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第一章

53.スレイプニルとの出会い

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 飼い主はグラネがスレイプニルを呼び寄せたと喜んだが、グラネの命を盾にしてスレイプニルに隷属の首輪をつけてしまった。

 過酷な労働と魔物の討伐に酷使され、その合間には見せ物にされた。どんなに傷つけられても翌日には治るスレイプニルは飼い主のサンドバッグにもなっていた。

 少しでも反抗すれば『チビを連れて来い!』『チビに仕置きしてやる!』

「コイツ、会った後なかなか口を聞いてくれなくてよお。漸く話ができるようになって⋯⋯飼い主にコイツらの隷属の首輪を外させるのは簡単だったんだけど、その後コイツが暴れやがって」

 スレイプニルの怒りはロキに向かった。

【ロキが僕を捨てたのがいけないんだぞ!!】

 暴君オーディンに自分を渡したロキが元凶だと持てる力の全てを使って攻撃してきた。反撃したくないロキは防御しながら説得を続けたが、その余裕の態度が気に入らないと益々ヒートアップするスレイプニル。

『待て、捨てたんじゃねえから! 話し合おうぜ、な?』

【煩ーい! ロキがロキがロキが僕を悪魔に押し付けたんだ!! 僕のことなんていらなかったんだー】

 ほんの僅かな休みも取らず1週間以上戦い続けたスレイプニルだったが、グラネの声で正気を取り戻した。

【じーちゃん、ロキにあえてよかったでちゅねー!】

【グラネ⋯⋯】

【おじーちゃんはずーっとまってたもんね!】

 満面の笑みを浮かべたグラネがスレイプニルの前足に頬を寄せてスリスリすると、スレイプニルがポロリと涙を流した。

【僕、僕⋯⋯何で僕を捨てたの?】

『すまん。ごめんな』

 一言も言い訳をせず頭を下げ続けるロキにスレイプニルが折れた。

 あの時、神々の前で要望を断れば恥をかかされたと感じたオーディンはスレイプニルを生かしてはおかなかっただろう。産まれたてであってもスレイプニルが最上級の馬だと誰もが思い、全員の目が釘付けになっていたのだから。

(んでも、そりゃ大人の問題だもんな)



【次に捨てたら、徹底的に潰す! あと、あと⋯⋯えーっと】

『このまま、うちに来るか? 今留守にしてっけど兄ちゃんやら姉ちゃんも会いたがってると思うぞ』

【うん、グラネも一緒だよね】

『おう、もちろん! とうとう俺も爺ちゃん⋯⋯いや、一気にひいじいちゃんかあ。てか、『ひい』が何個つくんだ?
見た目8歳のひいじいちゃんかあ⋯⋯グロリアなら喜びそうだな』




「んで、一緒に帰ってきたわけよ。な?」

【ふん!】

 ロキ⋯⋯ジェニが傷を治さないのはスレイプニルとの約束。少しは痛い目にあえと言う意趣返しのつもりらしい。


【怪我、治せば?】

 そっぽを向いたままのスレイプニルが小声で呟いた。

「あー、大したことねえし」

【痩せ我慢も大概にしな!! 身体中の骨は折れてるし、肺を突き破ってんだろ。心臓突き破る前にさっさと治さないと、アタシが一思いに楽にしてやるからね!】

 ヘルの右手に銛のような三つ又の長槍が現れて太陽の光でキラキラと輝いた。

【それってまさか⋯⋯なんでヘルが持っとるん?】

【カッコいいだろ? イオルが海で拾ったって言って、プレゼントしてくれたんだよ】

【トリアイナを拾ったって⋯⋯ポセイドンから盗んだとか奪ったとかじゃろ?】

【はあ? カビの生えそうなクソ古い本のくせに兄ちゃんのプレゼントに文句があるってのかい!? 嵐か津波の中に放り込んで欲しいなら素直にそう言いな!】

【いえ、ごじゃいませんん!】

 慌ててポーチの中に逃げ込んだグリちゃん。

(グリちゃんってやっぱり凄いよね、勝手にポーチに出入りするもん)

