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第一章

48.空気の読めないグロリア

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「ん? あ、おしっこか?」

 ムキィっと睨んだグロリアがジェニの頭をバコンと叩いた。

「ぐぉっ!! く、首がぁ!」

 首が捻じ曲がるくらい頭を叩かれたと大袈裟な仕草でわざとらしい抗議をするジェニ。

「いつもヘルやヴァンに吹っ飛ばされて壁に激突しても平気なくせに」

「ア、アレはスキンシップと言うか。んで、おしっこじゃなけりゃう◯こ⋯⋯ゴフッ、ごめんなさい!」

 グロリアの腹パンが決まったジェニがベンチの端に飛びすさった。

「魔導具の仕組みって全然分かんないけど⋯⋯昨日見た計算機で言うと箱みたいなのの中に魔石とか回路が組み込まれてる。んで、魔石に蓄えてある魔力を原動力にして動く」

「大雑把に言やぁそうだな」

 腹をさすりながらジェニが真面目な声で聞いた。

「私には作れないけど仕様書があればある程度理解するくらいならできるかも。ほんのちょびっとだけどね」

「仕様書⋯⋯どう言う意味だ?」

「私にその程度の知識ならあるって事なんだけど、それを樹里は知ってるの。
でね、たまたまかもしれないけど樹里⋯⋯マルデルが数理学の教授だけを狙ったなら理由は何だろうなって考えてみたの。
マルデルは数理学と魔導具に関係があるって勘違いしてて、私に知られたくない・知られる可能性があると思ってるから教授だけを狙ったなら筋が通る」

「数理学と魔導具の構造には関係があるのか?」

「いやー、全然関係ない気がする。でも勉強嫌いの樹里ならそう思いそうだなあって。
数理学⋯⋯数⋯⋯理系⋯⋯機械⋯⋯魔導具みたいな感じで連想ゲームしたとか」

 ジェニが腕を組んで空を見上げた。眉間に深い皺が入り口元を歪めて考え込んでいるので、グロリアは黙ってコップの氷を口に放り込んだ。


 ガリ、ゴリ、ガリ、ゴリ⋯⋯。


「魔導具⋯⋯数理学⋯⋯」


 ガリ、ゴリ、ガリ、ゴリ⋯⋯。


「クソビッチの狙いかあ」


 ガリ、ゴリ、ガリ、ゴリ⋯⋯。


「⋯⋯はぁ、リアはほんと~のほんと~に空気読めねえよな」

「へ?」

 大人しくしていたつもりのグロリアは首を傾げた。

「詳しく話してみ」

「前世で私は理工学部だったの。勉強嫌いの樹里に聞かれた時めんどくさかったから『最新の科学技術を勉強するの』みたいな適当な事を言った気がする。
まだ大した勉強をしたわけじゃないから私自身の知識なんか皆無に等しいんだけど、樹里は魔導具の仕組みくらい分かるとか作れるとか勘違いしてるかも。
昔から樹里の前でも時計とか捨てる前のパソコンとかを分解して遊んでたから勘違いしてそうな気がする」

 ジェニがグロリアの手元のカップに手を突っ込んで氷を一つ取った。


 ガリ、ゴリ⋯⋯。


「新しい魔導具の発案は樹里だって言ってたけど大まかな構想を話しただけで、本人はちんぷんかんぷんだと思うの。
大まかな構想だって理解して話してたか怪しいと思うけどね」

 ガリ、ゴリ⋯⋯。

「それなのにもし私がそれを理解したり、意見を言って研究者や侯爵と話をするようになったら?
周りの関心が自分から離れるかも、それが花梨だったら最悪⋯⋯樹里ならそんなふうに考えるんじゃないかと思う。
それとジェニ、ガリゴリうるさいよ?」

「おま、お前が言うか?」

 ジェニの拳骨が落ちてきた。

「昔の知り合いならではの予測かあ⋯⋯かなりの確率で当たってそうなのが怖え」

「上下水道について提案した時どの程度具体的な話をしたのか分かんないけど、侯爵家を動かすくらいの根拠のある話だったはずだよね。
前世の樹里はヘアースタイルとメイク以外で蘊蓄を語れるような知識なんてなかったから、誰かに教えてもらってる可能性が高いんじゃないかな。
聞いた事を知ったかぶりして話すのは得意だったし」

