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第五章
20.レイモンドが残したもの
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ざわついていた食堂が静かになりはじめ、パタパタと走る足音が聞こえてきた。
「エレーナ、貴様よくもこんな酷い事を!」
大声で叫びながらノートを投げつけてきたのは、完全に『お花畑さん』になったヘスター。その後ろにはもちろん涙目とビクビクを装備した『ヒロイン』がいる。
「「きゃあ!」」
「なんて事をなさるの!?」
「エレーナ様、大丈夫?」
「みなさん、ありがとう。ヘスター様、誤解を招いては困りますので、呼び捨てにしないでくださいますか? そして、酷い事とは何のことでしょうか?」
席に座ったままのエレーナを見下ろしている気になるのか、妙に機嫌が良さそうに見える。腕を組んだヘスターが気持ちの悪い顔で顎をしゃくった。
「そのノートを開いてみろよ」
投げつけられたノートはテーブルの角にあたって床に落ち、抽象画のような絵が描かれている。
(抽象画にしてもこれは酷すぎないかしら。クラリスには絵の才能はなさそうですわ)
わざわざこのノートを舞台の小物に選んだという事は、この落書き以下の絵に自信があるのかもしれないが。
「お断りします。他人のノートを見る趣味はありませんの。それに人が投げつけてきた物を拾うほど、親切にしたいとは思えませんわ」
「破ったくせに偉そうにするな!」
「わたくしがいつ何を破ったと仰いますの?」
「昨日の放課後、クラリスのノートを破ったじゃないか」
「まあ、わたくしが破るところをご覧になられましたの? 放課後のいつ頃ですかしら⋯⋯授業が終わってすぐ、王宮に帰りましたのに?」
(かなり見事な『お花畑さん』になられて、それも大輪の花が開いておられるわ⋯⋯魅了の力が強まったってことかしら。鑑定を⋯⋯あらあら、重度の魅了だなんて。グレンヴィル侯爵家ではチェックしておられないのね)
「え? でも、クラリスが!」
「私見ました! エレーナが私の教室に来てビリビリって」
「あら、大変ですわねぇ」
「きょ、教科書だって破られてるもん」
「まあ、教科書が⋯⋯それ、本当ですの?」
「しらばっくれるな! 知ってるんだからな、ローラが留学したのをクラリスのせいにして、八つ当たりしたんだ」
ヘスターが右手を大きく張り上げエレーナを叩⋯⋯こうとして、魔法障壁に阻まれた。
「ま、魔法は授業以外使用禁止だぞ。規則違反じゃないか!」
「わたくしは学園長の許可をいただいておりますの。最近『ヒロイン』やら『お花畑さん』が彷徨いてるという噂がありますから、自己防衛しなくては。あらぬ伺いをかけられては迷惑ですもの。そうは思われませんこと?
それよりも規則と言えば、教科書やノートを破られたことは大問題ですわ」
「へ?」
「お忘れですの? 始業式の日、持ち帰る前に教科書は所有者登録を行う。私物への所有者登録は任意ですが、トラブルがあっても責任は問えない⋯⋯規則で決まっておりますわ。つまり、教科書が破れていたなら規則違反、ノートが破れていたなら自己責任ですわね。
それから、わたくしがCクラスに入ったかどうかは、記録を確認致しましょう。教科書やノートを破ったのは誰かすぐに判明しますわ」
「そういえば、クラリスの教科書には、俺が所有者登録をしてあげたんだった。本当に破れてる?」
「ほ、本当だもん。ヘスターが私を疑うなんて⋯⋯酷いよお」
「あ、ごめん。疑ったわけじゃ」
「学園長室に行って教室内の記録を確認致しましょう。もし、クラリスさんの虚偽であれば、公の場で犯罪者扱いされた⋯⋯名誉毀損の中でも、かなり重い罪になりますわね。名誉毀損には確か懲役刑もありますの、お覚悟なさいませ。
怪我はしておりませんが、ヘスター様の場合は暴行罪も追加になりますわ。名誉毀損と違って親告罪ではありませんから、グレンヴィル侯爵家に司法からの呼び出しがあると思います。
目撃者多数で逃げられそうにないですわね」
「か、勘違いかも⋯⋯よく似た人だったかも。ヘスター、もういいよ!」
「え、でも⋯⋯」
納得のいかないヘスターの腕を引っ張り、クラリスが食堂を出て行った。
「はじまりましたわね」
