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第一章 お花畑の作り方

03.国王にも上から目線なのは王国流?

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 コンコンとドアがノックされ、少しヤケクソ気味の声が聞こえてきた。

「エドワード王太子殿下、アーノルドです」

 エドワードの許可を得て部屋に入ってきたアーノルドは、ランドルフ王の政務を代行している官僚のひとりで、公の肩書きは側近。王家の遠い⋯⋯かなり遠い親戚にあたる、男爵家の長男。

『なんの伝手も持ってない俺でも優秀な成績で卒業すれば、家族を連れて他国へ移住できるかも! こんな国、捨ててやる』

 野望を抱き切磋琢磨していた学園時代に大臣に目をつけられ『懇願から恫喝、最後は脅迫』と言う流れでスカウトされて、王宮勤めをすることになった哀れな羊。

 彼の場合は、当時7歳だった妹を変態趣味の貴族の『養女』にすると脅されたが、王宮の主要部署で働く者の大半は、アーノルドと同じパターンで働かされている。

 それ以外は、懐を温めるのが得意な高位貴族と、他に仕事が見つからず渋々応募してきた下級事務官。

 イレギュラーで最も厄介なのは、他国から監視役として堂々と乗り込んで来た、働かない上級事務官で、彼等には大臣達も頭が上がらない。

 そこまでしなくては人が集まらない⋯⋯アルムヘイルの王宮は、低賃金で休みなしの過酷な職場に成り果てていた。

 そんな事など知る気もないエドワードは、至って呑気に彼等に雑用を言いつける。

『王宮で働けて嬉しいでしょ? 僕のこと手伝うのも仕事だから』

『僕は次の王だよ? 仲良くしてあげるから、宿題をしといてね』



(いつも忙しそうなアーノルドが、こんな時間に何しに来たんだ?)

 首を傾げたエドワードは勉強机に背を向けて、ペンを持ったままアーノルドの顔を見上げた。

「エドワード王太子殿下、ランドルフ陛下がお呼びです」

「えー、今からぁ? 困ったなあ」

 チラッと後ろを振り返り、参考書を睨みつけたエドワードが大きな溜め息を吐いたのは、彼が最も苦手とする語学の本だったから。

「見て見て、ほらこれ。明日までにしなきゃいけない宿題なんだけど⋯⋯僕の苦手なヘイラス語なんだ~。訳さないといけないのがあと何ページもあるんだけど、何が書いてあるのか全然わかんなくて、父上の話どころじゃないんだよね⋯⋯。
うーん、そうだ! もうすぐ夕食の時間でしょ? その時じゃダメなのか聞いてみて?」

 たとえ相手が父親であっても、呼び出したのは国の代表である国王。本来ならこのような返答はあり得ないが、エドワードとってはこれが通常運転。

 幼い頃からそれを許されてきて、なんの疑問も感じていないエドワードは、不満そうな顔で唇を尖らせた。

「申し訳ありませんが、すぐにお連れするように申しつかっております」

 陛下の側で長年働いているアーノルドが『単なる使いのはずがない』と気付かないエドワードはペンを机に放り投げ⋯⋯。

「あ! じゃあじゃあ、話が終わった後でいいからアーノルドが宿題を手伝って! 国王の側近ならヘイラス語なんて余裕だよね?」

 眉間に忍び寄る皺を必死で押し留めながら、無理やり笑顔を浮かべたアーノルドが首を横に振った。

(ざけんじゃねえ! こちとら忙しいんだよ! 甘えん坊の駄々でメッセンジャーなんかさせられて、仕事を中断して来てんだぞ!? 残業代も払えねえくせに、何呑気なこと言ってんだよ! だいたいヘイラス語なんて一番分かりやすい言語じゃねえか!!)

 この国で必須の履修言語と言われているヘイラス語は、王族と高位貴族なら一番初めに覚えるもの。

(それを9歳で大変!? 頭沸いてんじゃね?)

 国の財政が傾きはじめてから、王家に仕える者達の不満は増える一方。

 人員整理で仕事量は増え続け、それに反比例して給料は下がるばかり。先日の議会では残業代カットが決定した。

「はぁ、仕方ないねぇ。父上のお願いだから行ってあげるよ。帰りにヘイラス語が得意な事務官を探すしかないかぁ」

 あくまでも能天気なエドワードは上から目線の返事に加え、哀れな羊⋯⋯事務官を見つけると豪語。

(コイツは本気で言ってる。間違いなく本気で俺らに押し付ける! 事務官全員に注意勧告してこねえとな)



 エドワードを私室に呼び出したランドルフ王が、ジュリエッタ王妃と並んでソファに座っているのはいつも通りだが、青い顔をしているのは珍しい。

 不思議に思い後ろを振り返ったが、とっくの昔にアーノルドは姿を消していて誰もいない。

(無理矢理呼んだのにそのままいなくなるなんてマナー違反じゃないかなぁ⋯⋯父上はお優しいから許してるけど、僕の側近が決まったら『ちゃんと最後まで仕事するように』って教えてあげなきゃね)

「エドワード、こちらに来て座りなさい」

 ジュリエッタ王妃と手を繋いだまま、目をキョロキョロさせている挙動不審なランドルフ王と違い、ジュリエッタはいつも以上に美しい笑みを浮かべている。

「エドワードの好きなお菓子を準備しておいたの。さあこっちに来て、お母様に可愛いお顔を見せてちょうだいな」

 メイドが淹れたお茶と大好きな甘いお菓子でほっこりしつつ、エドワードは何人かの事務官の顔を思い浮かべていた。

(ヘイラス語が得意なのは⋯⋯タイニー⋯⋯いや、マクセルの方が良いかも。ネッドならついでに算術の宿題も頼めるのかな?)

