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第四章

31.ルーナからの爆弾情報

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「それは⋯⋯質問があると言う事かしら?」

「質問や興味がないと言うと嘘になりますが、教えてくださいと申し上げるつもりはございません。わたくし達使用人は、ご主人様が伝えたいとお思いになられた事を聞き、それ以上は詮索してはならないのです。
ただ、今回は⋯⋯何故とお聞きするよりも、先に解決せねばならない事が多すぎて、どのように行動するべきか考えるので精一杯⋯⋯と言うのが本音かもしれません」

「先々になっても、わたくしは疑問に答えるつもりがないと言ってもですか?」

「この世に不思議な事はたくさんございますから、エレーナ様のお心のままになさってくださいませ。
ルーナ様も魔法をお使いになられますが、エレーナ様の曽祖叔父様や曽祖叔母様も、とても高度な魔法を使われる方々でございました。突然転移してこられるのは当たり前のことでしたし、悪戯で人を空に浮かべたり、雨を降らせたり⋯⋯本当に驚くような事ばかりで」

 釣りがしてみたいと言う領民の子供達の声に応えて、ありえないほど大きな湖を作り出し、収穫祭では大量の花を空から降らせた。

 もっとおやつを食べたいと駄々を捏ねたジェイクが、巨大なケーキの中から真っ青な顔で飛び出してきたのは曽祖叔母のお仕置き。

「あの頃に人智の及ばない事は無限にあると思い至りました。一般的な5歳児とはかけ離れておいでですが、エレーナ様は間違いなくエレーナ・ビルワーツ様でいらっしゃいます。ビルワーツ家のご令嬢だと考えただけで『どんなことでもありえる』気が致しております」






「ごめんね~、待った? 待ったよね⋯⋯話しが進んでたら、ますます理解できなくなっちゃうよお」

 脳が医学だけで埋まっているルーナは、政治や貴族の駆け引きなどを考えるだけで、鳥肌が立つ特殊性癖の持ち主。

「ちゃんと待ってましたって。ルーナ様にしては良く頑張っておられますから、これ以上置いてけぼりには出来ないっすからね」

 ちょこちょこディスりながら、お茶を並べはじめたジェイクがソファに座った。

「これ以上って?」

「ルーナ様、半分くらいしか分かってない顔してたから⋯⋯あっ、ごめん、ごめんなさい! 入れな⋯⋯ああぁ、淹れたてのお茶なのにぃ」

 懲りずにルーナを揶揄っていたジェイクは、怪しげな液体を入れられた紅茶を、恐る恐る口にした。

「うげっ! まっずぅぅ不味い、何すかこれ!」

「ふっふっふ! 開発中の新薬で、ギンギンに目が冴えるからね。夜の分もあげとくよ~、ほらほら、朝まで寝ないでお仕事できるからね~」

「新薬って⋯⋯また俺で治験しようとしてるし。ひっでぇ」

 文句を言いながらも、ポイっと投げつけられた小瓶を上着の内ポケットにしまう辺り⋯⋯ジェイクは協力する気満々らしい。

 これだけ仲の良い様子を見せつけられると、エレーナを守る為に侯爵家についてきたと言うよりも、ジェイクに会いに来たのかと邪推してしまいそうになる。

(それはそれで構わない気がするわ⋯⋯ルーナ様達の役に立ったみたいで、その方が嬉しいかも。これ程楽しそうな笑顔を近くで見れるのは役得?)



「えーっと、俺からの報告っす。知り合いに、こないだ会ったマーカス様担当の看護師を、紹介してもらったんすけど⋯⋯」

 アメリアを庇って怪我をしたマーカスに付き添っていた看護師は、アンクレットの事を医務局の事務員から聞いたと言う。

「そいつが足を組んでる時に見えたそうっす。この領地では足になんかつける奴なんて、いないっすからね。気になって声をかけたら、願い事を叶えるおまじないみたいなもんだって、言われたそうっす」

 事務員が付けていたのは、シンプルな銀のアンクレットで、ブレスレットとして売られていた物を加工したらしい。

「そいつは、最近できたばっかの彼女から『お揃いでつけよう』ってプレゼントされたそうっす。事務員に見せてもらったんすけど、小さな宝石がついてて、文字みたいなのが彫ってありました。チラッと見ただけなんすけど、確かこんな感じの⋯⋯」

 ジェイクがテーブルに置いたメモにあったのは、文字というより記号のようなものだった。

「記号? なんか不思議な形だねえ」

「その記号みたいなのが『おまじない』で、恋愛成就って言われたそうっすよ」

 羨ましくてついガン見したと呟いたジェイクの横で、ミセス・メイベルが首を傾げた。

「彼女からのプレゼントで『恋愛成就』はおかしいですね。『縁結び』なら分かりますが」

 恋愛成就は相手がいない場合で、彼氏へのプレゼントなら縁結びのはず⋯⋯。

(チラ見じゃなくて、ガン見だったお陰で助かったかも⋯⋯。
これってアルムヘイルの歴史書に載っていたものとよく似てるわ)



