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第四章

32.脳内お花畑さん用の特効薬を処方

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(それでも条約を持ちかけてきた連合王国と、話に乗っているらしいそぶりの公国⋯⋯。連合王国から通商条約を結びたいと言い出した事の意味や公国の狙いは何かしら)

 考えられるのは⋯⋯公国は連合王国に対して、アルムヘイルやクレベルン王国に対する程の悪感情は持っていないはずで、ある程度の譲歩をするつもりがあるのかもしれないと言う事。

 連合王国側は条約が終結不首尾に終わる予定で話を進めている。その後の可能性は⋯⋯。

 一つ目は、戦争準備が完了するまでの目眩し。王位簒奪に手を貸した者達を粛清し関係を改善したいとか、耳障りの良い事を口にしつつ、アメリア達の目を会議に引きつけておく。

 二つ目は、6カ国の同盟を内密にしているならば公国を追い詰める場を準備する為。

 三つ目は上記二つの合わせ技。戦争の準備が整うまでの時間稼ぎと、無条件降伏に近い条約の締結。どちらを優先させるつもりかは予想がつかない。



(公国から高い関税率を設定されている連合王国は、他国並みの関税率に引き下げてもらう事を狙っているとしても、公国側にはなんのメリットもない。一体どんな話をして⋯⋯⋯⋯ダメダメ、これは公国の官僚の仕事だから、関わるべきではないわ。わたくしの最後の仕事はミセス・メイベルとジェイクに全てを任せる事。余計な差し出口は禁止よ!)

 ジェイクは少し頼りないが、責任感がありアメリア教に毒されていない。ミセス・メイベルは高潔な性格のように見え、官僚として働いている者達との信頼関係もある。

(頭が硬くなっているジョーンズや生真面目そうなマーカス様を、この2人に説き伏せてもらいましょう。その為に必要なのは、ビルワーツと言う名の箱庭を別の視点から見てもらう事かも)




「ビルワーツ侯爵家の歴代の当主様は、自領が守れれば他国や他領には手を出したがらない。平和主義者とか事なかれ主義者と言われているの。
攻撃された時にでさえ防御はしても、ある程度のところで引いて、徹底的に危険の芽を潰すなんて事はしない⋯⋯それは歴史が証明しているわ」

 それを高邁な精神だと言う人もいれば、最後まで戦えない腰抜けだと言う人もいる。歴代の当主達は多分『降りかかった火の粉は払う』『無用な争いは避けたい』と思っていたのだろうが、それを評価する人ばかりではないのは仕方のない事だろう。

 あのアルムヘイルやクレベルン王国でさえ、潰さずに国交断絶で終わらせ⋯⋯その甘さをセルビアス達やニールに狙われている。

「ミセス・メイベル達には腹立たしく不快だと思うけれど、それが世間一般の評価なの」

(どちらが正しいとかではなく、色々な意見があって当然だと言うだけの事だけど、こんな事をビルワーツ至上主義・アメリア教のジョーンズ達の前で言えば、即処刑されてしまうわね)



 あの王位簒奪事件で、アルムヘイルの王宮に侵入していた暗殺者に前当主が惨殺されたにも関わらず、セルビアスの密偵の侵入を許しているのが信じられない。

(関税を上げた時から恨みは積み重なるばかりなのに、密偵が潜入する可能性を考えていないって知った時は呆れてしまったわ。失敗を教訓にするべきだと誰も教えてくれなかったのかしら)

 昔から侯爵家で働いていた者達だけで、官僚や側近達を固めたつもりのアメリアが、それだけで安心できたのが理解できない。小さいと言えど一国の政治が一侯爵家の使用人だけで回せるはずなどないと、何故誰も気付かなかったのだろうか。

 人手が足りず知人や縁故以外にも雇い入れられたはずの者達の中に、怪しい者が紛れ込むのは当然の事なのに、アメリアもアメリア教信者もそれに気付かないでいられるなど、エレーナには『脳内お花畑さん達』にしか見えない。

(みんなの目がアメリア様に向かっていたからだわ⋯⋯空だけを見つめる人には地面は見えないもの。見つめられているアメリア様は、亡くなられたご両親だけを見つめておられて、周りの事などちっとも見ていなかったし。
ループ前のエレーナがあれ程心の支えにした方は、国の為だと絵空事を呟きながら夢物語にうつつを抜かす『偽善者』にしか見えない)



「この国がどのような指針を掲げて進んでいくのか、わたくしには皆目見当もつかないし関わるつもりもないけれど、付け入る隙を狙われてばかりいたら、歴代の当主様が悲しまれるのではないかしら」

 エレーナの歯に絹を着せない言葉にミセス・メイベルが唇を噛み締め、首を縦に振って何か言いかけたルーナの口に、ジェイクがクッキーを押し込んだ。

「アメリア様がご政務に戻られるまで、宰相であるジョーンズが国を纏めていかなくてはならないのに、アメリア様の意識が戻らないだけで、一国の宰相が冷静さを失ってしまうなんて本来ならあり得ない。
ジョーンズ達に目を覚ましてもらわなくては⋯⋯アメリア様がお目覚めになられた時、国が立ち行かなくなっていたら悲しまれるわ」

