上 下
88 / 248
第一章

87.サンドバッグにされてる

しおりを挟む
「俺、かなりやられてるぞ? 今の裏拳といい正拳突き・回し蹴り・エルボー⋯⋯あ、踵落としされたこともあるな」

「ふふん、父さんが教えてくれたんだよね。漫画で覚えたコークスクリューパンチとかのボクシングの技もあるし。
父さんは神主の仕事以外に剣道場をやってるんだけど、剣道と一緒に体術も覚えろって言ってアレコレ教えてくれたんだ」

 身体の大きな父親にコロコロと転がされる度に泣きべそをかいていたが、小学生になる頃には練習が楽しくなっていたのを今でも覚えている。

(父さんを独占できてるみたいで嬉しかったんだよね~。教えてもらった技が上手くできた時も父さんが知らない技を披露した時も、満面の笑みで頭を思いっきり撫でてくれるのが嬉しくて、毎日『練習しよう』ってねだってたなあ)

「今もそうだけど前世でも背が低くて、幼稚園の頃とかよく泣かされてたんだって。それで父さんがね、ちっこくても負けるな泣くなって教えてくれたの。
それなのにあの時は何もできなかったんだから笑っちゃうよね。ギラギラ光る刀身を見た途端頭が真っ白になってただ『怖い、怖い』って思っただけだった」

「仕方ねえだろ? 花梨のいた世界じゃ刃のついた刀で戦ったりしねえんだ。それが突然目の前に現れりゃ身動き取れなくなるって」

 自虐的にへにゃりと笑ったグロリアの手に『能天気そうな見た目がグロリアっぽい』と言いつつジェニが乗せてくれた箱は⋯⋯。

「こ、これはコア◯のマーチ~! ヘル? ヘルだよね。あーもー、愛してるって伝えてくれるかな。ほんと好き、ヘル最高!!
この絵柄ってすっごい種類あるんだけど、都市伝説とかもあるんだよ。まゆ毛の子や盲腸の子に会えたら幸せになるとかって言われたことがあって探しまくったんだよ。でもでも本当の激レアキャラは『子どもコア◯』なんだって。
ヘルにお礼言っといてくれる? ハグしてほっぺちゅうとかもお願い」

「お前、やっぱちょろいな⋯⋯ハグもちゅうもせんけど礼だけは伝えとく」

 グロリアが落ち込むと何気に前世の食べ物や飲み物を出してくるジェニとヘル。

(いいもん、これがあるから生きてける! 繋がりが切れてないって気がするじゃん)



「なら、剣術もできそうだな」

「この世界の剣術って見たことないからどんなのか分かんないけど、それなりの硬さの棒があれば身を守るくらいはできるはず」

「ふむ、だったら⋯⋯グロリア、ちょっと立ってみろ」

 裏拳がヒットした顎を態とらしくさすりながらジェニがラグを指差した。

 モゾモゾとベッドから這い出したグロリアが立つと一頻り見つめてニヤリと笑った。



「ほれ、持ってみろ」

 ジェニが取り出した2本の剣は素人のグロリアが見ても特別だとわかる輝きを放っていた。

「こいつはスケヴニングで、使う前にちと手順がいるが骨まで断ち切る王の剣。
こいつはグラムで、なんと竜殺しの英雄の持ってた剣で抜群の切れ味で石でも鉄でも切り裂く。刀身にルーン文字が刻まれてるから相性は良いかもな」

 手渡されたスケヴニングを握って構えてみた。王権の象徴とも言われた剣は鋭さと硬さと切れ味の全てを兼ね備えている。

「長さはあるけどやや細身の剣身だし安定感があるね。コレは慣れれば使えそうな気がする」

「こっちはどうだ?」

 幅広の両刃でかなり重量のあるグラムは持ち上げるのが精一杯。長さもスケヴニングよりかなり長い。

「これは無理かな。刃が広すぎるのと重さに負けちゃってバランスの取り方がわからないな。長さも今の私には無理かも」

 その後で『やっぱこれか?』と言いながらジェニが押し付けてきたのは少し長すぎるが刃が反り返り特徴のある柄の⋯⋯。

「日本刀! なんでジェニが?」

「カッコいいなあって思ってむかーし手に入れたんだけどよ超使い辛えんだ。切れ味は最高だしグロリアならいけんじゃね」

 この世界では真っ直ぐで両刃の剣身が一般的、その為片刃の刀は苦手らしい。

「う、うん。多分だけどさっきの剣よりは大丈夫かも」

(父さんの部屋にあったのと似てるけど、あれよりもっと迫力があるような⋯⋯うわ、初めて触ったぁ!)