「この記号みたいなものは確か古代文字の一種で、昔から呪術に使われているものの一つだった気がするわ。でも、恋愛成就とは関係なくて⋯⋯意味は、えーっと⋯⋯何だったかしら」

 ランドルフの王位簒奪を先導したクレベルン王国が、王宮内に潜ませ先代侯爵達を殺害した犯人達。彼らの私物一覧に書かれていた怪しげな記号と酷似している。

『不可思議な記号、意味不明』

 記号の意味が気になり図書館で調べたことがある。何に書かれていたのかなど、詳しい事は思い出せないが、書かれていた事と記号の意味は朧げに思い出せた。


「うろ覚えだから自信はないけれど『隷属』とかだったような気がするわ。隷属と言っても弱い意味で、奉仕義務を持たせる事ができるとかだったような。
図書室に資料があるかもしれないから、この後調べておきます」

(もしそうなら⋯⋯今回も、やっぱりクレベルン王国が関わってるって事かしら? それとも、あの時の犯人達にセルビアスが渡してたとか?)



「見つからないように、アンクレットの購入先と、プレゼントしてきた女性の事を調べてくれる?」

 作成者が意味を勘違いしたまま掘り込んだ可能性や、女性自身が購入したアンクレットに、たまたま書かれていただけかもしれないが、偶然だと聞き流すのは危険な気もする。

「了解っす。そいつ、結構自慢げに話してくれたから、簡単に教えてくれるかも」




「次は、アタシね! 魔導具の件はすぐに調べるって言ってた。セルビアスの動向もすぐに人を送って調べるって。んで、母ちゃんとも話したんだけど、連合王国の今の国王は2年くらい前にダニアを公妾にしたんだって」

 愛妾だった頃は、あまり目立ってなかったのか情報がなく、ルーナの母が調べている最中だと言う。

「公妾になってからは王の横にベッタリでさ、議会では王妃を差し置いて隣に座るし、王の執務室に専用のソファがあるしで、なんかもう寵愛マックスだって有名らしいの」

 国王の側近や大臣達は何も言わないが、王妃派と高位貴族の夫人達からは顰蹙を買っている。

「んでね、これは父ちゃんからの情報なんだけど、セルビアスが戦闘派から穏健派に転向したのも、ちょうどその頃だって⋯⋯。
んで、連合王国が公国と通商条約を結びたいって言い出してるけどさあ、連合王国はアルムヘイルや帝国・クレベルン王国他2国⋯⋯えーっと、ナステリアとメイベルンと、条約を結んだって噂があるらしくてさぁ、調べてるって言ってた」

「なんと言うことでしょう! 公国はオーレリアへの転移魔法に頼るしかなくなると言うことではありませんか!」

 ミセス・メイベルが声を荒げるのは当然だろう。ルーナの口から出た国名はビルワーツ公国を囲む6カ国で、この国々が手を結んだとなると、最悪の場合公国は他国へ通常の出入りができなくなる。

(6カ国が条約を結んだ? ループ前の記憶にはそんなのないのに。アルムヘイルの政務をやっていたんだもの、そんな重要な事を知らないはずがないわ⋯⋯と言う事は、歴史が変わってる⋯⋯一体なぜ?)



 通商条約は2国間または数ヵ国間で、通商・経済・航海などについて規定する。関税・為替・入国や旅行・居住・営業・貨物の往来などの問題について取り決めるが⋯⋯。

「⋯⋯狙いは最恵国待遇の条項ね」

 もう余計な事は口にしないと決めていたが、歴史が変わっていた事に動揺していたエレーナがうっかり呟いた。

「えーっと、さい、さいけ? それってなんすか?」

 ジョーンズに指導されたやり方を踏襲するのが精一杯で、新しい事に目を向けたり現状を分析したりする余裕のないジェイクは、苦手分野の話なのか少し顔が引き攣っている。

 領地経営を頑張ってはいるが、まだまだ努力中⋯⋯発展途上中のジェイクは国単位の話になるとついていけないらしい。

(国外との輸出入に対する知識はまだ不確かってこと? だとしたらその辺はまだジョーンズの指示で動いてるってことね)

「最恵国待遇は関税などでいずれかの国に与える最も有利な待遇を、他の全ての加盟国にも与えなければならないというルールなの」

「ますます意味がわかんないっす。てか、たったアレだけの情報で、5歳のエレーナ様が理解できた方がヤバくないっすか?」

「ジェイク、お黙りなさい。お尻に殻をつけたひよこ執事の無知をひけらかすのは時間の無駄です。エレーナ様に教えを乞いなさい」

「あ、はい。すんません」



 先日ジェイクから聞いた話では、公国は連合王国と条約を結ぶつもりで動いているという事だったが、公国側が関税を引き下げてまで欲しがる公益品が連合王国にあるとは思えず、アメリア達の怒りが治まっているとも思えない。

(それでも条約を持ちかけてきた連合王国と、話に乗っているらしい公国⋯⋯)

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