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第二章

65.騒ぎ立てる愚か者

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 オリーから聞いた話からしてマルデルが虐めを受けて黙っているような大人しい生徒とは思えない。しかも、数理学の研究室で暴言を吐いたのも暴力に走ったのもマルデルとその取り巻きだというのは間違いないのだから。

 先日はロズウェルやエイルの前でも本性を表したマルデルの部屋にロズウェルがこっそり設置した魔導具からはマルデルの表と裏が暴露され続けていた。

 1日に何度も癇癪を起こす暴言や暴力は破落戸以上の迫力と凶悪さで使用人を傷つけ、父親の前で甘える声は迷子の天使と淫卑な妖婦が切り替わる。

(バカ親につける薬はないと言うのは本当だな。マルデルが持っているネックレスが原因らしいと分かったが、今はうまく動いていないらしい⋯⋯この様子では調べてみたくても手が出せそうにないし)

「中等部の教諭にも確認していますがそのような事実はありません」

「いいか、虐めというのは教師が見ていないところでやるんだよ。マーウォルス公爵家や他の家にも面会を申し込んであるから、彼等の口からシビュレーの悪質な行為が語られるのはすぐのはず。奴等は事件よりもずっと前に虐めに気付いたからこそシュビレーを切り捨ててマルデルを守っていたんだからな!
繊細な娘を追い詰めた手口を絶対に暴いて息の根を止めてやるから、覚えておくがいい!!」

(ネックレスのことを聞ける状態ではなかったな。ロズウェルの話ではネックレスが光った時精神に干渉されたような不快感があったと言っていたが、神族の精神に作用できる魔道具なんて聞いたこともない⋯⋯。
あのロズウェルでさえ特定できなかったとなると厄介なんだが)



 その後マーウォルス公爵ティウ家を訪ねたバナディス伯爵は落胆して屋敷を後にすることになった。

『まだ何も話さないだなんて一体どういうことですか? 公爵家の嫡男は聡明だと評判だったはずですが、まさか脅されているとか⋯⋯』

『我が息子が『役立たず』などに脅されるだと? 名誉毀損で訴えられたいらしいな』

『そのようなつもりでは⋯⋯ただ、あまりにも不可解でして。我が娘は目が覚めた時ひどく興奮状態で、自分を傷つけたシビュレーを連れてくるようにと何度も申しておりました』

『事件を目撃したオリーと言う奴は学園の教師であると同時に大学教授とアカデミーのメンバーでもある。彼の証言がある限り下手に動いては藪蛇になるだけで、シビュレーを罪に問うことも公の場に引き出すこともできん。
騒ぎ立てるならこれ以上の醜聞にならないよう十分に配慮しなくてはならんが、マルデル嬢から何か聞き出し知らせてくれたら悪いようにはせん』

 バナディス伯爵はマーウォルス公爵家を出て馬車に乗り込み溜息をついた。

(まだ残っておる。他の奴等はきっと真実を話しているはず)

 ユピテール公爵アル家の次にウイルド伯爵リーグ家に向かいガムラ侯爵フロディのいる教会にも足を向けたが結果は惨敗。

 落胆を隠しきれないバナディス伯爵は疲れ果てた顔で屋敷に戻った。

「マルデルはどうしておる?」

「え! あの、酷く興奮⋯⋯ご不快になられているようでして。それから『リンド』と言う名の医師を呼べと仰っておられました」

 目が覚めてからのマルデルは感情の浮き沈みが激しくなっている。

 爪を噛みながらブツブツと独り言を呟いていたかと思うと魔法で部屋を粉々にする。使用人に当たり散らし怪我を負わせて罵声を浴びせても反省の色もない。父親にさえ冷ややかな目を向けて『クソの役にも立たない』と罵る。

(余程恐ろしかったのだろうな。まるで別人のようになって⋯⋯早くなんとかしてやらんと可哀想で見てられん)

「リンド医師なら以前面会を申し込んだが断られておる。名医だと言う噂だからマルデルの診察をさせようと思ったが、多忙につき出張は無理だとかなんとか言っておった。マルデルが望むなら手紙を出してみるか。
どうしても会いたいなら魔法師団の力で強制するしかあるまいな」

 マルデルの部屋の方から何かが壊れるような大きな音が聞こえてきた。

 公爵達の返答を聞かれて癇癪が酷くなるのを恐れ自室に逃げ込んだバナディス伯爵は、キャビネットから取り出したブランデーの瓶に直接口をつけてごくごくと飲み干した。

「くそっ! 全員が口をつぐんで部屋に引きこもっているだと!?」

 ガシャン!

