上 下
201 / 248
第三章

9.すれ違うふたり

しおりを挟む
【にゃにゃ! 拗ねてないにゃ! 気分が乗らないだけにゃ】

「うん」

【⋯⋯さっきの奴は気に入らないにゃ。俺の事を勝手に転移させたにゃ。召喚者でもないくせに許せないにゃ】

「うん」

【⋯⋯おっちゃんグリモワールはいないのにゃ?】

「うん」

 この町についてからかなり時間が経っているようですでに夜の帷が降りている。家の前の街路樹がザワザワと揺れているのがかろうじてみてとれるので、多分空には満天の星が光り春の風が吹いているのだろう。

「昨夜は結構風が強かったもんね」

【砂が目に入って痛かったにゃ】

「そうだ! お風呂に入ろうか!? さっき見たんだけどここのは私でもお湯が出せそうなんだ」

【風呂は嫌いにゃ、水は好かんのにゃ】

「えー、野宿ばっかりだったからお風呂に入ってベッドで寝たら最高だよ?」

 天蓋付きのベッドは3人くらいなら余裕で眠れそうなほどの広さがあった。

【ベッドは嫌いにゃ、でも『いつもの』をしてベッドで寝るにゃ】

 エルの言う『いつもの』は《クリーン》の魔術。ポーチごとジェニに渡した今のグロリアには使えない。

「ごめん、もう何にも持ってないんからアレはできないんだ。お風呂に入らないとベッドは使えないからね」

【⋯⋯仕方ないにゃ、今日だけにゃ】

「うん」

 高い天井に設置されたキラキラ輝くシャンデリアが寄木細工の床に光を落とし、ソファとコーヒーテーブルは足に繊細な彫刻が施されている。

 クローゼットに並んでいるドレスはヘルの見立てだとジェニが言っていた。大きな鏡のついたドレッサーに並んでいるブラシや化粧品も同じくヘルから預かってきたという。

「バスルームやトイレも完備されてて、神具店のおじいちゃんに見せたら『一泊おいくら万円?』って言うんだろうなぁ」



 バスタブに湯が溜まるのを待っている時、コンコンとドアがノックされジェニの声が聞こえた。

「グロリア、メシを持ってきたぜ」

 渋々ドアを開けるとトレーを抱えていたのは変身を解いたいつものジェニだった。グロリアの横を通り過ぎてコーヒーテーブルの上に並べていくが、明らかにトレーに乗っていたものより多い。

「⋯⋯魔法で出すならトレーいらないじゃん」

 グロリアがつい憎まれ口を聞いてしまうとジェニがニヤッといつものように口の端を上げて笑った。

【シャー! グロリア、ソイツはさっきの奴にゃ】

 ふわふわの毛を逆立てたエルが鋭い牙を剥き出した。

「うん、こっちが本当の姿。多分だけど」

「多分は酷え、正真正銘これが今世の俺の姿だぜ?」

【コイツはちょびっと人間じゃないにゃ⋯⋯霜の巨人の臭いが混じってるにゃ】

「へぇ、異世界から来たにしちゃ詳しいじゃねえか」

【当然にゃ、お前からは腐った女の匂いがするにゃ。浮気者は嫌われるにゃ】

「嘘つきフラウロスだもんな」

【ふん、嘘つきはお前にゃ】

(腐った女かぁ、でもほんとかどうかわかんないしね⋯⋯それにしても、ジェニはエルにゃが悪魔だって知ってるんだ)

「冷める前に食えよ。それと、これはお前のもんだ。なくすなよ」

 コーヒーテーブルの隅にポーチを置いたジェニが部屋を出て行った。

【ふん! 奴を信じちゃダメにゃ】

「エルにゃ用のお肉もあるけど、ジェニが信じられないなら捨てちゃう?」

【食うにゃ! 肉に罪はないにゃ】

 部屋の隅から一気に跳躍してきたエルはガツガツと肉に食いついた。

【美味いにゃ、毎日これが食えるにゃら、ちょっとだけ許してもいいにゃ】

「魔法円展開してもいい?」

【えーっと、聞きたい事があるにゃ? グロリアならいつでもいいにゃ、食いにゃがらにゃらにゃ】


 《ララちゃんのおねだり~》


「エルにゃは異世界から来たのになんでジェニの過去を知ってたの?」

【精霊達に聞いたにゃ、俺はいつでも全てを知ってるにゃ。さっきの奴は悪戯好きで天邪鬼なトリックスターのロキにゃ】

「なら、今世での名前はマルデル、その前⋯⋯」

【樹里にゃ、一番初めの名前はフレイヤだにゃ】

「この町にいる?」

【いるにゃ、奴の現在はここにあるにゃ。病院の研究施設に住んでるにゃロキからしたくっさい臭いはフレイヤのにゃ。精霊達がすっごく嫌ってる女にゃ】

「研究施設⋯⋯やっぱりジェニはフレイヤと⋯⋯」

 今のエルはグロリアに嘘がつけないし、ジェニならマルデルに会いに来るなど造作もない。

(10日もあれば余裕だし、もしかしたらもっと前から会ってたのかも⋯⋯日中は一緒にいたけど夜なら会いに来れたもんね。パパッと転移しちゃえばいいだけだから)