 名前をいくつも並べているが、事務官の職種や得手不得手を知っているわけではない。

 なんとなくかっこ良くて、優秀そうな雰囲気を漂わせているだけのポーズ⋯⋯この辺りは間違いなく母親譲り。

「えー、ゴホン! きょ、今日呼び出したのはだな⋯⋯あー、エドワードに大切な報告があって⋯⋯その⋯⋯王太子としての大切な任務? 責務と言うか」

「大切な報告って? あ! 王太子としての仕事!? まだ9歳だけど、僕なら仕事くらい出来そうだなぁって思ってだんだよね~。で、どんな仕事? 外交なら(語学が得意な)事務官さえつけてもらえたら大丈夫で⋯⋯お金のことは数字がちょっと苦手だけど、事務官がやるから問題ないし。
出来ればふく⋯⋯福祉? からはじめたい! 孤児院とか修道院とかに行くやつ。王太子の顔を見せてあげるだけだから超楽ちんで、王家のイメージアップは間違いないし。
まさか法務部とか予算とか言わないよね。いくら僕でもそれはちょっとなぁ⋯⋯あ、やれと言われたらやるけど」

「ふふっ、流石わたくし達の息子だわ。まだ9歳なのにこんなに色々考えているなんて。優秀な王太子がいるこの国の未来は安心ね。
お利口さんにはご褒美のプレゼントをしなくちゃ⋯⋯馬はどう? 確かもっと早く走れる馬が欲しいって言ってたでしょ?」

 エドワードに向けて『貴方には無理です。まずは割り算と、立場に合わせた言葉遣いを覚えて下さい』と現実を教える者も、ジュリエッタに向けて『優秀な息子⋯⋯妄想です。それに趣味で乗る馬を買う金はありません』と説得する者もいない。

 夢膨らむエドワードの妄想を、ニコニコと聞きながら『すぐにでも馬の手配を』と言い出したジュリエッタの横で、ランドルフは益々顔色が悪くなっていった。



「せ、先日の議会でな⋯⋯えーっと、其方の婚約者候補が⋯⋯か、確定したわけで⋯⋯うん」

 エドワードが『両親のような大恋愛で妃を決める』と言い続けているのは有名な話。

 政略で婚約が決まったのを本人に伝えるのは、『大臣の誰かが適任のはずだ!』と駄々を捏ねたランドルフだが、全員から断られて今に至る。

「⋯⋯今なんて? 聞き違いだよね、それって政略結婚ってやつでしょ?」

「いや、聞き違いでは⋯⋯聞き違いではない。相手はその⋯⋯一つ年下のビルワーツ侯爵家長女でエレーナと言う」

「⋯⋯うーん⋯⋯えーっとぉ、会った覚えもその名前を聞いた記憶もない⋯⋯つまり、どっかで僕を見て婚約者になりたいって言ってるって事!? 我儘な令嬢だなあ。
まあ⋯⋯僕に一目惚れとかは理解はできるけど。僕はグイグイくるタイプの令嬢は苦手なんで断ってね。
婚約者は自分で選ぶって伝えたらいいよ」

 エドワードの予定は父のように『ある日突然運命の人に出会う』ことなので、政略も申し込みも断然却下の案件でしかない。

 しかしこの縁談は、得をするのは王家だけで令嬢側には損ばかりの話だが、ランドルフ達がそれを口にする事はない。

(ビルワーツから話を持ってきたと言って、大臣達が大喜びで騒いでおったのだ。エドワードが『うん』と言わねば、来月からワシの予算をゼロにされてしまう⋯⋯国なんぞよりワシの『存亡の危機』が迫っておるのじゃ!)



「王家に産まれた者は皆、国の為に役立つ婚約者を選ぶ。その程度の事を知らぬわけではなかろう?」

「勿論知ってるけど⋯⋯父上と母上は政略で結ばれたわけじゃないじゃん? 僕も父上達みたいな真実の愛を見つけるって決まってるんで!」

 いつも通り両親は仲良く並んでソファに腰掛けている。向かいに座っていたエドワードにとって、2人のその様子が理想なのだから、ここは絶対に譲れない。



「既に議会で決まった事。それにな⋯⋯今は『真実の愛』だとか、そのような悠長なことを言っておる場合ではないのじゃ。其方の妃の選定には、国の存亡がかかっておると言っても言い過ぎではない。
その程度の事も分かっておらぬなら、王太子教育をやり直さねばならんな」

 ランドルフは偉そうに高説を垂れたが、全て議員達からの受け売り。

 国王として毎回議会に出席させられるが、何を話しているかなど殆どわかっておらず、お客様状態で終わるのが普段のルーチンで⋯⋯国王らしく時折鷹揚に頷きながらあくびを噛み殺し、最後に『皆、忙しい中ご苦労であった』と言うのが唯一の仕事。

 ただ座っていたずら書きに勤しんでいただけなのに、今回は『エドワードの説得』と言う大役を押し付けられた。

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