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第二章

41.噛みついてないよ?

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 カニスに押しつぶされたグロリアはお腹のモフモフにわしゃわしゃと顔を擦り付けながら叫んだ。

「カ、カニスが喋った~! 間違ってるけど、喋ってるよお~。猫みたいにニャアって⋯⋯可愛い~、お持ち帰りしたーい」

【コイツ、頑張った⋯⋯練習した】

「おお、子供の成長を見た親の気分! ディルスの滑舌が⋯⋯赤ちゃん言葉が⋯⋯文章が」

 興奮しすぎてグロリアの言葉の方が崩壊していた。

「ここはこの世の極楽だよ~! ディルスも抱っこした~い」

【あんちゃん、こあいだにぃ】

【あ、あげな狼に噛み付いて吠えとるだにぃ。ちっこいくせにやばいだにぃ。か、帰っとするだにぃ】

 興奮しすぎて千載一遇のチャンスを逃したグロリア⋯⋯せめてグリモワールをポーチから出しておく余裕があれば、裏口の隙間から黒い靄が消える前に捕まえられたかもしれない。



 夕食までモフモフを堪能したグロリアはトボトボと屋敷に帰って来た。

(はぁ、この身体が恨めしい⋯⋯あと6年⋯⋯いや、3年先ならこんな家捨てて平民として働くのになぁ)

 15歳以上なら斡旋所で仕事を紹介してもらえると知ってからグロリアは指折り数えている。

「贅沢を言わなければ住み込みの仕事があると思うんだ」

 時間を見つけてはアルバイト探しをして撃沈し続けているグロリアだが夢は捨てていない。

「成長期が来ればもっと背が伸びて面接にも通りやすくなるはずだしね」

【一般人みたいにして暮らすん?】

「グリちゃん、私は超スペッシャルな一般人ですよ? あ、住み込みだとディルス達と離れなくちゃいけないんだ!⋯⋯この世界って動物園とか自然保護区とかないのかな。それか2頭がちっちゃくなれる魔術⋯⋯ブツブツ⋯⋯ヴァン達くらいのサイズになれたらペット可のアパートでも大丈夫だよね」

【⋯⋯ワシ、どう言うたらええん? グロリアの認識を変えれる自信はないけん⋯⋯お好きにどうぞとか、妄想バンザイとか? グロリアの成長期とか想像もつかんけど、夢は大きく果てしなくとか言っとく?
(ジェニ⋯⋯はよ、帰ってくれんかのう。グロリアが斜めに飛びすぎて崖に向かいよる気がするんよ?)】



 その頃ヘルの館では⋯⋯。

「ふふん、そうきたかあ⋯⋯やっぱ発想がぶっ飛んでんなあ」

 だらしなくソファに座ってニヘラっと笑った男の横には、目を吊り上げたヘルが立っていた。

【ちょっと! いつまで居座るつもりだい!? 食っちゃ寝してばかりで太ったんじゃないの?】

「ここの飯美味えんだよなあ、オヤツも出てきて至れり尽くせり」

 ボリボリと齧っていた煎餅を『食うか?』と差し出した。

【このヘル様に食べかけなんて! このウスラトンカチが!!】

「ヘル、女の子なんだからもうちっと可愛い喋り方を練習⋯⋯」

 まっすぐ伸ばしたヘルの右手から真っ黒な蔓が伸びて逆さに吊られたジェニが喚き散らした。

「うっわぁ、闇魔法はやめれー!! ご、ごめんてばぁ。父ちゃんの勘違い、ヘルは可愛い、可愛いぞぉ!! 食ったもんが腹から逆流⋯⋯ぐえっ!」

 ヘルがプチンと蔓が切れて床に落ちたジェニが『いってぇ!』と頭を抱えて転げ回った。

「父ちゃんの脳みそが凹んでる! ここ、ここがペコンって凹んだ~」

【んなわけないだろ!? もしほんとに凹んだってんなら、中が空っぽだからだよ!
あーもー、こんな食い散らかして! きったないったらないじゃん!! 鏡にへばりついてないで、さっさと働いてこいって言ってんの!】