 袖で口を拭き腹立ち紛れに瓶を壁に投げつけて悪態をついた。

「彼等がシビュレーに脅されているのは間違いなかろう。声を上げることができた我がマルデルだけが後ろ暗いところがないと言うことだ。彼等がシビュレーに懐柔される前になんとかしなくては。
そうか! シビュレーが知っているアイツらの秘密を暴けば⋯⋯。シビュレーはしばらく泳がせて気を許したところで捕獲するか⋯⋯魔法も使えん『役立たず』なら造作もあるまい」



 右往左往するバナディス伯爵と沈黙を守るマーウォルス公爵達の動向を知らない学園生達は普段通りの生活を続けていた。

「ドールスファケレ様は相変わらずシュビレーと一緒ね、あんなののどこがいいのかしら?」

「珍獣扱いじゃないのかな。珍しいペット扱いだろ?」

「悪趣味だわ、それともヒーローの気分を味わっておられるとか」

 数理部で起きた事件についての目新しい話は出てこなくなったが下火になる度に誰かが煽り立てているのは間違いない。

「このままではマーウォルス様達が留年? 事件を解決しないからだわ」

「マルデル嬢がシュビレーに泣かされてたのを見た人がいたってさ、やっぱりな」

 何か言ったりすれば近くにいるジェニに睨まれたり言い返されたりするせいで、グロリアへの虐めは二人が揃っている時限定で鎮静化しているが居心地が悪いのは変わらない。

 その分ジェニがそばにいない時を狙った虐めは加速し使用する魔法のレベルは上がるばかり。

『魔法の訓練してるんじゃない? そう思うとあんまり気になんないんだよね。いっぱい魔法使ってるから『今年の一年生は優秀だ!』とかなるんじゃない?』

『悪口? ブーンって虫が飛んでると思えば大したことないよ?』

 グロリアがそばにいない時のジェニに対しての猛攻も過激になっていた。色仕掛けや贈り物攻撃、既成事実を作ろうとするものまで出る始末で冷笑していたジェニの目が吊り上がってきた。

『めんどくせぇからボコボコにしてやろうかな~』

『ショボショボのくせに抱きつきやがって、キモいんだよ!』



 数日後セティが来ると連絡を受けたグロリアはジェニの屋敷にやってきた。

 ディルスとカニスに熱烈な歓迎を受けながらエイトリにリンスとトリートメントの違いを説明しているとセティがやってきた。

【また違うのが来ただにぃ】

 慌ててカニスの背中によじ登ったエイトリが悲鳴を上げた。

【おでは美味しくないだにぃ! おではグロリアの仕事なまかだから、食ったらグロリアにボコボコにされるだにぃ】

(エイトリ、それを言うなら仕事仲間だよ)

「セティ、久しぶりだね~。少し大きくなった?」

「グロリアは相変わらずちっちゃいね⋯⋯ゴホッ!」

「もう直ぐ成長期がくるからいいの!」

 セティに腹パンを決めた手をパンパンとはたきながらグロリアがにっこりと微笑んだ。

「マジかよ! ヘルみたいなボンキュッボンになったらおじちゃん超心配だぞ」

「目指せ身長170センチなんだからロキは黙ってて! その時はヘルみたいな色っぽいドレスでイケメンをゲットするもん」

「セティ、これってちびっ子の反抗期ってやつか? 俺、ガキはいっぱいいるけど子育ては未経験なん⋯⋯げふっ!」

「育児放棄反対! もげろ不良親父!」

 あんぐりと口を開けたジェニが震えながらグロリアを指刺した。

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