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第一章

16.お仕置きのレベル

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(ふわぁ~、よく寝た~)

 明け方の密談などまるで気付かないで爆睡していたらしいグロリアが起き上がって大きく伸びをした。

 朝の身支度をテキパキと進めるグロリアを横目に見ながら大人しくしている『本』はフギンの言葉を思い出してため息をついた。

【小賢しいゲリと頭の足りんフレキの兄弟が何を考えてるのかフギンも知らないと言っておった。それが分かるまで用心はせにゃならんが、いずれにしろ彼等を呼び寄せたのはわしが覚醒しはじめたから。全く面倒な⋯⋯】

 本の一頁目に書かれていたオーディンのメッセージは彼の血で書かれている。それを自分以外の誰かが読み取ると『本』の位置情報がオーディンに送られるようになっているのは知っていたが、オーディンとの繋がりが戻ったのは想定外。

【このまま縁が切れればと思うておったんじゃが、そう上手くはいかんか】



 ルーン文字を正しく使う為には何かしらの血を使うが、自身の血を使ったものが一番強い威力を発揮する。

【オーディンの血を使って書かれた魔術は他の誰よりも強い力を発揮するじゃろうが、まさかニブルヘイムまで届くとは】



 ゲリとフレキ兄弟がここに来るのがオーディンの指示であれば厄介な事になる。

 なんの役目も与えられずただひたすらオーディンからの寵愛を受け、傲慢で勝手気ままに暮らしていた彼等が何を考えているのか。

 正に『虎の威を借る』暮らしの中で媚び諂う神々に向かい暴言を吐き文字通り足蹴にし、オーディンの為に準備された豪華な食事を喰らう。

【わしが別の奴に知恵を貸すのをオーディンが許すとは思えんから、活用される前に奪い返すつもりで術式を組んだのじゃろうが⋯⋯ニブルヘイムにおる間は手出しできんと気を許しておった。
となると、ゲリ達を使ってワシを消してしまうつもりか? 
じゃが、ワシは奴の元に行くのも消されるのもごめんじゃ。どうしたもんかのう】

 呑気に着替えをするグロリアの調子ハズレの鼻歌に眉(があれば)を顰めながら『本』が外の気配を伺った。



【⋯⋯一番の問題と言うと⋯⋯⋯⋯やはり、奴が今世に対しての影響力を取り戻した可能性がある事じゃな。わずかな繋がりが戻ったのはわしにもわかっておったが、これ以上強くなる前になんとかせにゃならん】

 何とも面倒な事になったと(顔があれば)眉間に皺を寄せていた『本』にグロリアの独り言が聞こえてきた。

「くねくねする鴉がピンクのドレスを着たオジサンと踊ってるなんて⋯⋯変な夢見ちゃった」

 グロリアの言葉に呆然としていた『本』が怒りで黒いモヤを出しはじめた時には、グロリアは既に部屋を出て食堂に向かって歩いていた。

(おかしなことが起きるかもって不安に思ってたせいね。本はずっと静かだし、思い込みって怖い)



 並べ終わっていた朝食をお腹いっぱいに食べたグロリアは部屋に戻って本棚から『本』を取り出した。

 ノートの横に羽ペンを準備して『本』の表紙を捲⋯⋯捲⋯⋯捲ろうとした。

「ぐぬぬ、なんで⋯⋯昨日はあんなに簡単に開いたのに。あっ、分かった! はーい、脱ぎ脱ぎしましょうね~。暑くて拗ねたんでしょう?」

 楽しげに鼻歌を歌いながらブックカバーを外したグロリアは『本』に向けて人差し指を突きつけて精一杯怖い声を出した。

「次に開かなかったらお仕置き確定だからね~。えーっと、まずは表紙にお絵描きして⋯⋯あとはヘンテコな名前とかつけちゃうし」

【ん? 名前って。この小娘、ワシに名前をつけると言うたか?】

 グロリアのお仕置きのレベルの低さに驚いた『本』がソレに気を取られている隙にうっかり表紙を開かれてしまった。

【レベルの低すぎる仕置きに呆れておったわ! ピンクのカバーの恨みを晴らしてやるつもりであったと言うに、くそっ!!】

 怒りを吐き散らす『本』の声が聞こえないグロリアは呑気に勉強をはじめた。

「おお、これは⋯⋯初っ端からルーン文字の説明だ。オーディンさんって結構気合い入ってる~」

 細かい字で丁寧に書かれた文字は現代で使われているものとは全く違っているが、それをすらすらと読めている事を不思議に思っていないグロリア。

「昨日読んだオーディンさんのメッセージとも違うから、これがあの頃の言語ってことかな?
えーっと、ルーンの語源は『秘密・神秘・謎』を表すゴート語で、もともと呪術的・宗教的な文字である。ふむふむ。
あ、ルーン彫刻師って言われてたんだ。
木や石に刻みやすい直線が多いのが特徴。 また、横線は使われておらず縦と斜めの線だけで形作られている。
ブランクルーンを含めて25種類。一つの文字に複数の意味か。それはちょっとややこしそう」

 夢中で本を読み耽っていると窓ガラスがカタカタと音を鳴らした後、部屋の中にイオルが現れた。

【ジェニが帰ってきてるよ~。フォルセティ捕獲したって】

「ほんと? じゃあすぐに行くね」

 バサバサと本を鞄に放り込み部屋を飛び出したグロリアは、掃除をしていた使用人の横を通り過ぎ裏口から走りでた。



 ジェニの住む公爵家の敷地とグロリアの住む伯爵家は道一本を挟んで隣り合っている。道を横切って公爵家の裏口から走り込んだグロリアを見たジェニは小柄な少年の首根っこを掴んでいた。

「おい、グロリア。鞄からモヤが出てんぞ?」

「へ?」

 襷掛けしていた鞄を見たグロリアが『ぎゃっ』と叫んで慌てて鞄を投げ捨てた。

「ど、ど、どうして? ずっとお利口だったのに」

 じわりじわりと鞄から後退りしていくグロリアをジェニに捕まったままの少年が睨みつけていた。

「ソイツ、怒ってるじゃんか」

「ほんと? なんで?」

「扱いが気に入らねえんだろ? グロリア、何やったんだ?」

「えーっと、ブックカバーつけたげて本棚に片付けてた。あっ、朝読もうと思ったら開けなくてちょとだけ脅したかも。そのせいかなあ」

 少し腰を屈めたグロリアが周りをキョロキョロと見回しながら答えた。


「えーっと、グロリアは何してんのかな?」

 挙動不審なグロリアにジェニが首を傾げた。

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