「コイツは自己再生能力のある伝説の刀だから、便利だと思うぜ。青白く光ってる時は修理中って覚えとけよ」

(げっ! それってお尻が光るホ◯ルが飛んで来て修復してくれるって言う伝説の『◇丸』だよね!)

「ソレとこいつは切れ味は最高のくせに主君は守るって言われてた短刀だな。今の身長じゃこっちの方がいいのかもしれんな」

「あのー、鉄製の薬研やげんに突き刺さった逸話を残して行方がわからなくなったあの刀とかじゃないよね」



 部屋に飾られた刀の手入れをしながら蘊蓄を垂れるのが至福の時だと、嬉しそうな顔で言っていた父親。

 その横で何度も繰り返し語られる話を飽きもせず聴きながら、キラキラ光る刃を見つめていた花梨も刀剣の魅力に取り憑かれていたのかもしれない。

『もっと大きくなったら花梨にもこいつを振らせてやるからな。頑張って練習しろよ』

『うん!』

 古武道マニアだった父親が最も得意だったのは居合術。

『居合はいいぞぉ、お前達にはまだ無理だがいつか教えてやるからな』

 鞘に収めて帯刀し対峙する時の研ぎ澄まされた空気、刀を抜き放つ一瞬から醸し出される気迫。納刀した後の静寂。形と技術を中心に構成されたあの国独自の武術。

(遠くから観に来る人もいたっけ。教えてもらい損ねちゃったなぁ)

 高校生になって誕生日に貰った練習用の居合刀は花梨の宝物のひとつ。今のお前ならいいだろうと笑った父さんが『花梨は女の子なのに!』と母さんやお姉ちゃんに叱られたのをグロリアは思い出した。

 巫女舞は姉の方が断然上手で、剣道は花梨の方が得意だった。

(母さんに教えて貰いながら舞うお姉ちゃん、綺麗だったなあ)

 ニヤッと笑ったジェニがとてつもないことを言い出し、思い出に浸っていたグロリアを仰天させた。

「槍が使えりゃグングニルをやるんだがな」

(それって以前話してたオーディンのってやつじゃん! そんな簡単に人にあげたらダメなやつ、この剣や刀もきっと⋯⋯)

 ヘルが言っていたジェニの秘蔵のお宝が恐ろしくなった。

「つかぬことを伺うんですが、ジェニさんはなんでそんなに伝説やら幻のお宝をお持ちなんですかね?」

「持ち主がいなくなってそのまま行方不明になる前に拾ったとかが多いぞ⋯⋯剣やら防具やらの声がするんだな、多分。
言っとくけどな、盗みとか略奪は一切してねえからな!」

「うん、ジェニは口は悪いけど犯罪はしないと思う。口は悪いけどね」

「⋯⋯大事なことだから二度言いました、みたいなノリだな」

「ええ! まっさかあ(ギクッ)」



 無理やり押し付けられたスケヴニングと日本刀と短刀をポーチに収めた。

「ジェイソンみたいな奴の前では日本刀は使えねえしスケヴニングは練習用だな。グロリアは構え方も違うから好き嫌いなく両方練習しろよ」

 王の剣を練習用だと言い切るジェニの無謀⋯⋯豪胆さに遠い目をしたグロリアだった。

「時間が作れたらね」

(ジェニ、最近はすごく忙しそうだし)

「ルーン魔術の勉強もしたいから、なんとかして家庭教師減らせないかなあ。マナーとかって不要だと思うんだよね。優雅な首の角度だとか扇子の動かし方で意味が変わるとか、どうでも良くない?」

「ヘルに習ってみるか?」

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

【完結】貴方たちはお呼びではありませんわ。攻略いたしません!

