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第五章

02.この国ではちゃんと名前があるんです

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「今日から4年生だな。メンツは⋯⋯うん、去年の3年生の時と同じだな。では、自己紹介は省略。
えーっと、園舎も変わり今年度からは選択授業も出てくる。将来を見据えて選ぶように⋯⋯と言いたいところだが、16年しか生きていないお前達に、そう簡単に将来の希望が決めきれるとは思えん。
ハードルは上がるが、選択科目はいつでも変更可能だ。もう一度言うぞ。ハードルは上がるが選択科目は変更できる。途中から参加するんだから、既に授業は進んでるって事。それを承知の上でなら、いつでも何回でも変更できるからな。自分の将来の為だ。よく学びよく悩め!」

 それを言うなら『よく学びよく遊べ』のはずだと、ツッコミを入れる生徒はここにはいない。殆どが幼少期からエリート教育された高位貴族で、大人の話は黙って最後まで聞く⋯⋯を。徹底されて育てられている。低位貴族は数名で、平民はいない。

 家格で差別したのではなく、クラス分けは純粋に成績順で決められる。とは言うものの、雇う家庭教師のレベルは高位貴族の子息令嬢が優位なのは間違いなく、資産家の低位貴族がその次で平民になると独学の者も多い。

(他力本願で知識をつけた貴族と、自力でのし上がった優秀な平民とも言える。わたくしはズルしてるから別枠だけど)

 かなり大雑把で的確な説明をした担任は3年生の時と同じ、ケビン・トールス。人一倍高い身長と趣味の筋トレで迫力満点だが担当は薬学科。大きな手で薬草をすりつぶす姿はなかなか味がある。

 ルーナの元同級生、彼女いない歴更新中で『妖精さん』だと言う噂。

(多分だけどルーナ様の事がお好きなんだと思うのよね。そのルーナ様は遠距離恋愛もどき継続中だけど)

 ルーナの疑似恋愛のお相手のジェイクは、ビルワーツ侯爵家で今もなお執事として奮闘中らしい。

「教科書は全員の机に積んであるはずだが、破損・不備・不足を確認し、必ず所有者登録魔法をかけてから持って帰るように。このクラスで所有者登録魔法が使えない奴はいないから大丈夫だと思うが、できない奴は職員室に持ってこい。調子に乗って他の奴の本にかけたらペナルティーアリだからな。
教室に残して帰った教科書や私物は没収で、ペナルティーは去年と同じ、特定の薬草採取。
明日からの授業で忘れ物をした奴は論文の資料集めをやらせる。えーっと、以上、解散!」

 使うつもりもなかった名簿を小脇に抱えたトールスが教室を出た途端、あちこちから溜め息と共に、教科書をチェックするカサカサと言う音が聞こえてくる。

 仕事が早い者は所有者登録をはじめたようで、詠唱する小さな声が聞こえてきた。

「あ、マジか~。ページがズレてるのってただの意地悪? 俺、去年もそうだったんだけど~? やっぱり男爵潰しかなあ。
どう思う? この学園って、貴族至上主義だよね」

「いや、魔法至上主義の間違いだろ? 魔法大国オーレリアだからな」

 渋々立ち上がった生徒が、ページに不具合のあった教科書を手に持って立ち上がった。

「全部調べてからの方がいいと思いますわ。当たりを引く男は次も当たりを引くと言いますでしょ?」

「いや、知らんし」

 それでも『一理ある』と言って席に座った生徒は、溜め息を吐きながら検品作業に戻った。



「終わったあぁぁ! 毎年この作業なんとかなんないのかな、もうめんどくさくて泣いちゃいそう」

 所有者登録を終わらせたローラが机に突っ伏して横を見ると、エレーナは教科書を開いて速読していた。

「いつも思うんだけど、その速度で読めるってすごくない?」

「うーん、そうかなあ。慣れれば誰でもできると思う」

「いつも思うんだけど、話しながらでもその速度で読めるってすごくない?」

「それも慣れだと⋯⋯」


  ガラガラ⋯⋯


「あの、ヘスター⋯⋯ヘスター・グレンヴィルはいませんか?」

 教室後方のドアが開き、弱々しい女の子の声がしんと静まりかえった教室に響き渡った。

 ガタンと椅子が大きな音を立て、バタバタと声の主に向かって走って行ったのは、名前を呼ばれたヘスター・グレンヴィル。

「クラリス、どうしたの? 終わったら迎えに行くから、教室で待ってるようにって言っただろ?」

「クラ⋯⋯」

 大きく目を見開いたエレーナが思わず両手で口を押さえた。

(なんて事! クラリスって⋯⋯)

「でもね、ヘスター⋯⋯所有者登録魔法なんて知らないのに、みんな意地悪して教えてくれないの。だから、ヘスターに助けてもらおうって思って。お願い、教室に来てどうやればいいのか教えてくれないかな?」