「この後、学園長に報告してから早退し、しばらくお休みしますわね。お義父様から抗議していただくのも、忘れないようにしなくては」
「寂しいですが仕方ありませんわ。『破られた』の次は『暴力を振るわれた』がきますもの」
(思ったより早く騒いでくれたから、これで堂々と時間が作れるわ)
「と、いうわけですからアレックスに集中すると思います。よろしくお願いしますね」
「アレを相手にするのは気が重いけど、頑張って注意を引きつけておくよ」
「魅了の力がかなり強くなっているようですから、気を付けてください」
「ああ、帰宅のたびに父上が鑑定してくださることになったんだ。念には念を入れないとね」
「安心しました。アレックスが一番面倒で一番危険な役目ですから、なるべく早くカタをつけなくては」
魅了はかかっている時間が長いほど後遺症が残る。クラリスの魅了が単なる魔法ではない可能性がある以上、危険にさらされている時間が短いに越した事はない。
「無理はしなくていいから、エレーナ自身の安全を一番に考えて」
「はい、わたくしを含めて全員の安全を」
「では、行くか」
「はい、お願いします」
ループ後にアルムヘイルの王宮へ行くのは初めてのエレーナが、見慣れた景色の中どんな気持ちになるのか想像もつかない。
(思ったよりも緊張するわ)
エリオットの手を握り転送したのは、見たことのない部屋だった。少し煤けた壁と年代物の家具、傷だらけの床には端が擦り切れたラグが一枚。
使いすぎて少しへたったソファとコーヒーテーブルは、今も所有者を待っているような気がする。
暖炉の上に飾られていたのは⋯⋯。
「肖像画?」
「マクベス先王の父、つまり先々王のロベルト王だな。ここはマクベスの隠れ家でな、しょっちゅう酒盛りをしたんだ。マクベスやレイモンドと」
レイモンドはエレーナの祖父というよりも、アメリアの父と言うべきだろう。隠れ家で酒盛りをするほど仲が良かったとは思いもしなかった。
「先に言っとくが、エレーナを助けたのは、レイモンドの孫だからじゃない。エレーナの事をルーナから聞いて助けたいと思った。エレーナが誰の子供だとか、誰の孫だとかは関係ない。
⋯⋯エレーナはセレナに似ていると思ってきたが、ここ数日はレイモンドにも似てる気がしてきたなあ⋯⋯奴は時々とんでもない事をしでかす奴で、大胆不敵と言えば聞こえはいいが、怖いもの知らずと言った方が合ってる⋯⋯めんどくさい奴だった⋯⋯。
セレナが泰然自若って感じだったから⋯ちょうどいいバランスだったんだろう。
セレナの沈着冷静で肝が座ってるところ、レイモンドの戦略を考え戦術を組み立てるのが上手いところ⋯⋯ここ数日のエレーナを見てると、二人をいっぺんに見てるみたいで、不思議な気分になる。
ああ、この部屋に飛んできたのは⋯⋯えーっと⋯⋯⋯⋯これだ。これを渡しておこうと思ってな」
エリオットがエレーナに手渡したのは、手のひらに乗る小さな箱。中には金色に近い黄色の石がついたフープピアスが入っていた。
「侯爵領で産出された宝石だが、それだけじゃない。レイモンドが手作業で作り上げたんだ。奴が作らせたアクセサリーは山ほどあるが、奴が作ったアクセサリーはこれしかない」
「それなら、わたくしではなくアメリア様にお渡しするべきですね」
レイモンドが丹精込めて作ったアクセサリーなら、アメリアの一番の宝物になるだろう。
(心を壊してしまうほどの愛情なんてわたくしには分からないけど、とても大切なものなんだと思う。そんな思いを向けた方が作られたアクセサリーなら、どれほどお喜びになるか)
ファンシービビッドオレンジダイヤモンド。通常のダイヤモンドとは比べ物にならない希少価値を持つ宝石で、力強い色が美しく輝いている。
「ピアスが出来上がった時に『これの持ち主はまだ産まれてない気がする』とレイモンドが言い出してな、会ったらこの部屋に連れて来てくれと⋯⋯きっとセレナに似た色の女の子だと思うと言ってた。その娘の守り石になるはずだってな。
まあ、かなり酔っ払ってたから、本人が覚えていたのかどうかわからんが」
宝石には心が宿る⋯⋯エリオットの不思議な話に引き込まれていくエレーナに、ライトに照らされた宝石が優しく微笑んでくれた気がした。
「遠い昔は魔除けだったがそれよりもう少し後になると、一組のピアスを分け合って、守る男性は左耳、守られる女性は右耳にピアスを着けた。