【フレイヤは薬を探してるにゃ⋯⋯セイズで使う幻惑効果のある薬を作るつもりにゃ】

「じゃあ、やっぱり思い出したんだ。ネックレスを見つけるのもすぐかもね」

(フレイヤがセイズを思い出したならもう太刀打ちできないなぁ⋯⋯ジェニが味方についた時点で勝てないけど。今から護符を作り直しても必要な護符を選んでる間にやられちゃうだけだし)

 グロリアはコーヒーテーブルに置かれたままのポーチを見つめた。ポーチを身につけていれば護符の取り出しは自由自在で、マルデルとの戦いに勝算を見出せると思っていた。

(他人の褌で相撲は取れないよ、ジェニがマルデル側になった以上ポーチも四郎くんなんかも返さなきゃ⋯⋯やっぱり、もう止めよっかなぁ)


『はじめはあいつの為に歌ってあげるわ』

『ネックレスを取り戻すの⋯⋯あれはアタシとあいつの大切な絆、二人を繋ぐ鍵だから。
悪戯好きで気紛れで⋯⋯天邪鬼なあいつがアタシの元に帰ってくる』


(絆かぁ、数千年も待ち続けたロキが自分の元に帰ってきたんだもん。マルデルは私のことを気にする暇なんてなくなってて、私が前世の事を忘れたら⋯⋯二度と関わらずに済む? ジェニの願いはそういうこと?)

 前世の家族や仲良しだったご近所のお爺ちゃんお婆ちゃん達と友達。必死で努力して手に入れたグロリアの未来。

 その全てを奪われた。

(どんなに足掻いても取り戻せないのに復讐なんて意味がないかも。二度と関わらずに済むなら⋯⋯ジェニの幸せを考えるなら。
『や~めた』って言う? 『本当はさぁ、なんかもう面倒になっちゃってて』とか言えば敵じゃなくなるよね)


「あー、結局何にもできなかったなぁ。ありがとう、助かった」

【待て待て! セイズは思い出してにゃいから薬を作ろうとして焦ってるにゃ。ネックレスはもう存在してないにゃ、アレはもう別の物に変えられたにゃ。ラグナロクのどさくさに紛れて盗まれてイールヴァルディの息子に壊されたにゃ】

「ネックレスが⋯⋯ない?」

【ドヴェルグのブロック・エイトリ兄弟は知ってるにゃ。あの兄弟はイールヴァルディ達を嫌ってるからにゃ】

(ライバルだと思ってたけど違うんだ⋯⋯)

【それにそれに、この世界にはにゃいものがあるから薬は作れないにゃ。 
作れるのはエイルだけにゃ。リンド医師はエイルを捕まえようとしてるにゃ】

「リンド医師はエイルを好きだって聞いたのに!?」

【好きだったにゃ、可愛さ余って憎さ百万倍にゃ。エイルはまだ作り方に気付いてないにゃけど、拉致監禁されるにゃ。ヘルの屋敷でヘルと一緒に捕まるにゃ、フェンリルもヨルムガンドもマーナガルムも戦って死ぬにゃ。
オーディンが復活してこの世界が闇に包まれるにゃ。ロキはフレイヤに監禁されて心をなくすにゃ。
少し前に変わった新しい未来にゃ】

「少し前にって、何があったの?」

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

出来損ない王女(5歳)が、問題児部隊の隊長に就任しました

瑠美るみ子
ファンタジー
魔法至上主義のグラスター王国にて。 レクティタは王族にも関わらず魔力が無かったため、実の父である国王から虐げられていた。 そんな中、彼女は国境の王国魔法軍第七特殊部隊の隊長に任命される。 そこは、実力はあるものの、異教徒や平民の魔法使いばかり集まった部隊で、最近巷で有名になっている集団であった。 王国魔法のみが正当な魔法と信じる国王は、国民から英雄視される第七部隊が目障りだった。そのため、褒美としてレクティタを隊長に就任させ、彼女を生贄に部隊を潰そうとした……のだが。 「隊長~勉強頑張っているか~?」 「ひひひ……差し入れのお菓子です」 「あ、クッキー!!」 「この時間にお菓子をあげると夕飯が入らなくなるからやめなさいといつも言っているでしょう! 隊長もこっそり食べない! せめて一枚だけにしないさい!」 第七部隊の面々は、国王の思惑とは反対に、レクティタと交流していきどんどん仲良くなっていく。 そして、レクティタ自身もまた、変人だが魔法使いのエリートである彼らに囲まれて、英才教育を受けていくうちに己の才能を開花していく。 ほのぼのとコメディ七割、戦闘とシリアス三割ぐらいの、第七部隊の日常物語。 *小説家になろう・カクヨム様にても掲載しています。

下げ渡された婚約者

相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。 しかしある日、第一王子である兄が言った。 「ルイーザとの婚約を破棄する」 愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。 「あのルイーザが受け入れたのか?」 「代わりの婿を用意するならという条件付きで」 「代わり?」 「お前だ、アルフレッド!」 おさがりの婚約者なんて聞いてない! しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。 アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。 「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」 「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

処理中です...