 嵐・津波・洪水を巻き起こすトリアイナには人間の精神に勇気を与える力もあると言う。

【姉ちゃん、カッコいい。ブフー】

 英雄を讃えるような目をしたスレイプニルの鼻息が荒くなり、テーブルの上に並べた茶器やお菓子が飛んでいった。

「でもよー、男が一度約束したんだぜ?」

【グロリア~、ジェニが死にかけてるよお?】

「ええ! ジェニがいなくなるのはやだ」

「あ、はい」

 グロリアの一言で素直になったジェニに飛びつくようにグロリアは回復の護符を叩きつけた。

「ぐはっ!」

 ジェニの全身が金色の光に包まれ傷やアザがあっという間に治っていくと、苦笑いしたジェニが胸に張り付いた護符を剥がした。

「グロリアの張り手が一番痛えじゃん」

【ちゅごい!! ちみっこいちゃんが、いちばんつおいんだね!】

 グラネから何とも言えないお墨付きをもらったグロリアだった。

(骨折とか肺とか⋯⋯それでも普通に話してるなんて、やっぱり元巨人族だから私とは違うんだ。そのお陰で無事だったんだから良かったんだけど⋯⋯やっぱり私とは違うんだ。なんか少し寂しいかも)



「グロリア、『ゲニウスの本』をもっかい出してくれ」

 グリモワールって名前になったと言いながら本を取り出すと、ジェニが『ゲッ!』と声を上げた。

「おま、お前コイツに名前つけたの?」

「つけたよ。ゲニウスって聞くたびにジェニを思い出してドキドキするんだって言うから」

「てめえ、俺がいない時を狙いやがったな!」

 グロリアがグリちゃんに掴みかかったジェニの手をはたき落とした。

「え、ダメだった?」

「名前をつけるとな特別な繋がりが出来ちまうんだよ」

「うーん、所有者になるのとは別ってことね。それに元々『ゲニウスの本』ってつけてたじゃん」

「アレはコイツの名前ってわけじゃないだろ? それよりタチが悪⋯⋯そう言やぁクソ野郎オーディンはどんな名前をつけてたんだ?」

【名なんぞつけとらん。奴にとってワシはただの『物』じゃったからのう。因みにあんな胸糞悪いジジイとは口を聞いたこともないわい】



【グリモワールって名前もらったの? 良いなあ】

 チラッとロキを見たスレイプニルが何か閃いたと言うように目を輝かせてグロリアを見た。

【えー、ゴホン。あーあー、ロキに名前つけてあげてって頼んでくれたら許してやってもいいんだけどなー】

「えっと、あーそっか。ジェニ、名前つけてあげたら良いんじゃないかなぁ?」

「めんどくせぇやつ⋯⋯目の前にいるのに直接言えばよくね?」

【照れてんだよ、可愛いじゃないか】

 いつのまにか寝ているグラネの側に移動して背中をトントンしていたヘルがふわりと浮いてスレイプニルの頭を撫でた。

【うわあ、僕初めて撫でられた! うう、姉ちゃんって美人な上に優しくていい匂いがする~】

「はー、こんなでっけえなりして肝がちっちぇーと思ってたら、ヘルの恐ろしさを察知する能力はあるんだな」

【まだまだちっこいじゃないか、兄ちゃん2人と比べたら指一本くらいのサイズかねえ】

 ジェニの意見は無視されたままヘルはスレイプニルの鬣をもふもふしはじめた。

【これは⋯⋯うーん、良き良き】

(あ、それ! 私もやりたい~)


「比べる対象が間違ってまーす。あれは規格外すぎです!」

 無視されて声を張り上げたジェニが立ち上がった。

「名前をつけるのはお母さん⋯⋯親の義務で権利だよ?」

「お、おう⋯⋯えーっと」

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