利き手の右手で女性を守ることができるように、男は女性の右側を歩いた名残だな。
いつか、一緒に歩きたいと思える奴が出来たら、これを着けてくれ。宝石が喜びそうな気がするからな」
小さく頷いたエレーナは、掌の小箱をしっかりと胸に押し当てた。
「さて、隠し扉とやらの中を探検しにいくとするか」
水晶に映るエレーナの目は輝き、手の中にある少し古びた手紙を見つめていた。
「おやおやエレーナは『幸運』を探し当てたじゃないか。まあ、この娘は『不幸』を全部使い果たしててもおかしくはないし。真っ白な魂に重なった色も質がいい」
魔女は足先まで覆うほど長い青のローブを着て、白い猫革で縁取られた黒い子羊の帽子をかぶっていた。
パールのネックレスを首に飾り、腰まわりには大きなポーチが付いた太いベルトが。子牛の皮でできた靴を履いていて、手に嵌めているのは猫の皮の手袋。
手の中の糸巻棒は赤みを帯びた金色に輝き、握りについた色鮮やかな宝石は12個。
「薄汚れた魂のターニャは、それに似合いの『災厄』に引き寄せられて、エレーナは『幸運』を引き当てた⋯⋯。
ターニャの魂如きじゃあ、それほど長くは持たないはずだけど、野垂れ死にされるのも気が悪いし。
大切な呪具を盗んで行った『戦禍の魔女』に仕置きをしようと思っただけなのに、めんどくさいことになったもんだ。
ターニャの魂が持たなくなれば、呪具はアタシんとこに帰ってくる。それまで待つか、回収しに行くか⋯⋯ 『戦禍の魔女』へのお仕置きは必須と。となると、時間はそんなに残ってなさそうだね。
白い魂の娘と黒い魂の娘⋯⋯半分は血が繋がってるってのに、運命ってのはおかしな悪戯をするもんだ。
魔女のやらかしは魔女が制裁する⋯⋯面倒な決まり事を作った奴を恨んでやるよ。
まあ『白の魔女』の為だと思えば諦めもつくってもんさ」
水晶を覗き込んでいた魔女が、大きな溜め息をついて立ち上がった。
「エレーナ、貴様よくもこんな酷い事を!」
大声で叫びながらノートを投げつけてきたのは、完全に『お花畑さん』になったヘスター。その後ろにはもちろん涙目とビクビクを装備した『ヒロイン』がいる。
「「きゃあ!」」
「なんて事をなさるの!?」
「エレーナ様、大丈夫?」
「みなさん、ありがとう。ヘスター様、誤解を招いては困りますので、呼び捨てにしないでくださいますか? そして、酷い事とは何のことでしょうか?」
席に座ったままのエレーナを見下ろしている気になるのか、妙に機嫌が良さそうに見える。腕を組んだヘスターが気持ちの悪い顔で顎をしゃくった。
「そのノートを開いてみろよ」
投げつけられたノートはテーブルの角にあたって床に落ち、抽象画のような絵が描かれている。
(抽象画にしてもこれは酷すぎないかしら。クラリスには絵の才能はなさそうですわ)
わざわざこのノートを舞台の小物に選んだという事は、この落書き以下の絵に自信があるのかもしれないが。
「お断りします。他人のノートを見る趣味はありませんの。それに人が投げつけてきた物を拾うほど、親切にしたいとは思えませんわ」
「破ったくせに偉そうにするな!」
「わたくしがいつ何を破ったと仰いますの?」
「昨日の放課後、クラリスのノートを破ったじゃないか」
「まあ、わたくしが破るところをご覧になられましたの? 放課後のいつ頃ですかしら⋯⋯授業が終わってすぐ、王宮に帰りましたのに?」
(かなり見事な『お花畑さん』になられて、それも大輪の花が開いておられるわ⋯⋯魅了の力が強まったってことかしら。鑑定を⋯⋯あらあら、重度の魅了だなんて。グレンヴィル侯爵家ではチェックしておられないのね)
「え? でも、クラリスが!」
「私見ました! エレーナが私の教室に来てビリビリって」
「あら、大変ですわねぇ」
「きょ、教科書だって破られてるもん」
「まあ、教科書が⋯⋯それ、本当ですの?」
「しらばっくれるな! 知ってるんだからな、ローラが留学したのをクラリスのせいにして、八つ当たりしたんだ」
ヘスターが右手を大きく張り上げエレーナを叩⋯⋯こうとして、魔法障壁に阻まれた。
「ま、魔法は授業以外使用禁止だぞ。規則違反じゃないか!」
「わたくしは学園長の許可をいただいておりますの。最近『ヒロイン』やら『お花畑さん』が彷徨いてるという噂がありますから、自己防衛しなくては。あらぬ伺いをかけられては迷惑ですもの。そうは思われませんこと?