 ジョーンズ達を鼓舞するには『アメリア様の御為に』と言うのが一番効果があるはず。公国の為でも国民の為でもなく⋯⋯アメリア様の為。

「エレーナ様の仰る通りです。宮殿に戻り次第、ジョーンズの頭を引っ叩いて参ります。エレーナ様にお教えいただいた事を元に、早急に話し合いをしなくてはなりませんから」

 ミセス・メイベルが背を伸ばして頷いた。エレーナの皮肉に気付いたのかどうか分からないが、今までの言動から考えると問題はなさそうな気がする。

「俺もやります! 公国や侯爵領に住む人達の為に」

 少なくともジェイクには伝わっているらしい。

(後は⋯⋯このまま余計な口出しをせずに、今後の身の振り方を考えましょう。今でもオーレリアに迎え入れてくださるのか、一番先にルーナ様にお聞きしなくてはならないわね。どの程度の魔法が使えるのかも調べておきたいけれど、それはここを離れてからにしましょう。
だって『婚約』の2文字が近付いてきそうなんだもの。『生贄』の方が似合ってる気がするけれど)

 エレーナは途中まで手をつけた資料の引き継ぎについて考えながら、回避しなければいけない危険について、頭の中のノートに箇条書きにしていた。




「あの⋯⋯連合王国の考えって言うか狙い? その辺がよく分かんなくて、もう少し教えてもらえたり⋯⋯ダメっすか?」

 恐る恐る切り出したジェイクは『お願いしますっ!』と言いながら勢いよく頭を下げた。

「こないだの様子を思い出すと、おじさんジョーンズの考えとか偏ってそうな気がしてるんす。それに聞いたら蹴り飛ばされそうな気もするし。
でもでも領地運営に影響しそうな気配だから、エレーナさまぁ、どうかご教授お願いしまっす!」

(⋯⋯ジェイクには色々助けてもらったのだし、説明くらいなら良いかしら)

 一刻も早く手を引きたいエレーナだが、オーレリア国王から齎された情報で、引き際が遠のいている気がする。




「ここから先は、ほんの僅かな情報で予想した、わたくしの想像が含まれてしまう可能性が高いから、正しいとは言えないと思うの」

「それでも構わないっす!」

「⋯⋯公国を鎖国状態にするのが目的なら、ずっと低姿勢だった連合王国の使者は、会議が不調和で終わる直前になって、公国を囲む6カ国と通商条約を結んでいる事を公にするはず。
参加すれば公国は連合王国の関税率を引き下げなければならなくなり、アルムヘイルやクレベルン王国との交易も再開しなければならなくなる。
でも、不参加なら6カ国は一斉に通行等を禁止する予定だと言って、鎖国状態になるのが嫌なら6カ国の通商条約に参加しろと迫るの」

「関税の引き下げは最恵国待遇があるからっすね」

「ええ、しかもアルムヘイルやクレベルン王国なら、特恵関税を決めるとか言い出してくるかも」

 特恵関税は開発途上にある国に対して特別の便益を図るもので、個々の品目ごとに一般の関税率より低い税率を設定する。

「それを悪用するって事っすか?」

「公国が抗議すれば加盟国から外すと脅せば良いんだから、やりたい放題ってところかしら」

「それじゃあ、なんでもありって事? なら初めから、周りの国全部と条約を結ぼうって言って平等にすれば良いじゃん。めんどくさい上に好き勝手するなんて、頭沸いてんのかも!」

 単純明快なルーナの意見は至極真っ当なものだが、正攻法で話を持ち込んできても、あのアメリア達がアルムヘイルやクレベルンと条約を結ぶはずがない。

(前当主夫妻が虐殺されてからまだ数年。アメリア様達の恨みはあの時のままのはずだけど、それは向こうも同じよね。逆恨みだとしても、恨みには違いないってとこかしら)



「公国と友好関係にあったはずのナステリアとメイベルンの2カ国、彼等が参加しているのが問題ね。鉱石の輸出と小麦・鉄・銀の輸入が出来なくなると公国は経済に大打撃を受ける」

 公国の西側に位置するナステリア王国やメイベルン王国とは、友好的な関係を築いていると思っていたのは、公国だけだったのか、余程利のある提案をされたのか。

「強制的な鎖国状態になれば新しい取引国の開拓が必要となるだけでなく、商人達はあっという間に行き詰まるわ」

 オーレリア経由でしか輸出入ができないとなれば、輸送コストや人件費は爆上がりする。経営に行き詰まった商人達は店を畳んで逃げ出し、領民は物資の不足で右往左往するしかなくなるだろう。

 前当主様達に起きた悲劇を知らないか、過去のものと考えていれば、国の政治を批判する。そして、国の政策を疑問視する声を煽る者達が出てくれば、クーデターが起こりかねない。

「何よりも今の生活を守りたいと思うのは自然の流れです。国交を断絶しているアルムヘイル達と無理矢理国交を開かせるのが狙いですね」

「ミセス・メイベルの言った通りだと思うわ。公国より優位に立って財を搾り取りたいとか、今までの恨みを晴らしたいとかも考えてるはず」

(その時にはわたくしの存在が問題になるわ)

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