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第二章
13. 天使のような悪魔、マルデル・J・バナディス
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マルデルの母親はこの国一番の美姫だと社交界でも有名だった女性で、その美しさはマルデルに受け継がれた。
一日中鏡を見ては満足そうに微笑むマルデルだったがたった一つどうしても許せない大きな問題があった。
(可愛いのもきれいなのもアタシだけがいいの)
物心ついた時には前世の記憶があったマルデルが、父親を手駒とする計画を実行しはじめたのは4歳の時。
(愛らしい娘に骨抜きの父親と違って、思い通りにならない母親なんかいらない! 顔に火傷でもさせてやろうかと思ったけど上手くいかないし)
何度か事故を見せかけて怪我を負わせようとして失敗すると、母親がマルデルの悪巧みに気付いて警戒しはじめた。
(尻尾を掴まれたら面倒なことになるわね。それなら⋯⋯)
父親に甘えながら舌足らずな話し方で母親が怖いと訴えた。
『とうさま、そばにいて⋯⋯かあさまがこわいの。あたしはわるいこなの?』
『いたいのきらい、マルデルいいこにするから。とうさまたすけて』
父親に虐待を疑わせ夫婦の仲がギクシャクしはじめた頃、盗んできた使用人のシャツを母親のクローゼットの中に放り込んだ。
『へんなにおいのおようふくが⋯⋯。あ、なんでもない。ひみつなの』
『かあさまのおへやから、へんなこえがきこえたの。そしたらしようにんのモーリスがいた』
『かあさまが、ないしょにしないとまるでるをすてるって』
涙を浮かべた娘から聞き出した話を鵜呑みにした父親は、不貞したと思い込んだ妻を叩き出した。
追い出される母親は⋯⋯。
『何も知らない子供の振りをしてるけど、その演技に騙されるのはバカな男だけよ。アンタは天使なんかじゃないし女神にもなれないわ。だって骨の髄まで悪魔の醜さが詰まっていて、臭い匂いを撒き散らしてるもの』
当時のマルデルは5歳。フワフワのハニーブロンドに白とピンクのリボンを結び、大きな青い目と透き通る肌。恥ずかしそうに上目遣いで微笑む姿は天使のようだと誰からも言われる愛らしさだった。
『バッカみたい! ババアはさっさと出ていけばぁ!? アンタなんかの言葉を信じる奴なんかいやしないんだから』
目を吊り上げた母親にマルデルが吐いた言葉には、可愛らしさのかけらも見当たらなかった。
2人暮らしになってから父親の溺愛は加速する一方で、マルデルはその年で得られる全ての欲を満たしていた。
思い通りの部屋と理想に合うドレスやアクセサリー、天使に見合う特別な馬車や白馬。自分の周りを飾るのに相応しい見目麗しい使用人達と、珍しい食材をふんだんに使った料理やお菓子。
自分の可憐さを引き立たせる池や教会のある別荘。
あまり大きくない領地から上がる税収と魔法師団団長の給与などたかが知れている。たった1年でバナディス伯爵家は借金まみれになってしまった。
(このままじゃ、何も買えなくなる!? アタシを飾るネックレスが欲しいのに。いつも夢に出てくるあのネックレスが!!)
何度も夢で見た自分は豪華絢爛な屋敷に住み美しい男達を侍らせて果物を口に運ばせていた。
(その胸元を飾っていたネックレス⋯⋯。黄金でできていて細かい彫金が施されていたの。あれ以上にアタシに相応しいものはないわ)
夢の女が柔らかく円を描くように舞いながら口ずさんでいる呪歌がどうしても聞こえてこない。
跪く女達の真ん中で恍惚とした笑みを浮かべた女の詠唱と祈りが精霊を呼び出していた。未来を見通し敵を呪い魔法をかけ全てを思い通りにする⋯⋯あれは間違いなくセイズ。
色鮮やかな夢なのにいつも無音なのが腹立たしい。
(あれはもっと遠い昔のアタシ)
『君が探しているものを知ってるよ』
その男が誘いをかけてきたのは、自分が神に愛された存在だからだと信じている。
『この情報を持って訪ねていってごらん。侯爵は君に望むだけの金を与えてくれるし、君が探し続けていたものの一つが見つかるはず』
穏やかに話す男の言葉通りにマルデルが訪れた先には⋯⋯。
飛偉梠⋯⋯アタシの⋯⋯オッタル
(取り戻したのは理想には程遠いけど今より少し優雅な暮らしと、凡庸で退屈で誰よりも可愛いアタシのオッタル。いつからかは覚えていないけど、どんな男よりこの無能な男に惹かれてるのだけは覚えてる)
抱きしめて初めてオッタルとキスしたのはまだ6歳の時だった。その時頭の中を駆け巡ったのは、最高の記憶と最悪な顔。
オッタルを黄金色に輝く猪に変えて草原を疾走する女は世界の全てを手にしていた。全ての男が足元にひれ伏して、全ての女は妬み羨んでいる。
最高神でさえアタシの掌で転がってるのに、黄金に埋もれるアタシの足元にひれ伏した男達がアタシの愛と慈悲を乞うのに。一人だけ横を向く生意気な男の顔が見えない。