それよりも規則と言えば、教科書やノートを破られたことは大問題ですわ」
「へ?」
「お忘れですの? 始業式の日、持ち帰る前に教科書は所有者登録を行う。私物への所有者登録は任意ですが、トラブルがあっても責任は問えない⋯⋯規則で決まっておりますわ。つまり、教科書が破れていたなら規則違反、ノートが破れていたなら自己責任ですわね。
それから、わたくしがCクラスに入ったかどうかは、記録を確認致しましょう。教科書やノートを破ったのは誰かすぐに判明しますわ」
「そういえば、クラリスの教科書には、俺が所有者登録をしてあげたんだった。本当に破れてる?」
「ほ、本当だもん。ヘスターが私を疑うなんて⋯⋯酷いよお」
「あ、ごめん。疑ったわけじゃ」
「学園長室に行って教室内の記録を確認致しましょう。もし、クラリスさんの虚偽であれば、公の場で犯罪者扱いされた⋯⋯名誉毀損の中でも、かなり重い罪になりますわね。名誉毀損には確か懲役刑もありますの、お覚悟なさいませ。
怪我はしておりませんが、ヘスター様の場合は暴行罪も追加になりますわ。名誉毀損と違って親告罪ではありませんから、グレンヴィル侯爵家に司法からの呼び出しがあると思います。
目撃者多数で逃げられそうにないですわね」
「か、勘違いかも⋯⋯よく似た人だったかも。ヘスター、もういいよ!」
「え、でも⋯⋯」
納得のいかないヘスターの腕を引っ張り、クラリスが食堂を出て行った。
「はじまりましたわね」
「この後、学園長に報告してから早退し、しばらくお休みしますわね。お義父様から抗議していただくのも、忘れないようにしなくては」
「寂しいですが仕方ありませんわ。『破られた』の次は『暴力を振るわれた』がきますもの」
(思ったより早く騒いでくれたから、これで堂々と時間が作れるわ)
「と、いうわけですからアレックスに集中すると思います。よろしくお願いしますね」
「アレを相手にするのは気が重いけど、頑張って注意を引きつけておくよ」
「魅了の力がかなり強くなっているようですから、気を付けてください」
「ああ、帰宅のたびに父上が鑑定してくださることになったんだ。念には念を入れないとね」
「安心しました。アレックスが一番面倒で一番危険な役目ですから、なるべく早くカタをつけなくては」
魅了はかかっている時間が長いほど後遺症が残る。クラリスの魅了が単なる魔法ではない可能性がある以上、危険にさらされている時間が短いに越した事はない。
「無理はしなくていいから、エレーナ自身の安全を一番に考えて」
「はい、わたくしを含めて全員の安全を」
「では、行くか」
「はい、お願いします」
ループ後にアルムヘイルの王宮へ行くのは初めてのエレーナが、見慣れた景色の中どんな気持ちになるのか想像もつかない。
(思ったよりも緊張するわ)
エリオットの手を握り転送したのは、見たことのない部屋だった。少し煤けた壁と年代物の家具、傷だらけの床には端が擦り切れたラグが一枚。
使いすぎて少しへたったソファとコーヒーテーブルは、今も所有者を待っているような気がする。
暖炉の上に飾られていたのは⋯⋯。
「肖像画?」
「マクベス先王の父、つまり先々王のロベルト王だな。ここはマクベスの隠れ家でな、しょっちゅう酒盛りをしたんだ。マクベスやレイモンドと」
レイモンドはエレーナの祖父というよりも、アメリアの父と言うべきだろう。隠れ家で酒盛りをするほど仲が良かったとは思いもしなかった。
「先に言っとくが、エレーナを助けたのは、レイモンドの孫だからじゃない。エレーナの事をルーナから聞いて助けたいと思った。エレーナが誰の子供だとか、誰の孫だとかは関係ない。
⋯⋯エレーナはセレナに似ていると思ってきたが、ここ数日はレイモンドにも似てる気がしてきたなあ⋯⋯奴は時々とんでもない事をしでかす奴で、大胆不敵と言えば聞こえはいいが、怖いもの知らずと言った方が合ってる⋯⋯めんどくさい奴だった⋯⋯。
