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第四章

13.我慢しました! んで、ブチギレます

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 アメリアの馬がセロリと一緒にケールを食べ、アメリアが乗っている最中に疝痛せんつうを起こす。それによってアメリアが落馬事故に遭うのを狙う。

(未必の故意に問う⋯⋯いえ、不確定要素が多すぎて、いくらでも言い逃れできそうだわ)

 アメリアの馬がセロリ好きで馬にケールは毒、必ず丘に向かう日がある⋯⋯その前提条件を知っていると証明しても、それだけでは追い詰められない。

(可能性にかけた?  今年初めて植えたのか、毎年植えていたのか⋯⋯。もし今までもずっとセロリとケールを植え続けていたのだとしたら、執念深すぎて不気味だわ)



「出発直前に馬の体調と馬具の点検を行ったのですが、腹帯の裏側に切れ込みが入れられているのが見つかり、目下犯人を特定中です。その犯人を捕縛できれば、真犯人も炙り出せると思っています」

 エレーナの一挙手一投足をチェックするジョーンズの目の奥に、仄暗い怒りが見えるのは犯人に対してなのか、エレーナに対してなのか。

(ここまで手の内を明かすって事は、やっぱり誰かを庇ってると思われているのね。わたくしには庇いたいと思う相手などいるはずがないのに⋯⋯)



「これは大人が時間と金と手間をかけて仕組んだ悪質な犯罪ですから、5歳のエレーナ達が真犯人だとも、犯行を手助けしたとも思っておりません。
教えていただけませんか? どこで聞いたのか、誰が話していたのか。大丈夫、ここで聞いた事は絶対に秘密にしますから」

 少しずつ意識的に威圧を強めているのは、子供だと侮っているからだろう。普通の子供が年配の男性からこれ程の威圧を受ければ、知っていても知らなくても泣き出しているに違いない。

 エレーナが目を向ける事はないが、ジェイクとルーナから緊張と心配している様子が伝わってくる。

(嘘泣き? うーん、無理⋯⋯そう言えば、わたくしが最後に泣いたのっていつだったかしら⋯⋯えーっと⋯⋯んん? そうだわ! 池に落ちた時ですわ! そう、水を吐いて咳き込んだ時に泣いたはずです⋯⋯良かった、わたくしだってほんの数ヶ月前に泣いて⋯⋯泣いて? 泣いたのかしら。苦しくて涙が出ただけかも)

 悶々と悩むエレーナの前で益々威圧を強めていたらしく、ジョーンズの眉間に皺がよりかけていた。

「あ、あら。えーっと、少し考え事をしておりましたの。何か仰られましたかしら?」

「エレーナ様、これはとても大切な話なのです。今回の件を有耶無耶にすれば、また同様の事が起きる可能性がございます。まさか、助かって良かったなどと呑気な事を思っておいでではありませんか?」

「うーん、確かにそのように思う気持ちはありますわ。できれば、何もなければ良かったのにとも思っておりますけれど」

 マーカスに話した後、エレーナが『万事解決となる』ことを望んでいたのは間違いなく、今は意識が戻ることと怪我が治る事を願っている。



「アメリア様はエレーナ様の大切なお母様でいらっしゃいます。その大切な方が、二度とこのような目に遭わないよう協力したいとお思いになられないのは、あまりお会いできず寂しい思いをしておられたからでしょうか?
他の母君と違って、アメリア様には公王としてのお役目がおありになり、プライベートなお時間は皆無でございます。
まだ幼いエレーナ様にそれを理解していただくのは難しいと存じますが、大切なお母様をお守りするお手伝いをなされませんか?
常にエレーナ様を見守り、大切に育ててくださっているお母様へ、感謝をお示しになられる時だと思いますが?」



「⋯⋯あの、ジョーンズさんは大きな勘違いをなさっておいでだと思いますの」

「と、仰いますと?」

「アメリア様のご回復をお祈り致してはおります。ですが、事件究明のお役に立てる情報など何一つ存じませんし、再発防止の助力となる方法も思いつきません。
建国して数年であれば特に⋯⋯アメリア様が公王としてご政務で多忙を極めておられるであろう事は、この国の民全てが知っていると思っております。
アメリア様が国と国民を愛しておられると言うのは、わたくしの耳にさえ届いております。使用人達が『アメリア様はお心の広い方』だと言っていたのも聞いた事がございます。ジョーンズさんとマーカス様しか存じませんが、お二方のご様子から鑑みるにアメリア様は噂通り素晴らしい方なのでしょう。
お手伝いできる事があれば、一国民として粉骨砕身する事はやぶさかではございませんが、見てお分かりのように高々5歳の子供ですから、ご期待には添い兼ねると申し上げるしかありません。
因みに、ジョーンズさんが想像しておられるような『どこかで誰かが話しているのを聞いた』などという事もございません」

