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第四章

10.煽ってたら、良いとこだけおじさんに取られた

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(やっぱり2人は親しくしてるのね。でも、それとミセス・ブラッツの暴走に関係はなさ⋯⋯出かける準備をする前に、ニール様のお名前を聞いた気がするわ)

『わたくしは⋯⋯ニール⋯⋯いえ、準備してまいります』

『⋯⋯すぐに相談⋯⋯失敗⋯⋯それと⋯⋯』

(アメリア様の事と自分の今後を心配しての台詞だと思っていたけれど、そうではなかったのかも)

 アメリアの後はニールが侯爵代理になると信じていての発言ならともかく、宮殿に着いた後のことをニールに相談した結果、ミセス・ブラッツが先ほどまでの発言をしているなら⋯⋯。

 ループ前、アメリアが亡くなって得をしたのはニール様だけ。養子縁組は解消されていたが婚姻は継続されていたから。


「先程からミセス・ブラッツは勘違いしているようね、家政婦長は上級であっても単なる使用人にしかすぎませんのよ? 一使用人の分際で、嫡子のわたくしへの口の利き方には注意なさい。
ニール様なら侯爵家に関するすべての権利を失っておられますから、使用人達に口を出す資格もありませんけれどね。
普段のミセス・ブラッツの言葉を借りるなら、使用人の『生殺与奪の権利』はわたくしが持っておりますの。その意味はお分かり!?」

 ランダムに出てくるループ前の記憶を整理しながら、ミセス・ブラッツを煽ってみると面白いように口を滑らせてくれる。

「ニ、ニール様はアメリア様の旦那様で⋯⋯それにエレーナ様のお父様ではありませんか! このような状況になれば、侯爵家を導いていかれるのはニール様しかおられません!」

「あら、ミセス・ブラッツのニール様崇拝は意外でしたわ。離れでひっそりとお暮らしになっておられるのだと思っておりましたのに、仲良くしておられるようで安心致しましたわ。いざという時は、ニール様のところで雇っていただけそうですもの。
そうそう、もしもの時の連絡をいたしませんと。アメリア様に気持ちよく過ごしていただく為に、ニール様には母屋から見える場所には行かないようお声をかけておくとか。最悪の事態が起きた時であっても、ニール様には母屋に足を踏み入れる権利はない事を確認しておくとか⋯⋯。
ニール様は書類上だけはアメリア様の夫ですわ。なんの権利もない形だけの夫ですけどね」

「ニール様は間違いなく侯爵代理となられますし、公国の事だってニール様の思いのままですわ! ニール様は全てを準備しておられますから、軌道修正なんて簡単にできるよう素晴らしいお考えをいつだってお持ちですもの。エレーナ様のような無能な小娘など不要! 後継にはターニャ様がおら ⋯⋯な、何がおかしいのよ。わたくしは⋯⋯」

 勢いに任せて言ってはならない事を暴露していたミセス・ブラッツは、突然くすくすと笑い出したエレーナを前に言葉を詰まらせた。

「やはりミセス・ブラッツは有能とは程遠いようですわ。ジョーンズさん、そうではありませんか?」

「それについてのご返答は後ほどにさせていただきます。ミセス・ブラッツ、どうやら詳しくお話を聞かせていただいた方が宜しいようですね」

 ほんの少し目の輝きが増えた程度にしか変わっていないが、ジョーンズは確実に⋯⋯小躍りしそうなほど喜んでいる。エレーナの煽りでミセス・ブラッツから必要な情報を手に入れる事ができたのだから。



 初めは⋯⋯ミセス・ブラッツの横柄な態度は、なんとしてでもアメリアの世話を担当し、有能さをアピールしたい為だと考えていた。

 宮殿の運営どころか局長の管理体制にも抗議し、しつこいほど『アメリア様に信頼されている有能な自分』だと連呼し『わたくしがお世話をする』と繰り返していた。

 強烈な勢いでゴリ押しされると、人は反論するより流される方が楽だと思いがちで『面倒だから聞いとけ』『やりたいならやればいい』となる事がある。

 それを狙ったにしては、しつこすぎてエレーナとジョーンズに疑われたが。

(屋敷の資金を横領しているとか、自分に都合がいい事だけを報告しているとかは確実にあると思っていたけど、まさかニール様のお名前が出てくるなんて⋯⋯)



「今回の落馬事故は、腑に落ちない点が多々ありまして。ミセス・ブラッツはこのまま宮殿の客室に留まっていただき、お話を聞かせていただかねばならないようです。
あれほどアメリア様のお世話をするのは自分しかいないと豪語されておられたのですから、なんの問題がなければそのように取り計らう事もできるかもしれませんし、ミセス・ブラッツにとっても都合が良いでしょう。
まずは、その優秀な口を滑らす能力を活かしていただいて、我々の相談に乗っていただけると非常に助かります」

