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第四章

19.ミセス・ブラッツのお部屋拝見

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 足を踏み入れたミセス・ブラッツの私室は、良く言えば美しい品々が集められた宝石箱。悪く言えば足の踏み場もない倉庫。

 ドアから窓までかなり距離があるが、物に埋もれ過ぎていて広さがあまりイメージできない。ドアからソファに向かう道と隣の部屋に向かう道だけ床が見えていて、高価なラグやカーペットが敷かれている。

 窓以外の壁にはびっしりと棚が並び、見るからに高価だと分かる美術品が並べられていた。

 棚の前には蓋の開いた櫃と重そうな木箱が所狭しと並び、中を覗くと梱包済みの磁器が大量の藁と一緒に入っている。

 物が溢れている机の上から見つけた荷札をジェイクの胸に押し付けたルーナが、肩をすくめて両手を広げかけた。

「うわっ、あっぶなーい。もうちょっとで手をぶつけるとこだったよぉ。荷物のてっぺんにランプを置くとか、マジで信じらんない」

 エレーナは無言で部屋をうろうろと歩き回り、隣の寝室に入っていった。



 荷札に書かれている住所を見ていたジェイクが、大きく溜め息を吐いて机の上を漁りはじめた。

「磁器が大半で後はドレスと毛皮? キツネにイタチにビーバーにラッコかな⋯⋯あ、セーブル黒テン発見! 気持ちい~、手触り最高」

 普段の口調や態度はガサツだが、屋敷に来てからの審美眼には驚かされてばかり。

「ルーナ様って、やっぱり大国の王女様ですね。家具や美術品とか⋯⋯毛皮まで分かるなんて、ちょっと見直しました」

「へ? ああ、アタシ『上級鑑定』使えるからさ、種類とか作者とか年代なんかはすぐに分かる。体調とか病状も分かるから、医者には便利な機能なんだよね~」

 書類を調べていたジェイクの手が一瞬だけ止まり、ルーナを横目で睨んだ。

「褒めて損した⋯⋯魔法、狡すぎじゃん」



「しかしまあ、どんだけ横領したらこうなるんだと思う? 誰も監督してないとここまでできるっていう見本だね」

「荷札の住所で一番多いのがアルムヘイルってヤバいですよ、アメリア様達が一番嫌ってる国じゃないっすか。
その他でアメリア様達の逆鱗に触れそうなのは⋯⋯えーっと、クレベルン王国で個人名。帝国のは商会の名前が入ってて⋯⋯聞いたことのない名前っす。ディクセン・トリアリア連合王国もヤバそう。
ん? セルビアスってどこだっけ」

「ディクセン・トリアリア連合王国の一部族の名前だわ。かつてハザラスと一緒にビルワーツ侯爵領に攻め込んだ戦闘民族だけど、今頃は既に代替わりして穏健派の振りをしてる、要注意部族ね」

 寝室から出てきたエレーナが、帳簿を捲りながらジェイクの疑問に答えた。

(ミセス・ブラッツがセルビアスと繋がってる⋯⋯アルムヘイルが一番多い?)



「荷の送り主は誰になってる?」

「えーっと、アルムヘイルだけはニール様とミセス・ブラッツ、イライザ・ゲイルズとターニャ・ソーンって名前になってます。マジかよぉ~」

(ニール様は当然アルムヘイル出身で、子爵のお兄様がいらしたはず。イライザ・ゲイルズはニール様の愛人で、お二人は同郷。ターニャはニール様の娘の名前だけど⋯⋯。
いずれにせよ、結婚前と結婚後の数年は子爵領にいたのだから、家族・友人・知人⋯⋯いくらでも伝手はありそうだわ。ミセス・ブラッツ達も)

「あ、でも他の国行きの荷札に書かれてる送り主は色々な名前ですねぇ」



「思った以上に大掛かりな組織ができあがってるじゃん。まあ、これだけの荷を捌くなら当然かあ」

「裏帳簿は見つけたけれどかなりの冊数があるので、ジェイクはそれを全部執務室に運んでください。後はその荷札があれば今のところはいいと思います。
この部屋は封鎖して、食品の保管庫への出入りは調査が終わるまで制限します。信用できる護衛がいれば見張を立てたいところだけど、どこに敵がいるか分からないし」

 大まかな予想はついたが、エレーナが最も不安に感じたのはセルビアスの名前が出てきた事。

(連合王国の国王に取り入り、戦争を仕掛けさせたのがセルビアス。やっぱり戦争は起きる?)