薄汚れて醜い女が濁声で何かを怒鳴る光景にイラつく。アタシのオッタルの為に、輝く黄金の為に⋯⋯こんな下賤な女に関わるなんて反吐が出る。
(これは一番はじめのアタシ)
黒髪と黒目の薄ぼんやりした顔の女は最大の敵。
『何故他の女のように妬んで羨ましがらないの!?』
『このアタシにNOと言うなんて!』
『男を寝取られて泣き叫ばないのは何故?』
そう、この女の為にわざわざ盗み出してあげた《ダーインスレイヴ》で全てを断ち切ってアタシの奴隷にしてあげたの。永遠にアタシに繋がれてアタシに許しを乞えばいい。
『例え間違いであったとしても、アタシのオッタルと楽しんだ報いを』
『アタシを賛美しなかった報いを』
『澄んだ目の輝きを消してやる! 心が歪み毒を持つまで決して許さない』
(これはほんの少し前のアタシ)
6歳の時、特別な才能を持っているらしいと評判になったマルデルはお茶会の招待状やプレゼントの山に埋もれていたが、9歳の時に魔導具開発で躓いてからその評判は落ちる一方。
いくつか提案をしたもののどれも不評で実現せずに終わってしまった。
学園に入学した現在はごく普通の女子生徒と同じ扱い⋯⋯どころか顔しか取り柄のない残念な子扱いを受けている。
『女神様のような美しさだけど、才能は枯渇したんですって』
『子供の頃は神童であっという間にただの人。なんだかお可哀想で見てられないわねぇ』
『魔法の実力はそれほどでもないただ綺麗なお人形ではねえ』
(今に見返してやる! セイズを思い出しさえすれば、アタシはまたこの世の全てを手に入れることができるの。吠え面かかせてやるから覚悟しときなさいよ!)
シグルドとは同じBクラスになったがこれからのターゲットは全員Sクラス、何か繋がりを見つけなければとマルデルは計画を立てはじめた。
セイズ⋯⋯全てを手に入れる鍵はここにあるはず。
泣き叫び許しを乞うまで何度でも殺してあげる。《ダーインスレイヴ》がアンタを待ってるから。
狡猾で嘘つきなトリック・スター。アタシが欲しくて追いかけ続けて⋯⋯バカな男はまたアタシを狙ってる。ほんの少し素直になれば楽しませてあげたのに、邪悪な天邪鬼は誰よりもアタシに相応しい。
だってアタシは唯一無二の⋯⋯最上級の愛と美の女神なんだもの。
一日中鏡を見ては満足そうに微笑むマルデルだったがたった一つどうしても許せない大きな問題があった。
(可愛いのもきれいなのもアタシだけがいいの)
物心ついた時には前世の記憶があったマルデルが、父親を手駒とする計画を実行しはじめたのは4歳の時。
(愛らしい娘に骨抜きの父親と違って、思い通りにならない母親なんかいらない! 顔に火傷でもさせてやろうかと思ったけど上手くいかないし)
何度か事故を見せかけて怪我を負わせようとして失敗すると、母親がマルデルの悪巧みに気付いて警戒しはじめた。
(尻尾を掴まれたら面倒なことになるわね。それなら⋯⋯)
父親に甘えながら舌足らずな話し方で母親が怖いと訴えた。
『とうさま、そばにいて⋯⋯かあさまがこわいの。あたしはわるいこなの?』
『いたいのきらい、マルデルいいこにするから。とうさまたすけて』
父親に虐待を疑わせ夫婦の仲がギクシャクしはじめた頃、盗んできた使用人のシャツを母親のクローゼットの中に放り込んだ。
『へんなにおいのおようふくが⋯⋯。あ、なんでもない。ひみつなの』
『かあさまのおへやから、へんなこえがきこえたの。そしたらしようにんのモーリスがいた』
『かあさまが、ないしょにしないとまるでるをすてるって』
涙を浮かべた娘から聞き出した話を鵜呑みにした父親は、不貞したと思い込んだ妻を叩き出した。
追い出される母親は⋯⋯。
『何も知らない子供の振りをしてるけど、その演技に騙されるのはバカな男だけよ。アンタは天使なんかじゃないし女神にもなれないわ。だって骨の髄まで悪魔の醜さが詰まっていて、臭い匂いを撒き散らしてるもの』
当時のマルデルは5歳。フワフワのハニーブロンドに白とピンクのリボンを結び、大きな青い目と透き通る肌。恥ずかしそうに上目遣いで微笑む姿は天使のようだと誰からも言われる愛らしさだった。
『バッカみたい! ババアはさっさと出ていけばぁ!? アンタなんかの言葉を信じる奴なんかいやしないんだから』
目を吊り上げた母親にマルデルが吐いた言葉には、可愛らしさのかけらも見当たらなかった。
2人暮らしになってから父親の溺愛は加速する一方で、マルデルはその年で得られる全ての欲を満たしていた。
思い通りの部屋と理想に合うドレスやアクセサリー、天使に見合う特別な馬車や白馬。自分の周りを飾るのに相応しい見目麗しい使用人達と、珍しい食材をふんだんに使った料理やお菓子。
自分の可憐さを引き立たせる池や教会のある別荘。
あまり大きくない領地から上がる税収と魔法師団団長の給与などたかが知れている。たった1年でバナディス伯爵家は借金まみれになってしまった。
(このままじゃ、何も買えなくなる!? アタシを飾るネックレスが欲しいのに。いつも夢に出てくるあのネックレスが!!)