 一気に話したエレーナは少し息切れしそうになっていた。

(この程度で息切れするなんて、5歳児の身体能力には負荷が高すぎたのかしら)

「では、本当にご存知ないと? 例えば⋯⋯ミセス・ブラッツとかニール様とか。何度かミセス・ブラッツの言葉を遮っておられましたが、普段はそのような事はなさらないのですよね? 何を隠したかったのか、是非お聞かせ願いたい」

 しつこくジョーンズが問いただす理由が分かり、思わず吹き出しそうになってしまったエレーナは、顔に力を入れて誤魔化したが⋯⋯その様子はジョーンズの疑いを強めてしまったらしい。

(ああ、そう言う事。ミセス・ブラッツの暴言を咎めたわたくしに『止めるな』と指示された理由が、ようやく分かりましたわ。なんと愚かな! 宰相職についている者がここまで目が曇っているなんて⋯⋯この国もアルムヘイルと大して変わりはないわね)



「やはり何かおありなのですね。どなたを庇っておいでなのか⋯⋯幼い子供が庇うとすれば親か、身近で世話をしてくれる者しかありません。その方はエレーナ様にとって、お母様よりも大切な方なのですか?
調べればすぐに分かるのです、これ以上無駄な時間を過ごすのはおやめになられてはいかがですか?」

 ジョーンズの執拗な尋問で不快感が苛立ちに変わっていく。いくら知らないと言っても聞く耳を持たず、疑いまでかけてくる。しかも子供相手に威圧と恫喝をしてきた⋯⋯エレーナの怒りのボルテージがどんどん上がっていく。

(理不尽すぎるわ! 人助けをしようとしただけで、ここまで疑われるなんて有り得ない⋯⋯いいえ、疑われても仕方ないと思ってたから、ある程度は覚悟していたつもりだったわ。でも、まさかここまで話を聞こうとしないなんて!
怪我をされたにしても、アメリア様は助かったのに? わたくしの話がなければマーカス様の助けがなかったのに?
ループしましたなんて言ったら何を言われるか⋯⋯妄想? 頭がおかしい? 違うわね、嘘つき呼ばわりされ続けるだけだわ。
大切な母が大切に見守ってしてくれた? そんな幻想も妄想も抱いた事はないわ!
寂しくて拗ねている? 自分の状況を憐れむ知恵さえなかったわ! 見たことも聞いたこともないものなんて、欲しがるわけないじゃない!
ループしてから、こういう理不尽を耐えるのは二度としないって決めたの。冗談じゃないわ)

 ここまでかなり我慢に我慢を重ねて、何度も冷静に説明したが全く話にならない。

(頑固なクソジジイって言ってもいいかしら!? ええ、わたくし、今本気で腹が立っておりますわ!)

 今まではジョーンズに対し敬意を払っていた。書類上で言えばエレーナはジョーンズよりも格上になるが、自分は侯爵家当主に嫌われている厄介者だと思っているエレーナは、無意識にジョーンズに敬語を使っていたが⋯⋯。


 テーブルの上からグラスを手に取って一気に飲み干し⋯⋯。

「わたくしがミセス・ブラッツの言葉を遮ったのは無礼な物言いをする使用人を叱りつけただけ。屋敷内は彼女の独壇場ですが、それと同じ事を屋敷の外でするのは許せない⋯⋯ただそれだけで、他意はありません。
それとも宰相は、屋敷の使用人が他人に対して傍若無人に振る舞うのを見過ごすのが、正しい貴族令嬢の振る舞いだと思っているのかしら?
確かに、屋敷の中では黙認していましたし、それが間違っている事は承知しています。
ですが、屋敷内にひとりの味方さえいない5歳児が、女性使用人の統括者に物申して素直に態度を改めると思っているの? 家政婦長に意見できる者⋯⋯叱責できる者は2人いるけれど、その2人が放置し黙認しているというのに、半分以下の身長しかないわたくしに何ができるのかしら? 少なくともわたくしは、そのような高度な技術は持ち合わせていませんの。
わたくしを咎めた宰相ならば、さぞ良い知恵を持っているのでしょう。とても優秀な元執事で、英邁な宰相だと聞いていますもの。
そう言えば⋯⋯先程は一切口を開かず、勿怪もっけの幸いとばかりにミセス・ブラッツを拘束しただけだったわ。ほんの少し褒め言葉を乗せただけで、怪しい話を手に入れた宰相に感服致していますの⋯⋯『濡れ手で粟のつかみ取り』でしたかしら? その後、間違った言動を叱責し、事件解決の糸口になるかもしれない話を引き出したわたくしを責める⋯⋯ご安心なさい。もしミセス・ブラッツから有益な情報が出たとしても、誰も5歳児の関与など思いつきませんわ。
お手柄を引き出せるよう、祈ってあげても宜しくてよ」

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