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第四章

11. ルーナ最強説に1票

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「さあさあエレーナ様、こっちに座って~。んで、先ずは食事だけどさあ、その間に色々と教えてね」

 会ったばかりの時と同じ⋯⋯ヒョイっと無造作にエレーナの脇に手を入れ、問答無用で椅子に座らせスプーンを押し付け、さっさとその正面の席についたルーナは、左手にフォークを持ちながら右手の羽ペンをインクに浸した。

(素早い⋯⋯素早すぎて抵抗する隙がないわ)

 瞬く間に食事の準備ができたエレーナの前には、柔らかく煮た野菜がたっぷり入ったスープが置いてある。

「ジョーンズとジェイクは適当に座って、食べたかったら食べてね。
あっ、変質者局長熊男エイベル医師は後から来る予定。狼男マーカスが脱走しようとしてさ、捕獲しに行ったの。ほら、食べて食べて⋯⋯でね、手負いの狼男マーカスはマジでヤバいんだよ。でもまあ、メスを構えた変質者局長がドアの前で見張って、熊男エイベル医師が捕獲する、このコンビを抜けれるのはほとんどいないからね~。それでもダメなら腹黒ジョーンズの登場だね。あっ、これも美味しいよ? ほらほら、しっかり食べないと。ちっこいだけならアレ許容範囲だけど、栄養失調は見逃せないからね~。んで、傷はどことどこにある? 背中は血が出てるよね⋯⋯んで、それっていつから? やったのは誰?」

(やっぱ、叔父さんが最恐かぁ。うん、すっげえ分かる⋯⋯⋯⋯へっ? 傷? なんだそれは⋯⋯エレーナ様が怪我してるって事?)

 ルーナの話を聞きながら、シチューを口にしようとしていたジェイクの右手が止まり、ギギギっと音を立てるように頭をエレーナの方に向けた。

「き、傷って? エレーナ様、あのぉ、傷ってなんすか? 栄養失調も気になってるんすけど、どこで怪我を? お、お、俺、全然気付いてなかったんすけどぉ!」

「ジェイク、お黙り! あんた執事のくせにさあ、おかしいと思わなかったわけ? こーんなちっこくって、こーんな細っこくって。パッサパサの髪とかギザギザの爪とかアカギレだらけの手とか破れたドロワーズとか」

「さ、最後のは流石に見れないっすよ。けど、他はその⋯⋯子供ってこんな感じなのかなぁとか。好き嫌いが多いと聞いて、ちょーっと心配はし「お・だ・ま・り!! んなわけねえだろうがよ、このクソ執事! へっぽこ執事! 抜け作執事! ボコボコにすんぞ⋯⋯ポキッ⋯⋯あ、折れた! 殺るならジェイクとあのオバさんを殺りたいのに~」」

 どんどん口が悪くなっていくルーナは、手の中で真っ二つに折れた羽ペンを、喋り方が素に戻ったジェイクに向かって投げつけた。

「こんの、ボケナス執事め! 次はその腐った目にザックザックと突き刺してやるからな!
子供を虐待する奴も、放置する奴も大っ嫌いなんだよ! てめえは、禿頭の宦官にしてやる、覚悟しやがれっ!」

 顔面に向かって真っ直ぐに飛んできたナイフをジェイクが見事にキャッチすると、別のカトラリーが後に続く。

(ジェイクも頑張ってるけど、ルーナさんの投擲テクが凄すぎるわ⋯⋯うん、このスープ凄く美味しい)


「ひっ! す、すんません、でも殺るのは勘弁で。禿頭は許して欲しいっすけど、宦官はわかんないっす。あっ、ミセス・ブラッツなら治験でも解剖でも宦官でもお好きにどうぞなんで」

「ジェイク、ミセス・ブラッツは確かにあまり女性らしくはないけどね、宦官にするのは無理よ?」

「⋯⋯ん? あっ、そういう事!? うわぁ、ルーナ様! 俺それだけはぁぁ」

 椅子の上で前屈みの内股になったジェイクがルーナに向かって手を合わせた。

「エレーナ様は子供らしくないっすけど、子供扱いで大切にするっす⋯⋯これからはちゃんと見張っ⋯⋯お守りしますぅぅ」



 騒ぎが一段落した後、ルーナの脅し⋯⋯問診でエレーナは日々の暮らしぶり洗いざらい吐かされ、ジェイクは驚愕で目を見開き、ジョーンズはナイフとフォークを持ったまま固まっていた。

「マジ!? そんなだったの!?⋯⋯あ、だって、でも⋯⋯ええぇぇぇ! ぜんっぜん気付いてませんでしたぁぁ!」

 ジェイクが椅子から飛び降りて土下座しはじめた。家令のいない侯爵家で、最高責任者のジェイクには、女主人やその子供の世話は家政婦長の職務だと言い訳する事もできない。

「ジェイクが未熟者ポンコツだと知っていながら、ミセス・ブラッツの報告書を読むだけで⋯⋯何も気付かずにいた私も同罪です。エレーナ様、申し訳ありません」

 土下座したままのジェイクの頭をゲシゲシと踏みつけながら、頭を下げ謝罪しているジョーンズ⋯⋯泣いている甥を表情を変えず踏みつける叔父に一層の恐怖心が募る。

(今日初めて会ったけど、ジョーンズさんって過激なのね⋯⋯手加減はしてるみたいだけど、やっぱり止めるべき?)

