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第四章

44.ようやくここまできた⋯⋯やり切った感マックス

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 宮殿を出てオルシーニ一家と馬車に乗り込んだエレーナは、ループ前の記憶が戻ってから今日までの中で、初めて『前に進めた』と感じていた。

 目先のことだけを考えれば、ルーナの言葉に縋りただ逃げ出せば良かっただろう。エリオット達に甘えてオーレリアに逃げ込み、養子になって王宮に住めばエレーナはビルワーツ関連の問題から逃げ出せた。

(ループ前の記憶がなければ間違いなくそうしていたし、その道を選んでもエリオット様達は許してくださったと思う。問題が起きても助けてくださったはず⋯⋯お会いして、お話をしてからはそう思えたけど)



 ルーナと出会い『オーレリアにおいで』と言われた時、嬉しさよりも不安や戸惑いが先立った。ジョーンズの前では堂々と『ルーナと行く』と言ったけれど、見ず知らずの人を信用するにはループ前の記憶が邪魔をして⋯⋯。

 良い人のように見えるけれど会ったばかりで、本当に信用していいかどうか決めきれない。それでも他に選択肢はない。先ずは愚かなことばかり言うジョーンズから逃げ出すのを優先し、冷静に見極めなくては。

 侯爵家から逃げ出せても5歳の見た目では生きていけない。助けてくれる人がいなければ逃げ切る事ができないのは分かっているが、手を取る相手を間違えたら取り返しがつかない。

 何も持っていないエレーナでは、逃げ出した後に生活できない。自分用の予算があるなら少しだけ生活費をもらえたら⋯⋯興味と言うよりも欲の方が大きかった気がする。横領の証拠を見つければ、あのブラッツに仕返しできると思ったのもあるし、ルーナを信じていいのかどうか⋯⋯時間稼ぎしたい気持ちもあった。

 横領の証拠集めをしたのは調子に乗っていたのもあると分かっている。孤立無援で恐怖しかなかったエレーナの世界にジェイクとルーナが現れ『自分にもできることがある』と気付いて勢いがついた。

 侵略戦争が起きたのを思い出し、口を出したのは偽善者のエレーナ。本当に戦争が起きて被害者が出たら『知っていたのに見捨てたから』と思い続けるのが嫌で、誰かに話すべきか黙っているべきか、少し調べておこうと思ったエレーナの自己保身だったように思う。

(あの時、アンクレットの音に気付かなければ思い出さなかったかも)

 調べれば調べるほど横領にも戦争にもニールの関与が浮き出てくる。そのままにして逃げ出していいのか⋯⋯巻き込まれたら逃げ出せなくなるかもしれないのに。でも、ニールを野放しにしたままでは寝首を掻かれるかもしれない。

 エレーナの行く末について、遺言にさえ書いていなかったアメリアとアメリア絶対主義者など信用できるはずがない。

 横領と戦争の両方にニールの影があると、誰かに話しておきたいと思ったのは、ニールの足止めになるかもしれないから。できる事は多くないが『犯罪者の可能性あり』と周りに認識させるだけでも、未来を変える一雫になるはず。

 戦争が現実になっても『話しておいた』『わたくしは悪くない』と思いたかったからという気持ちもあった。

 エレーナがオーレリアやオルシーニの庇護下に入ったと知られても、ニールの手が届かないようにできる限りのことをしておきたい。

(そう思えたのはルーナ様を信頼する気持ちになれたからだわ。いざとなれば、ルーナ様が連れて逃げてくださると甘えてたから。逃げ道があるのなら、ギリギリのところまで問題の芽を潰しておきたいと思えたの)

 アメリアの落馬事故を阻止しようとして動いたのだけは必要に迫られたから。自分の未来を切り開く為には必要な事だった。

 アメリアの事を考えたのはほんの少し⋯⋯助かれば良いなと思う程度。

(それ以上の気持ちは持っていないし、持ちたくもないの)









 弁護士のモーガンは宮殿前でオーレリアに転移し、馬車に乗っているのはオルシーニ一家とエレーナだけ。

 宮殿でどれほどの時間が経ったのか⋯⋯宮殿へ向かう時は賑やかだった大通りも、夕闇に包まれて歩いている人はまばらになっている。

 急ぎ足でどこかに向かう人や店じまいをする店員、すれ違う馬車は少し急いでいるように感じられる。

「疲れただろう? 侯爵家に行ったら必要な物を持ってすぐにオーレリアに転移しような」

「必要な物は全て準備してあるから、侯爵家に行かずにこのままオーレリアに転移しても構わないのよ?」

 エレーナにとって、楽しい思い出などない侯爵家に足を踏み入れる必要はないと言ってくれた二人に向かって、エレーナは頭を下げた。

「ありがとうございます。オルシーニ家の方々のお陰で、安心してオーレリアに向かうことができるようになりました。なんとお礼を申し上げたら良いのか、言葉が思いつかないでおります。
私物があるかと言えばないような気がしますが、ジェイクとミセス・メイベルにお礼の手紙を書いておきたいと思います」