宇水涼麻
ファンタジー
アンナリセルはあわてんぼうで死にそうになった。その時、前世を思い出した。 前世でプレーしたゲームに酷似した世界であると感じたアンナリセルは自分自身と推しキャラを守るため、攻略対象者と距離を置くことを願う。 そんな彼女の願いは叶うのか? 毎日朝方更新予定です。

「やり直しなんていらねえ!」と追放されたけど、セーブ&ロードなしで大丈夫?~崩壊してももう遅い。俺を拾ってくれた美少女パーティと宿屋にいく~

風白春音
ファンタジー
セーブ&ロードという唯一無二な魔法が使える冒険者の少年ラーク。 そんなラークは【デビルメイデン】というパーティーに所属していた。 ラークのお陰で【デビルメイデン】は僅か1年でSランクまで上り詰める。 パーティーメンバーの為日夜セーブ&ロードという唯一無二の魔法でサポートしていた。 だがある日パーティーリーダーのバレッドから追放宣言を受ける。 「いくらやり直しても無駄なんだよ。お前よりもっと戦力になる魔導士見つけたから」 「え!? いやでも俺がいないと一回しか挑戦できないよ」 「同じ結果になるなら変わらねえんだよ。出ていけ無能が」  他のパーティーメンバーも全員納得してラークを追放する。 「俺のスキルなしでSランクは難しかったはずなのに」  そう呟きながらラークはパーティーから追放される。  そしてラークは同時に個性豊かな美少女達に勧誘を受け【ホワイトアリス】というパーティーに所属する。  そのパーティーは美少女しかいなく毎日冒険者としても男としても充実した生活だった。  一方バレッド率いる【デビルメイデン】はラークを失ったことで徐々に窮地に追い込まれていく。  そしてやがて最低Cランクへと落ちぶれていく。  慌てたバレッド達はラークに泣きながら土下座をして戻ってくるように嘆願するがもう時すでに遅し。  「いや俺今更戻る気ないから。知らん。頑張ってくれ」  ラークは【デビルメイデン】の懇願を無視して美少女達と楽しく冒険者ライフを送る。  これはラークが追放され【デビルメイデン】が落ちぶれていくのと同時にラークが無双し成り上がる冒険譚である。

出来損ない王女(5歳)が、問題児部隊の隊長に就任しました

瑠美るみ子
ファンタジー
魔法至上主義のグラスター王国にて。 レクティタは王族にも関わらず魔力が無かったため、実の父である国王から虐げられていた。 そんな中、彼女は国境の王国魔法軍第七特殊部隊の隊長に任命される。 そこは、実力はあるものの、異教徒や平民の魔法使いばかり集まった部隊で、最近巷で有名になっている集団であった。 王国魔法のみが正当な魔法と信じる国王は、国民から英雄視される第七部隊が目障りだった。そのため、褒美としてレクティタを隊長に就任させ、彼女を生贄に部隊を潰そうとした……のだが。 「隊長~勉強頑張っているか~?」 「ひひひ……差し入れのお菓子です」 「あ、クッキー!!」 「この時間にお菓子をあげると夕飯が入らなくなるからやめなさいといつも言っているでしょう! 隊長もこっそり食べない! せめて一枚だけにしないさい!」 第七部隊の面々は、国王の思惑とは反対に、レクティタと交流していきどんどん仲良くなっていく。 そして、レクティタ自身もまた、変人だが魔法使いのエリートである彼らに囲まれて、英才教育を受けていくうちに己の才能を開花していく。 ほのぼのとコメディ七割、戦闘とシリアス三割ぐらいの、第七部隊の日常物語。 *小説家になろう・カクヨム様にても掲載しています。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

下げ渡された婚約者

相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。 しかしある日、第一王子である兄が言った。 「ルイーザとの婚約を破棄する」 愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。 「あのルイーザが受け入れたのか?」 「代わりの婿を用意するならという条件付きで」 「代わり?」 「お前だ、アルフレッド!」 おさがりの婚約者なんて聞いてない! しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。 アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。 「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」 「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...