「裏帳簿はベッドに敷かれたマットの下に並べられてるからよろしくね」



 執務室に運ばれた裏帳簿を時系列に並べ替え、正式な帳簿と照らし合わせながらメモを取るエレーナ。ジェイクはそのメモを元に名前と日付や金額を一覧にまとめていく。

 ルーナは家政婦長の代わりに使用人達に仕事の指示を与えながら、メイド達の資質を調査していった。

 深夜、エレーナの部屋に集まった3人はジェイクが運んできたラグの上に座り込んで、夜食を口にしながら⋯⋯。

「先ずはすぐ終わりそうなアタシから報告するね。2人が執務室に篭ってる間に使用人を全員ホールに集めてさ、通いの者を含めて屋敷からの外出を禁止したからね」

 家族への連絡が必要な者は侯爵家から行い、仕入れ業者や商人がきた場合は、全てルーナが立ち会う。

 外出だけでなく退職も当面禁止、屋敷内の統括はルーナが全て采配する。

「初めがアレだったからさ、ジワジワやってる場合じゃないって思ったんだよね。
んで、料理長には、少しでもおかしな料理が出てきたら、研究室送りにして治験に使うって脅しといた。
3人娘にはジェイクに近付くとか、反抗的な態度や指示違反の兆候が見られた時点で、皿洗い女中スカラリー・メイドに落とすって宣言したの。そしたら、こーんな感じで目を吊り上げて、大騒ぎしてさ、も~大笑い」

 皿洗い女中は使用人の中で最下層、新人が就く仕事のひとつ。キッチン道具洗い・床や棚磨き・鳥の羽根むしり・猟獣の皮を剥ぐなどで、重労働な上に血や臭いに悩まされる過酷な職種で、仕事時間は誰よりも長く給金は最も安い。


「新しい家政婦長が決まるまで、エレーナの侍女兼家政婦長兼調教師をやるからねって全員に告知したら、ビビりまくってた。
メイドや下働きや料理人、庭師や馬丁に御者⋯⋯取り敢えず、今日いた使用人は見てきて、それぞれの勤務態度とかはメモっといたんだ。これが一覧で、明日からまたちまちまと追加する予定」

 新しい家政婦長が決まる⋯⋯ミセス・ブラッツが帰ってこないか降格になると知った使用人達の中で、一人でも多く正気に戻る人が出ることを祈りたい。

(これだけ大きなお屋敷だもの、かなりの人数の使用人が必要だし、大勢が解雇されればそれだけで噂が広まるわ)

「何日か様子を見たらもっとよく分かると思うけど、現状で言うなら半分は解雇で残りの内7割には躾と教育が必要。その残りは職務内容の見直しと厳重注意説教なんかで即戦力になる可能性ありってとこだね」

 ルーナが差し出したメモは、使用人の名前と一緒に特徴も書かれていたのがユニークだったが、内容は実にわかりやすく、多くの使用人を使ってきた知識と、医師として大勢の人と関わってきた経験が活かされていた。

「ほんの数時間でよくここまで⋯⋯あ、鑑定魔法?」

「ピンポーン、大正解! 人物鑑定するとさぁ、名前以下に色々出てくんの。その中に犯罪歴とか精神状態とかも出るから、めっさ簡単⋯⋯あ、これ国家機密ね。珍しい事ができるってだけで攫われたりすんのよね」

 自発的な犯罪から補助的な犯罪まで分かるのはかなり高度な技術が必要になり、オーレリアでも数人しかいない。

「ひえ~、怖すぎじゃん。ルーナ様、俺の事は鑑定しちゃダメですからね! あと、簡単に機密とか喋んないで!」

 ルーナの話に怯えたジェイクは、ズリズリと後ろに下がりはじめた。

「どうせ精神状態パニックとか、性質ビビリとかヘタレとか出るだけだからつまんないじゃん。職業はポンコツ執事か執事もどき?」

(本当はそこまでは分かんないけど、ジェイクって揶揄うと面白いんだよ~)



「じゃ、じゃあ俺の報告ですけど⋯⋯えーっと、なんでか俺はエレーナ様の補助に回って⋯⋯それはいいか。
ミセス・ブラッツが輸出入で使っている会社や個人名はかなり集まりました。エレーナ様の仕事が早いのなんの。俺に指示しながらでも、書いてる手が止まんないんですから、もうびっくりです。
で、金の流れも少し判明して、複数の銀行と商人ギルドの名前が出てます。入金先として例の4人全員の名前がでてますから、間違いなくギルティでいいと思います」

 例の4人とは、ニールとミセス・ブラッツ、イライザ・ゲイルズとターニャ・ソーン。

「エレーナの予算が途中物に変わって売り捌かれて、奴等の懐に入ってるってのは間違いないってこと?」

「はい、そこは確定でいいんじゃないかと。ダミー会社の分は買わずにそのまま懐に入れてるでしょうし。
エレーナ様の予算で複数の商会から商品を購入していますが、そのうちのいくつか⋯⋯国内のダミー会社はほぼ特定済みですけど、国外のは時間がかかりそうです。
で、売り捌かれた商品の代金が4人に振り込まれてますから。売られた商品がエレーナ様用に買った商品だっていう証拠を見つけるのは簡単だと思います」

 そこは時間をかけるしかないが、ここ数年の取引なので仕入れ先から情報を仕入れるのは簡単だろう。

「後は、使用人達の懐に入った商品の調査と本人への尋問も急ぎですし。従犯なのか共犯なのかで罪の重さも変わってきますから」

 可能性は低いが、純粋に『ご褒美』だと信じていた使用人がいるかもしれない。その時は罪にはならないが、盗品を持っていると知ればどんな気持ちになるか⋯⋯そのフォローも考えなくてはならない。

「販売先は難しそうだよね。ヤバそうな国の名前が出てたもん」

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