 中途半端で終わっている書類もあるが、引き継ぎ資料ならオーレリアでも作れる。ジェイクとミセス・メイベルに口頭で説明してあるので、引き継ぐことはそれほど多くない。

(後は大人同士の話し合いの番だもの。わたくしの話を無視するのか考慮して調査するのか⋯⋯公国と侯爵家の問題だわ)

「引き継ぎが必要な物は、資料が出来上がり次第侯爵家に送れば、わたくしがいなくても問題はありません。色々と余計な事に口を出してしまったと後悔しておりますし、わたくしがいない方が話がスムーズに進むのではないかと思います」

「余計な事なんかじゃなかったと思うよ。アメリアが生きてるのはエレーナのお陰だし、ブラッツを勾留できたのだってエレーナのお手柄だったもん。
ビルワーツは甘いからさ、アメリアの容態ばっかり気にして何もせず終わってる可能性もあったからね。アメリアの馬具に傷をつけた奴だって逃げられたまんまだしさ。あの様子じゃ、セルビアスの間者なんてやりたい放題してるに違いないね」

「そう言っていただくと少し気持ちが軽くなりますが、利己的な意味合いで口を出したことの方が多いですから、褒められたことではないんです」

「何をするにも、自分の利益を最優先するのは当然だぞ? 自己犠牲なんて腹も膨れんし、ストレスが溜まるばっかりだ。
オーレリアだって6カ国が同盟を結んだらしいって噂が出た時から、公国に知らせるよりも同盟を破棄する方向で議会は動きはじめてる。
アメリアは親戚だが、俺にとって大事なのはオーレリアやオルシーニ家。俺も議会と同意見だしな」

 敵国認定して国交断絶や関税の引き上げをした国の動向に目を光らせていないなど、危機管理能力に問題があり過ぎると言うのが同盟破棄の最大の理由。

 閉鎖的で独善的な政が目につき過ぎて、公国が他国から侵略や経済制裁をされるのは当然だと、オーレリアとの同盟を反対していた議員達は、こぞって大騒ぎをしている。

 公国の軍事力に絶大な自信があるのかもしれないが、最終的にはオーレリアの魔導士達の助けを当て込んでいるとしか思えない、と言うのがオーレリアの総意になりつつある。

 アメリアの落馬事故にしても、墓参前に現地調査を行うのを怠ったのが最大の原因で、昨年までは護衛もつけず決められた日決められた場所に出かけていたなど言語道断としか言えない。

「大量の魔導具がニールを経由してセルビアスに流れていたのを知れたのは、オーレリアにとって大きな意味がある。魔導具は生活を豊かにする為の物であって、戦争に利用するなど許せんからな。
取引相手や大量購入先の見直しが議題に上がってるんだ。もし本当に戦争が起きれば、オーレリアはニールを幇助罪で告発する。それまでにニールがセルビアスの意図を知っていた証拠を掴むつもりで動いてる」

 やった事は間違いではなかったのかも⋯⋯ 二度とニールが関わってこれないように、その下地を作れたのかもしれないと胸を撫で下ろした。



 ルーナと二人だけで話をして、エリオット達が転移で現れ⋯⋯その後はまさに『急転直下』とも言える怒涛の数時間だった。

(オーレリアには多分転移魔法で移動するんじゃないかしら。初めての転移はなんだか胸がドキドキするわ。オーレリアに着いたらどんな魔法が使えるのか調べてみましょう)

 仕事の役に立ちそうな魔法が使えたら⋯⋯エレーナの頬が期待でほんのり赤らんでいった。





 親権取り上げの裁判、まだ意識を取り戻さないアメリアや勾留中のニールの代わりとして裁判立ち会ったのは、意外にもマーカス・パンフィールだった。

 裁判結果はエレーナの願い通り親権の全取り上げと接見禁止で、判決を聞いたマーカスが深々と頭を下げた。

 エレーナにはビルワーツ侯爵家から虐待に対する慰謝料と成人までの生活費が支払われることになったが、生活費についてはオルシーニ家が拒否。

「エレーナはオルシーニ家の養子になってくれる事になったんでね。我が子の生活費を稼ぐのは父親である俺の仕事だろ?」

 成人までの後見人を望んでいたエレーナだが、不安定な公国は信用できない為、実子と同じ扱いとなる特別養子縁組にする事に決まった。

「ええ、そして我が子を慈しみ育てるのは母となったわたくしの仕事⋯⋯いえ、わたくしの楽しみだわ。エレーナはルーナだけじゃなくラルフルーナの兄達ともあっという間に仲良くなったの。リディア祖父の妹一家なんて家に帰らずエレーナのそばにいるって言って大騒ぎしてるわ。
だから、アメリアが泣いても返してなんてあげないって伝えておいてね」



 混迷を極める公国が安定するのか、そのまま消え去るのか⋯⋯エレーナにはもう関係のない話。

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