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第一章

82.名探偵グロリア

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「閉鎖的なアースガルズに引き篭もって同じ価値観・同じような意見を見聞きし続けて『予言に従うのは当然』だって洗脳されてる奴ばかり。
自分達の世界が異なる意見を一切排除した閉鎖的な場所になってるのに気付いてもいねえ、いつからそうなったのかも分からねえまま終焉を迎えたんだ」

 ベンチの背にもたれたジェニが小さく溜息をつき空を見上げた。

「巨人族の行動が予言通りだと言う奴は多いだろうが、予言がなくてもブチ切れてた⋯⋯ブチ切れるように誘導されてたと俺達は考えてる。
途中で気付いてた奴がいたかどうか分からんが、世界が壊れた後に気付いた奴は結構いたな」

「神族の考え方が怖くて。狂信的で排他的、慈悲よりも我欲が先走ってて⋯⋯神は尊いから何してもいい⋯⋯みたいな。都合の悪い事は予言のせいにしたり、自分のやりたい事を正当化する為に予言を作り出してる気がして」

 春の日差しに温められた庭をエルフ達がふわふわと飛び回り、咲き誇る花の間から妖精達の笑い顔が見え隠れしていた。

「グロリアの考えは間違ってねえと思うぜ。アースガルズの奴等はクソ野郎に乗せられて考えを誘導されたって思ってる」

「マインド・コントロールする為に予言を利用してた?」

「クソ野郎が何をしたかったのか本当の所は分からんが、予言を利用して予言に振り回されて終わったのは間違いねえな」

(予言が全てを振り回した元凶なら⋯⋯どうしよう、聞いてみたら答えてくれるかな)

「俺が初めに抱いた疑問は⋯⋯クソ野郎はフェンリルをあれほど痛めつけておきながら捕縛するだけで殺さなかったのは何故だって事だった。
ヴィーザルに関する予言を知った時初めて『ああ、そういう事か』って気付いた。
クソ野郎はラグナロクの予言を完遂する為にフェンリルを殺せなかったんだ。フェンリルはラグナロクでクソ野郎の仇を討つヴィーザルに殺されるって予言されてたからな」

 自分を殺す者と予言されているフェンリルを恐れていた筈なのにヴィーザルの予言を完遂する為にはフェンリルを殺してはならない。

「予言で示された内容に抗うのを恐れたオーディンの苦肉の策が極悪非道な方法でフェンリルを監禁する事?」

「予言に逆らうのは怖いが放置するのも怖い。自分は予言通りフェンリルに喰われるべきだがその後復活すりゃ良いとでも考えてたのかもしれん。
ただ、拘束しただけじゃすまねえなんかがあるからしつこく予言が出た・出したんだろう」

(巨大になったのはヨルムガンドだって同じだけど、フェンリルだけをあんな目に合わせたのは別の目的が追加された⋯⋯テュールとかフレイヤの言葉とかがここで関係してくる?)

「なんかややこしいけど、ほんとに予言通りになるように行動感じだね」

「ラグナロクの予言が確実に実行されるように、洗脳が解けねえように、洗脳に気づく暇がねえように⋯⋯。
オーディンがラグナロクの時ミーミルんとこに駆け込んだのは予言通り。
オーディンを倒したいとフェンリルに思わせるのも成功してた。
ヨルムンガンドはトールと戦うとなってるから殺さねえで海に捨てただけで放置。
フレイがスルトと戦って負ける為には剣を無くしてなきゃいけねえ。
バルドルはラグナロクの後で復活する為には蘇っちゃいけねえし、ヘズもラグナロクまで死んでなきゃいけなかったんだ。因みに蘇りを妨げた女巨人のセックは俺だって言われちゃいるが俺じゃねえからな。
全体を俯瞰してみりゃそんなのがいっぱいある。『あの予言さえなけりゃ俺は』『あん時なぜあんなことをしたんだ?』って後から気付いても役に立たねえよな」

 あらゆる知恵を集めエインヘイヤル達を鍛え続けて巨人族との戦いに備えていたはずのオーディンが神族やエインヘイヤルを指揮せず真っ先に頼ったのが賢者と呼ばれるミーミルだったのまで予言で決まっていた。

(まるでブラックジョークみたい)

 どんなに悲しい予言や運命でも自分以外の事なら気にもしないで笑っていられるのは、神が人間以上に冷酷な種族なのか洗脳されていたからなのか⋯⋯。

(殺しても傷つけても『予言だから』で片付けて平気でいられるなんて人間の感覚では信じらんないもん。やられた方も何もなくさず復活できたりするから、結構平気だったりするのかもって思ってたけど洗脳かぁ。
だったらヴァーリ達は洗脳が解けたから神界に見切りをつけて人間界に来たとか?)




 少し暗い顔のグロリアといつもと変わらず飄々とした態度のジェニはテラスに移動しながら話を続けた。

「⋯⋯リンド医師はセティとキラキラさんが妬ましかったんじゃないかって思うの」

 今世にはないサイフォンをテーブルに出したジェニが慣れた手つきでアルコールランプに火をつけ、コーヒーの粉を準備しながら話を続けるよう促してきた。

「何でそう思うんだ?」

 自分の考えを口にする勇気が出ず黙り込んだグロリアがサイフォンを見つめている間、ジェニは椅子の背にもたれて黙って撹拌用の竹ベラを弄んでいた。

 フラスコの水に少しずつ小さな泡が見えはじめ、それを物珍しそうに見つめながらグロリアが自信なさそうに口を開いた。

「キラキラさんとリンド医師は父親が同じなのに待遇も評価も全然違う。
それにセティとリンド医師は同じ司法神として頑張ってたけど評価はセティの方が上で、自分は真面目に頑張っても嬉しくない二つ名でディスられる事もある。
しかも、誰からも愛されてる2人とは違って、自分は母親にさえ望まれてなかった」

 人の世界で言えば本妻の子と愛人の子だろうか。

 本妻の子バルドルは両親からも周りからも愛され、父親の跡を継いで最高神となるべく崇められている。バルドルの息子フォルセティは特筆するような苦労もなく金銀に包まれた屋敷に住み最も素晴らしい司法神と言われている。

 誰よりも崇拝され光の真ん中を歩むことが定められたように見えるバルドルとフォルセティ。



 それに対してヴァーリは⋯⋯。

 バルドルを手にかけたヘズを殺す為だけに子供を産むのは嫌だと抗った母親を持つヴァーリは、産まれた翌日に予言に従い異母兄のヘズを手にかけた。

 予言の通りに行動したヴァーリはその後真面目に職務を果たしていたにも関わらず心ない輩から『復讐者・異母兄を殺した奴』と言われ続ける。

「自分には愛してくれる家族もいない。神々が信じる予言の通りに行動しただけなのに、『異母兄殺しの復讐者』なんて名前で呼ばれて⋯⋯華やかな経歴と立場で何不自由なく幸せそうにしてる本妻の家族が妬ましくなかったのかなって」

 グロリアは無意識にコーヒーの香りに大きく息を吸い込み、竹ベラで攪拌するジェニの手つきに見惚れていることに気づいていなかった。

 グロリアの話をどう受け取ったのか、無表情のジェニは黙々とコーヒーをかき混ぜていた。

「家族って言う存在について⋯⋯神族は人間とは考え方が違うのかもって思ってたけど、ヴァーリの今世のファミリーネームはリンド。それって母親の名前でしょ? それがヴァーリの気持ちを表してる気がするの」

 竹ベラの先がフィルターに触れないよう用心しながら撹拌していたジェニの手が一瞬だけ止まった。

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