セレナが泰然自若って感じだったから⋯ちょうどいいバランスだったんだろう。
セレナの沈着冷静で肝が座ってるところ、レイモンドの戦略を考え戦術を組み立てるのが上手いところ⋯⋯ここ数日のエレーナを見てると、二人をいっぺんに見てるみたいで、不思議な気分になる。
ああ、この部屋に飛んできたのは⋯⋯えーっと⋯⋯⋯⋯これだ。これを渡しておこうと思ってな」
エリオットがエレーナに手渡したのは、手のひらに乗る小さな箱。中には金色に近い黄色の石がついたフープピアスが入っていた。
「侯爵領で産出された宝石だが、それだけじゃない。レイモンドが手作業で作り上げたんだ。奴が作らせたアクセサリーは山ほどあるが、奴が作ったアクセサリーはこれしかない」
「それなら、わたくしではなくアメリア様にお渡しするべきですね」
レイモンドが丹精込めて作ったアクセサリーなら、アメリアの一番の宝物になるだろう。
(心を壊してしまうほどの愛情なんてわたくしには分からないけど、とても大切なものなんだと思う。そんな思いを向けた方が作られたアクセサリーなら、どれほどお喜びになるか)
ファンシービビッドオレンジダイヤモンド。通常のダイヤモンドとは比べ物にならない希少価値を持つ宝石で、力強い色が美しく輝いている。
「ピアスが出来上がった時に『これの持ち主はまだ産まれてない気がする』とレイモンドが言い出してな、会ったらこの部屋に連れて来てくれと⋯⋯きっとセレナに似た色の女の子だと思うと言ってた。その娘の守り石になるはずだってな。
まあ、かなり酔っ払ってたから、本人が覚えていたのかどうかわからんが」
宝石には心が宿る⋯⋯エリオットの不思議な話に引き込まれていくエレーナに、ライトに照らされた宝石が優しく微笑んでくれた気がした。
「遠い昔は魔除けだったがそれよりもう少し後になると、一組のピアスを分け合って、守る男性は左耳、守られる女性は右耳にピアスを着けた。
利き手の右手で女性を守ることができるように、男は女性の右側を歩いた名残だな。
いつか、一緒に歩きたいと思える奴が出来たら、これを着けてくれ。宝石が喜びそうな気がするからな」
小さく頷いたエレーナは、掌の小箱をしっかりと胸に押し当てた。
「さて、隠し扉とやらの中を探検しにいくとするか」
水晶に映るエレーナの目は輝き、手の中にある少し古びた手紙を見つめていた。
「おやおやエレーナは『幸運』を探し当てたじゃないか。まあ、この娘は『不幸』を全部使い果たしててもおかしくはないし。真っ白な魂に重なった色も質がいい」
魔女は足先まで覆うほど長い青のローブを着て、白い猫革で縁取られた黒い子羊の帽子をかぶっていた。
パールのネックレスを首に飾り、腰まわりには大きなポーチが付いた太いベルトが。子牛の皮でできた靴を履いていて、手に嵌めているのは猫の皮の手袋。
手の中の糸巻棒は赤みを帯びた金色に輝き、握りについた色鮮やかな宝石は12個。
「薄汚れた魂のターニャは、それに似合いの『災厄』に引き寄せられて、エレーナは『幸運』を引き当てた⋯⋯。
ターニャの魂如きじゃあ、それほど長くは持たないはずだけど、野垂れ死にされるのも気が悪いし。
大切な呪具を盗んで行った『戦禍の魔女』に仕置きをしようと思っただけなのに、めんどくさいことになったもんだ。
ターニャの魂が持たなくなれば、呪具はアタシんとこに帰ってくる。それまで待つか、回収しに行くか⋯⋯ 『戦禍の魔女』へのお仕置きは必須と。となると、時間はそんなに残ってなさそうだね。
白い魂の娘と黒い魂の娘⋯⋯半分は血が繋がってるってのに、運命ってのはおかしな悪戯をするもんだ。
魔女のやらかしは魔女が制裁する⋯⋯面倒な決まり事を作った奴を恨んでやるよ。
まあ『白の魔女』の為だと思えば諦めもつくってもんさ」
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