「⋯⋯お、叔父さん⋯⋯グヘェ⋯⋯それ、やめてください。叔父さんのそれ⋯⋯ア、グウッ⋯⋯怖すぎですから⋯⋯ほんと⋯⋯ゲホッ⋯⋯ごめんなさいってばぁ」

 時々強く蹴られるのか、ジェイクの言葉に変な呻き声が入るのが少し面白い。

「ジョーンズさん、そろそろやめた方が宜しいと思いますわ。ジェイクが使い物にならなくなっては、侯爵家に執事がいなくなって領地管理に支障が出てしまいます」

「失礼しました。エレーナ様への謝罪として、廃品回収に出す寸前くらいには殺っておこうかと思ったのですが⋯⋯今日はこの辺で止めておきます」

「いえ、先日マーカス様とお話しできたのも、信じてもらえたのもジェイクのお陰ですから、そのお礼という事で半分くらいで止めておいてくださいませ」

(あの時ジェイクがマーカス様に話をしてくれたから、アメリア様は怪我で済んだのだと思うの。わたくしはマーカス様に納得していただくことができなかったし、他に実現できそうな方法も見つけられていなかったもの)

「これをきっかけに、ニール様の計画やミセス・ブラッツの犯罪を摘発できるかもしれませんしね」



 公国の宰相職をアメリアから仰せつかったジョーンズは、建国時からずっと他の誰よりも多忙を極めていた。

『主要な役職は古くから知っている者だけで固めるわ。それ以外の人なんて絶対に信用できないもの』

 レイモンドエレーナの祖父セレナエレーナの祖母の死とその後の顛末を知るジョーンズ達には、アメリアの気持ちがよく理解できた。

 同じ思いを抱えるジョーンズ達は、その日から不眠不休で人材確保と育成に走り回り、他国から侮られないように、足を引っ張られないようにと法の整備や体制づくりに頭を悩ませた。

 唯一の救いはオーレリアからの支援を、アメリアが僅かながら受け入れた事だろう。

 現国王のエリオット・オルシーニはアメリアと幼い頃から交流があった為、人材受け入れは拒否するが相談や質問程度なら⋯⋯と譲歩した。

 ジェイクは経験不足な面は残っているが物覚えは良く、侯爵領の管理運営には支障がないだろうとジョーンズが判断できる程度には育ってくれた。

 
『宮殿へは侯爵邸とタウンハウスで勤めていた使用人全てを連れて行くわ』

『侯爵家に残るのはニールだけだから、ジェイクの邪魔をする人なんていないもの。
屋敷には新しく使用人を雇って、公国を軌道に乗せるのを最優先にしましょう』

『確かに⋯⋯意思疎通のできる使用人達がいるのは助かります』

 政務と官僚の育成に手を取られている今、宮殿の運営を安心して任せられる使用人は有難い⋯⋯と思ったジョーンズ達の最大の失敗だった。

 長年一緒に働いている家政婦長のミセス・メイベルは、新しく雇われたミセス・ブラッツを不安視していたが、他の者達はそれほど気にしていなかった。

『経歴書は完璧ですが⋯⋯家政婦長としては、少し強引すぎるところが見受けられます。偏見と申しますか、考え方が自己中心的な気が致します』

『しばらく様子を見て、報告書や帳簿に不審な点があれば即座に解雇しましょう。屋敷は今の状態を維持するように言っておいたから、大丈夫だと思うの。他に適任がいないしね』




 ミセス・ブラッツが虚偽の報告や横領をしているのは間違いないだろう。それに加え、彼女の暴言は宮殿医師に対する不敬罪に問えるかもしれない。どれか一つでも罪に問われれば、彼女は二度と侯爵家には戻って来れない。

(次の家政婦長がどんな人になるか分からないけれど、取り敢えずミセス・ブラッツからの横暴はなくなるわ。それに⋯⋯もしかしたらニール様に虐待される未来もなくなるかも)



「エレーナ様! 俺、エレーナ様に忠誠を誓わせていただきます! エレーナ様の現状に今まで気付かなかった事を償う為にも、永遠にお仕えさせて下さい!」

 人より頭一つ高い背と広い肩幅、ダークブロンドと碧眼で、メイド達が騒ぎ立てる見た目の良さ。ポロポロと素が出るところも親しみが持てる⋯⋯ 直立不動のジェイクが右手を胸に当てて宣言した。

「お断りいたします。ジェイクは侯爵家の立派な執事になってくださいませ、応援しておりますわ」

 当然のように却下したエレーナはにっこりと微笑んで、別の料理の乗った皿を引き寄せた。

(このお魚は何かしら⋯⋯うーん、スパイスが効いててすごく美味しいわ)

 年齢の問題がある為いつになるかわからないが、できるだけ早く侯爵家を出ていきたいエレーナは、ひとりで掃除するのに困らない程度の小さな家に住みたいと思っている。

 仮に資金に余裕があったとしても使用人を雇うつもりはなく、執事は勿論不要⋯⋯ジェイクでもそれ以外の人でも。


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