 上目遣いの涙目、両手をそっとヘスターの胸に当てるフルコンボでクラリスが窮状を訴えると、ヘスターはクラリスの顔を覗き込むようにしながら頭を撫でた。

「すぐに教科書を片付けてくるから、少しだけここで待っててね。その後で一緒に教室に行こう」

 小さく頷いたクラリスの頭をもう一度撫でてから慌てて席に戻ったヘスターは、所有者登録を済ませていない教科書もひとまとめにして、収納バックに放り込んだ。

「待たせてごめんね。お嬢様、お手をどうぞ⋯⋯さあ教室に行こう」

「やだぁ、ヘスターったらお嬢様だなんて言わないで~⋯⋯ふふっ」

 ヘスターとクラリスは本気で二人の世界に入り込んでいるらしく、茫然自失の周りには気付いていない。ヘスターが後ろ手で締めたドアが小さな音を立てた。



「まるで三文芝居を見ているようでしたわ。ローラ様、ヘスター様はご病気にでもなられましたの? それとも何か怪しい宗教にハマっておられるとか⋯⋯」

 クラスを代表して辛口の意見を口にしたのは、アリサ・ブルーム伯爵令嬢。入学してから学年2位をキープし続けている秀才で、先程教室を飛び出しかけた生徒を止めた生徒。

 思ったことを思った通りに口にする貴族としては珍しいタイプだが、エレーナともローラとも割と仲がいい。

「病気ならクラリス病で、宗教ならクラリス教?」

「⋯⋯まあ! 貴族としても同級生としても許せませんわ。アレが今日だけのことではないなんて、婚約者の目の前であのような醜態を繰り広げるのはまるで⋯⋯」

「だよね~。想像以上って言うか、想像通りって言うか悩んでるとこ。エレーナ~、アレってどうしたらいいと思う?」

 呆然としていたエレーナがハッと我に返り、ローラの背に手を当てた。今はローラの問題が先決、それ以外の事は家に帰ってから考えればいい⋯⋯多分。

「取り敢えずアレックスに相談してみたらどうかしら? ヘスター自身、所有者登録をしていない教科書をそのまま持ち帰ったみたいだし、何か問題が起きてからより早めに相談しておいた方がいいと思うわ」

「うん、帰りの馬車で相談してみる。まだ1回目だから、カウント幾つでギルティにするか決めるのも良いかも」

 所有者登録が義務付けられたのは、かつて複数の男子生徒を誑かし、何件もの婚約破棄騒動を引き起こした女子生徒がいたせい。

 鉄板の『足を引っ掛けられた』『呼び出されて暴力を振るわれた』『取り巻きを使って虐められた』『教科書を破られた』『突き飛ばされて池に落ちた』『階段から落とされた』を完全制覇し、高位貴族の令息を落としまくった。

 問題の女子生徒は魅了の持ち主だったと言うよくあるパターンで、魔導具の研究施設送りになった。魅了された男子生徒は良くて領地に幽閉、最悪は平民落ち&魔物の討伐隊前線コース。

 再発を防止するために、学園が決めたものの一つが教科書への所有者登録。私物についてもペンからハンカチまで、所有者登録していない物については、何が起きても問題とは扱わない⋯⋯壊されても盗まれても自己責任と決められた。

 制服には記録の魔導具、池には結界の魔導具、異常時には浮遊魔法がかかる魔導具が学園長の私費で開発され、全ての階段に設置された。

 当時の学園長の怒りがどれほどだったのか⋯⋯。



「うーむ、臭いますわね。あのヘスター様が、ローラ様のおそばを離れるなどご病気としか思えませんわ。第二のヘスター様が出たらギルティですわね。その場合の最終ターゲットは⋯⋯ジャジャン⋯⋯アレックス様かも」

 自前の効果音付きでくるりと振り返ったアリサが見つめたのは、心配でローラを迎えに来たアレックス。

「え? は? あの、俺が何かやっ⋯⋯え? エレーナ⋯⋯」

 落ち着いた性格に見えて突然に弱いアレックスは、アリサの名指しと教室内の生徒達からの注目に対処できないでいる。

「ふふっ、流石アレックス様ですわ。驚いたお顔でさえ端麗でいらっしゃいます」

 主席で生徒会長、オルシーニ公爵家の嫡男で国王の息子とくればモテないはずがない。アリサも『アレックス親衛隊』に加入している。

「ローラ⋯⋯はダメそう。エレーナ、何があったの?」

 ローラはアリサの盛り上がりや、アレックスの動揺を無視して机に突っ伏している。

「ヘスター様がローラに声をかける事なく、編入生と思われる女子生徒と連れ立って行かれたので⋯⋯」

「ヘスター様が『タイプ・ヒロイン』に喜んで連行されたと言うべきですわ。しかも、トリプル・ヒロイン・コンボを決めた女子生徒と、『お花畑さん』の三文芝居を披露しながらですの」



 婚約破棄騒動を引き起こす女子生徒を『ヒロイン』と呼び、それに類似した行動をとる女性の事は『タイプ・ヒロイン』と呼ぶ。

 騒動に巻き込まれ婚約破棄された令嬢の事は『悪役(にされた)令嬢』と言う名が付けられ、もちろん被害者。

 ヒロインに籠絡された可能性のある男子生徒の事は『(魅了なんかに騙された、脳内)お花畑さん』と呼ばれる。



「それは⋯⋯かなりヤバいかも。学園長に知らせておいた方がよさそうだね」

「では、わたくしが報告して参りますわ。アレックスはローラのそばにいて下さいませ」

「うん、宜しく」

 落ち込むローラのそばにいるなら自分よりアレックスの方が適任だろうと、席を立ったエレーナは急ぎ足で学園長室に向かった。

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