 少し突っ込んで質問をすればボロが出てしまうが、サラッと聞いていたら本人の知識としか思えないくらい樹里は巧みに話す。



「オッタルの事を思い出すついでにアレコレ思い出したとしても、クソビッチに上下水道や体内の器官を語れるとは思えんよな」

 自分もシグルドをきっかけにアレコレ思い出した⋯⋯同じだったと気付いたグロリアは大きく肩を落とした。

「樹里との共通点は同じ人族だとかそれくらいでいいんだけど」

「残念ながら奴は元神族。人を煽てて思い通りにするのは好きだが、自分で努力するのは嫌いな最低ビッチだな」

 そこは自分とは全然違うなあと思ったグロリアは前世の両親と姉に感謝した。

(厳しかったもんな~、人に頼るな甘えるなって。神仏に祈るのは頼るのとは違うのかって聞いたらお仕置きされたっけ)


「性格は変わってないとしたら、それはそれで最悪。
前世で流行り物の異世界ファンタジー小説でも読んでたら魔導具とか上下水道のイメージくらいは話せたかもだけど、樹里ってファッション雑誌以外読まない子だったから小耳に挟んだ程度の知識しかないと思うんだ」

 授業のノートをとっているのを見たことはないし、テストはいつも赤点で宿題は花梨に押し付けていた樹里と飛偉梠。

 樹里達がデートしている間に宿題をやらされたなあと、グロリアはかつての黒歴史を思い出して溜息をついた。

(マジで利用されまくりだったのに『嫌』『無理』とか花梨は言えなかったんだよね。気も弱いし勇気もない⋯⋯優しくしてればいつか優しくなってくれるって思いながら問題と戦わずにいて。
逃げ出しても結果はあの通りの逆恨みでジ・エンドとか、今世では弱々と甘々は排除だね!)

「セティから聞いて直ぐにマルデルの友人関係を洗い直しに行かせてる。神族以外に巨人族もいないか確認中でな、魔導塔の研究者について調べる奴も誘き出しに行ってる」

「それで3匹がいないの?」

「そ、マルデルの友人関係はイオルが調べてるんで結果待ちしてる状態。
手紙の中継をしてる奴は女だが知識を与えてる奴は男だと踏んでるから少し時間がかかるかもしれん」

「手紙の方が女友達なのはわかるけど、知識が男なのはなんで?」

 少しイラッとしたグロリアの言葉がキツくなった。

「普通、貴族の女が下水のことなんて考えると思うか? クソビッチにしろ周りの女達にしろみんな貴族だろ? 『使用人の仕事なんて知りませんわ! それにわたくしはおしっこも、う○こも致しませんから!』って言いそうじゃね?」

 ついさっき手が出たグロリアにはぐうの音も出ない。

「クソビッチは常識はねぇしあちこち緩いから平気でペラペラ喋りはするが、シモの問題を解消する方法なんて考えるのは使用人か男だろうよ」

「樹里は使用人となんて話さない」

「そ、だから男⋯⋯別に男の方が偉いとか思ってねえからな」

 ジェニが目を眇めながらグロリアを見下ろした。

(ギクッ!)



「マーナは王宮の文書庫を調べに行ってる。上下水道を設置するとなりゃ国の認可やら資金援助が必須になるが、魔導具開発なんか目じゃねえくらいの大規模事業だ」

「そうか、となると魔導塔に話を持ってく前に国に提案書を出してる可能性がある」

「そう言う事、そこには侯爵とマルデルの名前と一緒に黒幕の名前が書いてあるとみた。
黒幕の名前が分りゃ一気に話が進むからな」

 なんでそこに黒幕の⋯⋯知識を与えた者の名前が出てくるのだろう。疑問に思ったグロリアは首を傾げてジェニを見上げた。

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