紙が届き前回と同じカフェに向かう馬車に乗るわたくしが昨夜一睡も出来ていないのはターニャにバレているようです。

「ええ、勿論よ。どんな条件でもクリアしてみせるし⋯⋯断られたらその時はその時。その覚悟も出来てるわ⋯⋯ええ、出来てますとも。子供達の幸せさえ確保できれば良いのだから」

「子離れできない母親って感じですけど⋯⋯」

 ガタガタと揺れる馬車はいつもより時間がかかっている気がしますし、雲に覆われた空も気分を盛り下げている気がします。

「明日はきっとお天気になるわね」

「雨っぽい⋯⋯晴れたらピクニックですよね」

「ええ、裏庭でピクニックをしようって約束ですわ」

 出がけに半べそをかくグレッグと約束したのですから晴れてほしいです。グレッグの大好きなクロワッサンのサンドイッチと林檎を準備する予定ですし、チェイスのお気に入りのパウンドケーキも勿論作らなくては。



 商店街が近付いてきたようで馬車の速度が落ちはじめました。相変わらず馬車がガタガタと揺れているのは道の整備が遅れているせいでしょう。

 先王の代から続いた戦争が漸く終結したのでこれからはきっと公共事業にも力を入れる事ができるはずです。戦地となった辺境伯領の方々も今頃はゆっくり眠れるようになられた事でしょう。

 あれこれとこれから先の未来を考えているうちにカフェの前についたようで馬車が停まり御者がドアを開けてくれました。



 この後あんなお話が出るとは思いもせず呑気にカフェに足を踏み入れました。

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