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第一章

85.ミニマムな罪悪感

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(この言い方だと機嫌を損ねてるって思われるかな⋯⋯だったら⋯⋯)


 トントントン⋯⋯


(だ、誰? この部屋にノックしてくる人なんて。はっ、ジェイソンがまた来たの!?)

 緊張しすぎて立ち尽くしたままドアを見つめていると、先ほどより苛立たしげなノックの音が聞こえた。


 トトトン⋯⋯トトトン⋯⋯。


「誰?」

 上擦った声になったグロリアが返事をするとドアの向こうから声が聞こえてきた。

「ターニャです! 先日助けていただいたメイドです」

(助かった! 顔がわからなくっても大丈夫じゃん。超ラッキー!)

「どうぞ、入って」

 昔映画で見た令嬢をイメージして両手を握り締めキリッと返事をしてみた。

 カチャリと音がしてドアが開くと少し目を逸らしたメイドが入って来た。

 濃い茶髪を一つに結び髪の毛が邪魔にならないように押さえる為のホワイトブリムと呼ばれる頭飾りをつけている。
 ロングスカートの黒いメイド服は胸元が開きスカートの裾と袖口に白いレースがのぞいている。白いエプロンは胸の大きさを強調するようにギャザーが寄せられて役目によって色を変えたリボンが付いている。

 ホワイトブリムとエプロンはフリルのついた可愛いデザイン。

(フノーラのデザインだっけ。今まで気付かなかったけど樹里臭がする。スカート丈を短くしたらマジでメイド喫茶じゃん)

(こんな顔だったっけ? どっかで⋯⋯あ! セティを探しにきたうちの一人だ)

 あの時部屋に首だけを突っ込んできた感じの悪かったメイドだと気付いた途端、テンションが一気に下がったグロリアは少し肩を怒らせてツンと顎を上げた。

(セティを追い回したのとチャラにはならないけど、罪悪感はミニマムになっちゃったかもな~。考えてみたらこの部屋から勝手に持ち出したんだよねえ。物の管理ができてなかったのは反省だけど、メイドとして一番やっちゃいけない事だよね~)

「何か用?」

「あのぉ、先日はありがとうございました」

「どういたしまして」

 年齢以上に小柄なグロリアは背の高いメイドから見下ろされている気がして少し背伸びして胸を逸らした。

「えーっと、何であんな事になったのかいくら考えても分からなくて。でも、あの時グロリア様が助けて下さって本当に助かりました」

 ターニャは少しだけ頭を下げたが目だけはキョロキョロと部屋の中を吟味していた。

(感謝は⋯⋯してないな。鞄とかあったら飛びつきそうな勢いじゃん。クビにならなくて良かったって思った安堵感が消え失せてく~。喉元過ぎればなんとやらだね)

「怪我をした人もいなかったようで良かったって思ってるわ」

「はい、あのぉ。一つお聞きしたいことがあって」

(ほらきた~、ポケットからなくなってたんだもん。気になるよね~)

「何?」

「エプロンのポケットに入れてた紙がなくなってて、ご存知ないかと」

「知らないけど、何の紙だったの?」

「えっと、白くて掌より小さいくらいの紙で赤い模様が書いてあったんです」

「そう、紙ならあの時燃えたんじゃないの? どんな模様か覚えてる?」

「子供のいたずら書きみたいな」

(むむっ、いたずら書きは酷くない? 盗人のくせに~)

「エプロンが無事だったのにポケットの中の紙だけが燃えるとかないと思うんですよ。アレを拾ってから何だか体調が良かった気がしてるんで探してるんです」

(んなわけあるか! 回復とかの護符じゃないんだもん)

「さあ、私に聞かれても困るんだけど」

 グロリアがツンっと顔を背けるとターニャがグイグイと迫ってきた。

「私、すごい冷え性なんですよ。夜とか眠れなくて大変なんですけど、アレを拾ってからいつもより眠れたしあんまり寒くなかったような気がして。
だから、あれからずっと探してるんですけど見つからないんです。
あの時エプロンを触ったのってグロリア様だけですよね! もしかして持っておられるんじゃないですか?」

 勢い込んで聞くターニャの迫力に押されかけたグロリアがグッと拳を握りしめた。



「そう、それってどこで拾ったの?」

 質問しながらどんどん部屋の中に入り込んであちこち見回していたターニャだったが、グロリアの冷ややかな声に驚いたのか動きを止めて睨んできた。

(悪いことをしてる自覚もないってこと?)

「え?」

「さっきから2回拾ったって言ってたから、どこで拾ったのかなって」

「えーっと⋯⋯⋯⋯⋯⋯それはあまり覚えてなくて」

「もし屋敷の中で拾ったのなら忘れた方がいいんじゃない?」

「私のものを探してるだけなのに、なんで忘れろとか言われなきゃいけないんですか!?」

「堂々と泥棒したって言うんだ。凄いね」

「はあ?」

「屋敷の中で拾ったならゴミだって思っても勝手に自分のものにしたら泥棒になるんじゃないかな? その様子だとゴミ箱から拾ったわけでもなさそうだし、ますます泥棒になるよね?」

「で、でも。そんな大袈裟な! たかが紙一枚で泥棒呼ばわりなんて失礼じゃないですか!?」

 みるみる顔色が悪くなったターニャは目を吊り上げてグロリアに一歩近づいた。

(その顔、まさか威圧するつもり? ま、負けないからね、だって自分の物を取り返しただけだもん!)



「今度お母様に聞いてみるわね。お母様がお部屋でたまたま落として気づかなかった物をメイドが拾って『紙1枚くらいいいよね~』って自分のものにしたらどうなるのかって」

「た、たかが子供の落書きひとつですよ? 落ちてたそれを拾って持ってただけで泥棒ですか!」

「子供って連発するなら私かフノーラの部屋だったって事? いたずら書きでも勝手に持っていかれたら嫌な気持ちになる。
それに、雇い主の娘を犯罪者扱いするのは問題じゃない?」

「え?」

「ポケットから持っていったのか聞いたでしょう? 私が盗んだって疑ったのよね」

「⋯⋯」

「勤めてる家の娘を泥棒扱いしていいと思ってる? それに、どんな物だったのか知らないけど私の部屋を漁ったよね? 掃除でもなく部屋に入って荷物を漁るのは泥棒だって言われても仕方ないよね」

「そんなこと言っても誰も信じやしないもの。フノーラ様とも使用人仲間とも上手くやってるし、旦那様達があんたの話なんか聞くわけないもの」

 開き直ったターニャにうんざりしたグロリアは両手を広げて大きな溜息をついた。

(ジェイソンといいこのメイドといい、この屋敷の使用人って真面な人いないの? あー、殆どいなかったわ)

「それはどうかなぁ。『役立たず』だけど今は侯爵家の婚約者候補として役に立ちかけてるみたいだから、以前よりは話を聞いてもらえるかも。
それにねえ⋯⋯⋯⋯あの人達なら、メイドの代わりはいくらでもいるとか言いそうだし?」

 途中でしっかりと間をとって、バカにしたように言ったのはグロリア渾身の意地悪。



「い、言いたけりゃ言えば? そしたらあんたの秘密バラしてやる」

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