「わ、わたくしの能力?」

「ご存知のように、私は数年前まで侯爵家で執事をしておりましたから、侯爵家の広さも管理の大変さも存じております。経験の浅い執事と2人⋯⋯いや、ミセス・ブラッツのお力で侯爵家は問題なく好き勝手にやってこれたのでしょう。その辺りのお話もお聞かせいただければと存じます。
ジェイク、ドアの向こうにいる衛兵に入ってくるよう伝えてきてください」

 ジョーンズの嫌味はいずれ確実に自分に飛び火する⋯⋯侯爵家で起きていた事の一端に気付いたジェイクは慌てて立ち上がった。

(ヤバいヤバい! ターニャってニール様の愛人の子だよな。ミセス・ブラッツの話振りだと侯爵家の乗っ取りじゃねえか! 公国が思いのままだの準備だの軌道修正だの⋯⋯叔父さんの口ぶりじゃ、アメリア様の落馬事故に関係してんのか!? 信じらんねえ、このクソババア!)

 咳払いした後、無意味に袖口のカフスを直したのは、ジェイクなりの気持ちの落ち着け方だったのだろう。若干顔が引き攣っているが、概ねいつも通りに見えるジェイクがドアを開けると4人の武装した衛兵が入ってきた。

(いつの間に呼んだのかしら⋯⋯多分、わたくしを捕縛しようと狙ってらしたのね)

 ジョーンズの甘言に乗せられたミセス・ブラッツが嬉しそうに『お待ちしておりますわ、うふふ』と微笑んで、衛兵と共に客室へ向かった。

 ドヤ顔のミセス・ブラッツが衛兵と共に目の前を通り過ぎると、ジョーンズと目が合わないようにしながらジェイクが席に戻ってきた。




「ないわ~、おばさんの『うふふ』に鳥肌が立ったよお⋯⋯はらほら、見てこれ。うう~、キモい!!」

「あれならあっさり吐くでしょうね。流石、腹の中はまっくろく◯すけのジョーンズ。良ければほんの少し前倒しで解剖させてもらいたいですね。
私は精神が肉体に及ぼす限界を知りたいと思っていまして、ジョーンズくらいの腹黒さならきっと面白いと思うんですよ、うん」

 表情が変わらない局長の言葉が(冗談なのか本気なのか見当がつかないが)局長のマッドサイエンティストっぽい発言に、ドン引きしたのはエレーナとジェイクだけだった。

(『ほんの少し』の言葉はどこにかかるのかしら⋯⋯『ほんの少し前倒し』と『ほんの少し解剖』⋯⋯後者の気がするのは気のせいかしら)



「さて、アメリア様に面会されますか? 因みに、後者で合ってます。最大のお楽しみは細く長く⋯⋯じっくりもいいですね、うん」

「では、ジェイクが腹黒に育ちましたら」

 穏やかな笑顔に似つかわしくない局長のお楽しみと、ジョーンズの意味深な台詞にジェイクが震え上がった。

(叔父さん、マジで怒ってる。ううっ、俺、終わったかも⋯⋯)


「あっ、その後エレーナ様を解剖⋯⋯じゃなくて、身体検査ね~。傷の手当てしなきゃだもん」

「新しいパンツを購買で買⋯⋯バフン⋯⋯すまん」

「くーまー! パンツじゃなくて、ドロワーズ! 擦り切れてないドロワーズを買ってこーい」

「あ、あの⋯⋯その話題だけは、やめていただけません?」

 グロい話で良いから、ほんの少し解剖したいのはどのパーツなのかを話題にしたい⋯⋯とにかくドロワーズから離れて欲しいと願うエレーナだった。






 アメリアは客室と見紛うほど豪華な部屋に寝かされていた。

 病室らしいのは薬草の匂いくらいしかなく、天蓋付きのベッドで柔らかい羽毛の布団に包まれたアメリアは、眠っているようにしか見えない。

(絵姿とは随分違ってらっしゃるのね。綺麗というより愛らしいお顔立ちで、本で見た天使のようだわ)

 頭に巻かれた包帯から覗くプラチナブロンドはシーツの上で光り輝き、頬には僅かばかりの赤みが差し、絹のような肌には傷の一つもない。落馬事故にあったとは思えない美しさのアメリアは、絵本に出てくるお姫様のようだと思った。

「脈も呼吸も正常で、今のところ変化はありません。脱水症状が出る前にお目覚めになられない場合、魔導士の治療術も視野に入れています」

 治療術には高度な魔法を使う技術と膨大な魔力が必要で、欠損以外の怪我を全て治せる程の力を持つ者は滅多に現れない。現在はひとりだけいると言われていたが、高齢の為数年前から施療は行なっていないという。

「現在活動している治療術師に確認したところ、頭部の怪我で意識喪失となると治療術がどこまで効果があるか不明だそうです」

 初めて身近に母親を見たが特に感慨にふける事もなく、ただ美しい人だと思っただけ。

(ループ前のわたくしとそれ程年が違わない感じがするわ。でも、本当は30代半ばくらいだったかしら。特別な方は歳を取らないって言うのは本当かも)

 ここにいても何もできる事はなく、医師や看護師に気を遣わせるだけ。早々に病室を辞したエレーナ達が少し前にいた部屋に戻ると、軽食が準備されていた。

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