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第二章

2.礼儀正しくてしつこいティウ・T・マーウォルス

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「そうですか、では受付に並び直ししするので失礼します」

(ゴタゴタはお断り! さっさとトンズラしなくちゃ)

 感じの悪い学園長や教師に頭を下げるのはムカつくからと、ほんの少しだけ頭を下げてから向きを変えてドアに向かった。

「あ、ちょっと待って! 学園長、私が代表の挨拶と言うのはどういう意味でしょうか?」

 ドアに向かいかけたグロリアの腕を掴んで慌てて引き留めたマーウォルスが学園長に向き直って問いかけた。

「元々マーウォルス君に代表の挨拶をお願いするつもりだったのですが、連絡ミスがあったのが今朝になって判明しまして。
急な話で申し訳ないのですが、お願いできますでしょうか? スピーチの原稿はここにあるのでそれを利用して頂いても構いませんし⋯⋯大した内容ではないので修正しても内容を変更しても構いませんから」

 グロリアの書いた原稿を当然のような顔でマーウォルスに手渡したハンへンリー・バーグ学園長には、高位貴族にありがちな自分の意見が通るのは当然だという尊大な態度と王位継承権保持者に阿る嫌らしさが見え隠れしていた。

(やな感じ~! こういう奴って超苦手なんだよね、早く終わんないかなぁ。手を離してくれたらとっとと出てくのに)

 手渡された原稿に目を落としたマーウォルスがグロリアをチラッと見た後学園長に向き直った。

「これってもしかして⋯⋯代表の挨拶もこの原稿もこちらの女子生徒のものではないのですか?」

「⋯⋯先ほども言った通り手違いがあったんですよ、その原稿は彼女から是非にと渡されたものでして。まあ、大した内容でもありませんし、気に入らなければ処分してしまえばいいと思っております」

 マーウォルスが次期公爵だからだろうか⋯⋯下手に出て話しているのがグロリアの神経をますます苛立たせた。

(頑張って考えたのにねぇ、勝手に奪っといてディスるとかサイテー)



「失礼だが、名前を伺っても?」

 困惑した表情で原稿とグロリアを見比べたマーウォルスが名前を聞いてきた。

 12歳にしてはかなり背が高いマーウォルスはグロリアより頭ひとつ半は大きいだろう。短く刈ったプラチナブロンドは前世の映画で見た軍人のようで、意志の強そうな強い光を放ちグロリアを見つめる目は赤みの強い茶色⋯⋯アンバーの瞳。

(えーっと、この場合どうしたら良いのかな)

 チラッと学園長を見て『なんとかしなさいよ』と目に力を入れてみたが、小さく肩をすくめられてしまった。

(なにそれ、そっちが勝手にやらかしといてその不始末はこっちに振るのって酷くない?
それがここの学園長ってもう最悪じゃん)

「⋯⋯グロリア・C・シビュレーです」

 低い声で渋々名前を名乗ったグロリアにマーウォルスが優雅に挨拶を返した。

「ティウ・T・マーウォルスと言います。もしかしてシビュレー嬢が主席入学なのではありませんか?」

「首席かどうかは知りません。そのような事はどこにも書いてありませんでしたから」

 合格通知書に書いてあったのは、合否の他に各教科の点数のみ。グロリアの場合はそれと一緒に新入生代表の挨拶の注意事項などが書かれた書類が同封されていた。

(満点入学が私だけとは限らないよね)

「だが、この原稿を準備したと言う事は首席入学だと言う事ですよね?」

(あ~も~、しつこーい!)

「当日までに原稿を準備するようにと書かれた書類は同封されていましたが、その通知が入っていたのは学園側の手違いだと聞きました。それについて異論を申し立てるつもりはありません。
入学式までそれほど時間がありませんし、これで失礼してよろしいでしょうか?」

「なぜ、なぜ抗議しないんですか!? それとも本当に手違いだったと?」

「存じません。私は一学生で他の学園生についての情報は持ち合わせておりませんから」

 マーウォルスがチラリと学園長の顔を見るとバーグ学園長は慌てて目を逸らした。

「シビュレー嬢は何点だった?」

 学園長の態度を見て疑いが確信に変わったマーウォルスがグロリアに問いかけた。

「⋯⋯(はぁ、ほんと~にしつこいってば!)受付が済んでいないので私はこれで失礼します」

(同率一位とかの可能性もあるし、話が長引くのは面倒くさいもん)

「私は781点だった! 君は何点だ!?」

 マーウォルスの手を振り払ったグロリアはドアのノブに手をかけてため息をついた。

(この人、まだ粘る!!)

「800点でした。点数を改竄したのなら許さないけど、挨拶なんて学園が望む人がやればいいと思ってるわ。では、失礼します!!」

 勢いよくドアを開け学園長室を出た後、腹立ち紛れにバタンと大きな音を立ててドアを閉めた。

(ホントにしつこい! ああいうタイプとは関わらないのが一番。私は部屋の隅で日向ぼっこしながら、のんびり授業を受けられればそれでいいんだからね!
ここでのんびり大人しく勉強して、ほんのちょっぴりでいいから友達を作れれば十分。私みたいな魔法の使えない子はいないかもだけど、あんまり得意じゃない子なら気にせず友達になってくれるかもしれないじゃん)

 その頃学園長室ではマーウォルスが呆然としていた。

「マジかよ、それって満点じゃないか!!」



 公爵家嫡男にして最高裁判所長官の父を持つティウ・T・マーウォルスはこの国の貴族社会の超エリート。王家の血を引く彼の王位継承順位は第3位。

 12歳にして既に肩幅の広い細マッチョで、剣術が得意。魔法は全種類使えるが公にしているのは氷と風のみ。血筋と剣や魔法の才能だけでなく大胆不敵だが沈着冷静な性格も評価が高い。

 そして、彼はフェンリルに片手を噛みちぎられ隻腕となったテュールの記憶を既に思い出している。

(俺はアイツの信頼を裏切った最低な男なんだ)

 周りからどれほど評価されてもその思いが彼の中から消える事はなく、その驕らない態度が彼の評価をますます高めているのは皮肉としか言えない。

 寡黙で個人主義。剣術と戦略に秀でた最古の主神で、軍神・天空神・司法神の力も併せ持つ。

 オーディンに主神の座を奪われてからはより寡黙になった。

(あれは予言にかこつけた奴の策略だった。それに気付かなかった俺の責任は大きい)



 学園長室を飛び出して校舎を出たグロリアは、この後の説明を全く聞いていなかった事に気付いた。

(えーっと、これからどうすればいいんだろう。Uターンしてさっきの職員らしき人に聞いてみるとか?)

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