「へ? 父ちゃん追い出すとか酷くね? ヘルがそんな子だったなんて、父ちゃん泣きそう」

【うっさいわ! 親なら親らしくしてみろっての⋯⋯いつまで放置プレイ楽しむつもりだよ、今ならフレイヤなんかサクッと殺れんだろうが!】

「あー、まーね。でもよう、その後の事を考えるともうちっと成長するのを待とうかなあと」

【はあ? 喰いたきゃ喰やいいじゃん。ちょっとちびっこいけどアンタもちびっこいんだから、なんとかなんでしょうが!】

「ヘル⋯⋯俺は心の成長を言ってんの。だーれがツルペタを喰う話してんだよ。脳内花畑もエロ満載も父ちゃんの前では禁止!!
アイツはこれから先も人間として真っ当に生きてくんだぜ、その為には自力で戦うことをだなぁ」

【⋯⋯ほ~、手放せるって? どの口が言ってんのかよ~く見せてもらおうじゃないか】

「たりめえだろ? 手放すとかってのはな、手に入れてる奴が言うセリフ! 今だけの付き合いだって分かってる父ちゃんはツルペタとは適切な距離を取り続けてるんだからな!!」

 目の座ったヘルが腕組みするとジェニが睨み返した。

【アンタ、やっぱ頭ん中すっからかんだね】



 自国に一時帰国すると言ったジェニは3匹と一緒にヘルの屋敷に居座っていた。

 遠見の鏡の前にソファを置いてグロリアの様子を終日監視し続け、部屋を汚してはヘルに叱られるのを楽しんでいる。

(今ならいざという時は助けに行けるが、いずれアイツは一人で生きてかなきゃなんねえ。どうやって生きてくのかよーく考えろよ⋯⋯能天気なままじゃ前世みてえに誰かに利用されるのがオチだからな。強くなるにはこの方法が一番のはず)

「しっかし、ドヴェルグ探してんのにすぐ後ろで騒いでるアイツらに気付かねえとか⋯⋯超ウケるぅ」

【グロリアだからそんなもんだよ?】

 諦めたようにジェニの横にドサリと座ったヘルが鏡を覗き込むと、鏡の中のグロリアはポーチから出した飴を手の上で転がしながら歌を歌っていた。

『ポーケットの中にはビスケットが一つ、叩いてみ⋯⋯』

「だよねぇ、小心者のくせに能天気で。とんでもねえことをしでかすくせに弱虫で⋯⋯飴ちゃんじゃなくてビスケットの歌じゃねえか」

【なくなるのが怖いんだろうよ、増えりゃなくなりにくい。繋がりが切れないように⋯⋯わかりやすい子だねえ、ずっと面倒見てやりゃいいのにさ】

「⋯⋯俺にはやる事がある。アイツとの付き合いは今だけだって決まってっからよ」



【ヘル、愚かな巨人は放っておけ】

「ヴァン! まさか、まさか父ちゃんの事言ってんのか!? む、息子に愚か者って言われちった⋯⋯父ちゃん、かわいそ」

【運命も予言もクソ喰らえだと言っておった奴が、なんとも弱気になったものよ】

「そうじゃねえ、俺の最後は俺が決める。そこにアイツは居ねえ⋯⋯ただ、それだけだ」

 昼も夜もないヘルヘイムに鏡の中から声が聞こえてきた。

『ジェニとヴァンとマーナとイオルとヘル⋯⋯ラプスとグラネちゃんと⋯⋯グリちゃんとディルスやカニス。
みんなみんな、おやすみなさい』



(お休み⋯⋯いい夢見ろよ)

「さあー、俺もちっと寝るかなあ。ふあ~」

 シャツの中に手を突っ込んでお腹をボリボリと掻きながら大欠伸をしたジェニの横でヴァンがパタリと尻尾を揺らした。

【歳をとって拗らせた奴は手がかかるのう】

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