何度も夢で見た自分は豪華絢爛な屋敷に住み美しい男達を侍らせて果物を口に運ばせていた。
(その胸元を飾っていたネックレス⋯⋯。黄金でできていて細かい彫金が施されていたの。あれ以上にアタシに相応しいものはないわ)
夢の女が柔らかく円を描くように舞いながら口ずさんでいる呪歌がどうしても聞こえてこない。
跪く女達の真ん中で恍惚とした笑みを浮かべた女の詠唱と祈りが精霊を呼び出していた。未来を見通し敵を呪い魔法をかけ全てを思い通りにする⋯⋯あれは間違いなくセイズ。
色鮮やかな夢なのにいつも無音なのが腹立たしい。
(あれはもっと遠い昔のアタシ)
『君が探しているものを知ってるよ』
その男が誘いをかけてきたのは、自分が神に愛された存在だからだと信じている。
『この情報を持って訪ねていってごらん。侯爵は君に望むだけの金を与えてくれるし、君が探し続けていたものの一つが見つかるはず』
穏やかに話す男の言葉通りにマルデルが訪れた先には⋯⋯。
飛偉梠⋯⋯アタシの⋯⋯オッタル
(取り戻したのは理想には程遠いけど今より少し優雅な暮らしと、凡庸で退屈で誰よりも可愛いアタシのオッタル。いつからかは覚えていないけど、どんな男よりこの無能な男に惹かれてるのだけは覚えてる)
抱きしめて初めてオッタルとキスしたのはまだ6歳の時だった。その時頭の中を駆け巡ったのは、最高の記憶と最悪な顔。
オッタルを黄金色に輝く猪に変えて草原を疾走する女は世界の全てを手にしていた。全ての男が足元にひれ伏して、全ての女は妬み羨んでいる。
最高神でさえアタシの掌で転がってるのに、黄金に埋もれるアタシの足元にひれ伏した男達がアタシの愛と慈悲を乞うのに。一人だけ横を向く生意気な男の顔が見えない。
薄汚れて醜い女が濁声で何かを怒鳴る光景にイラつく。アタシのオッタルの為に、輝く黄金の為に⋯⋯こんな下賤な女に関わるなんて反吐が出る。
(これは一番はじめのアタシ)
黒髪と黒目の薄ぼんやりした顔の女は最大の敵。
『何故他の女のように妬んで羨ましがらないの!?』
『このアタシにNOと言うなんて!』
『男を寝取られて泣き叫ばないのは何故?』
そう、この女の為にわざわざ盗み出してあげた《ダーインスレイヴ》で全てを断ち切ってアタシの奴隷にしてあげたの。永遠にアタシに繋がれてアタシに許しを乞えばいい。
『例え間違いであったとしても、アタシのオッタルと楽しんだ報いを』
『アタシを賛美しなかった報いを』
『澄んだ目の輝きを消してやる! 心が歪み毒を持つまで決して許さない』
(これはほんの少し前のアタシ)
6歳の時、特別な才能を持っているらしいと評判になったマルデルはお茶会の招待状やプレゼントの山に埋もれていたが、9歳の時に魔導具開発で躓いてからその評判は落ちる一方。
いくつか提案をしたもののどれも不評で実現せずに終わってしまった。
学園に入学した現在はごく普通の女子生徒と同じ扱い⋯⋯どころか顔しか取り柄のない残念な子扱いを受けている。
『女神様のような美しさだけど、才能は枯渇したんですって』
『子供の頃は神童であっという間にただの人。なんだかお可哀想で見てられないわねぇ』
『魔法の実力はそれほどでもないただ綺麗なお人形ではねえ』
(今に見返してやる! セイズを思い出しさえすれば、アタシはまたこの世の全てを手に入れることができるの。吠え面かかせてやるから覚悟しときなさいよ!)
シグルドとは同じBクラスになったがこれからのターゲットは全員Sクラス、何か繋がりを見つけなければとマルデルは計画を立てはじめた。
セイズ⋯⋯全てを手に入れる鍵はここにあるはず。
泣き叫び許しを乞うまで何度でも殺してあげる。《ダーインスレイヴ》がアンタを待ってるから。
狡猾で嘘つきなトリック・スター。アタシが欲しくて追いかけ続けて⋯⋯バカな男はまたアタシを狙ってる。ほんの少し素直になれば楽しませてあげたのに、邪悪な天邪鬼は誰よりもアタシに相応しい。
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