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第三章 

01.激震が走ったアルムヘイル王国

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 アルムヘイル王国の東に位置するビルワーツ侯爵領は、ディクセン・トリアリア連合王国と隣接している。

 アメリアが『傷物令嬢』と呼ばれかけた婚約者交代劇の翌年、15歳になったアメリアは王家との繋がりを避け、王都の学園ではなくオーレリア国の学園に通った。

 その後、大学で3年で過ごしたアメリアが領地に帰ってきた。

『お父様、お母様。ただいま戻りました。これからは領地の為精一杯頑張ります!』

 まだ幼さの残っていた顔立ちが母に似た大人の美しさに様変わりしたアメリアは、少し恥ずかしそうに頬を赤らめ、眩しそうに目を細めた父に飛びついた後で母とも固く抱き合い、手を繋いで久しぶりの我が家に入って行った。

 建築当時の面影を残す古い屋敷には、アメリアの大切な思い出が詰まっている。

『さあ、これからは領地と領民の為に頑張らなくちゃ!』



 ランドルフ王太子22歳、キャロライン王太子妃28歳。タイラー第一王子は5歳、王子教育がはじまる日程も決まり、王宮内には明るい笑顔が増えていた。

 ジュリエッタはいまだ王太子妃教育が終わらず、王宮での立場はお客様状態。所謂愛人の位置にいるが、ランドルフとの真実の愛はいまだ健在。

 王国は順調に改革が進み、マクベスも王の風格が漂いはじめた。

 ランドルフとキャロラインの成婚直後、ビルワーツ侯爵家が貸付金返済を10年間据え置きにした為、税収が大幅に上がった事も改革の追い風になった。

 但し、返済の延期はキャロライン様が王家に留まる間のみとされているが。



 事態が大きく動いたのそれから3年後、アメリアが24歳の時。

 アメリアは1年前に遠い親戚から婿を迎え、父と一緒に領地を走り回る日々を送っていた。



 斬首が決まっていたエロイーズは、取り調べが終わってから何度も刑の執行が議題に上がったが⋯⋯。

「5年前に皇帝の指示で第二皇子の謹慎が解けております」

 皇帝からの懇願と帝国内の貴族からの圧力で第二皇子の謹慎が解かれ、今は皇太子の下で政務を手伝っているという。以前のような武力頼りの発言はなくなったが、彼の元に集うのは前と変わらない面々。

「元王妃の処刑は危険かもしれませんね」

「以前は不干渉だと仰られましたが、果たして今の時点で何と思っておられるか⋯⋯」

 念の為調べてみると暴虐魔女エロイーズは婚姻後も今も帝位継承権を持ったままだと判明。帝国法では⋯⋯。


【皇帝の同意なく他国の統治者と結婚した者は継承権を喪失する】


 婚約者交代劇の直後は『どのような処分になっても不干渉』『エロイーズ達が国境を超えた場合、即処刑』と言っていたが、果たしてそれが今でも有効なのか。

 処刑は当然だと言っていた議員達の顔が、不安に曇りはじめた。

「帝国の動きを鑑みるに、皇位継承権を持つ者を処罰するのは、将来に禍根を残す可能性がある」

 長い間傍若無人に振る舞った元王妃は、今もなお北の塔に幽閉されている。



 ランドルフを廃太子し、8歳のタイラー第一王子を立太子するべきだとの声がちらほらと聞こえはじめ、マクベス達は頭を悩ませはじめた。

「廃太子は決まっておる。25にもなって、いまだ政務の一つも任せられんのだからな。問題は廃太子した先のこと。あの様子では領地を任せても、領民を苦しめるだけにしかなるまい」

 今までランドルフが廃太子されなかったのは、その後の身の振り方が決まらなかった為。

「市井に落とすわけにはいかず、領地も任せられん。一代限りの爵位と屋敷⋯⋯年金の支給と言うところか。帝国へ文を飛ばし、元王妃の処遇と併せて問い合わせよ⋯⋯後からあれこれ言い出されぬよう、言質をとらねば」

 レイモンド・ビルワーツ侯爵が渡した魔導具の親子鑑定で、マクベスとランドルフに血の繋がりはないと判明していた。その一方で王家の血を持つキャロラインの息子、タイラー王子は王家の血を持っていると認められている。

「混乱を防ぐ為には、魔導具による鑑定結果を公にするべきでしょう。ランドルフ殿下を傀儡にして、国を牛耳りたい過激派が騒ぎ出しかねません」

 今は『不干渉』だと言っているが、ランドルフとメアリーに皇帝の血が流れているのは間違いなく、血生臭く些細な事を根に持つ帝国の性質を考えると、扱いは慎重にならざるを得ない。

 帝国からの返答を待ち、内容次第では廃太子とした後帝国へ送ると決めた。

(野に放つと何をしでかすか分からん彼奴エロイーズだけは、帝国へ送らず処刑してしまわねば⋯⋯)



 その動きの中でアルムヘイル王国の北にあるクレベルン王国が、ランドルフに近付いてきた。

 クレベルン王国はアルムヘイルに侵略戦争を仕掛けてきた過去を持つ大国で、アルムヘイル王国が困窮するきっかけとなった因縁の深い国だが、廃太子を回避したいランドルフはあっさりと手を組んでしまった。

 それがクレベルン王国の掌の上だとも知らず⋯⋯。

「帝国の青き血を持つランドルフ王太子殿下を蔑ろにされるなど、王国は実に見る目がない」

「我が国の力があれば、母君様をお助けすることも出来ましょうぞ」

 秘密裏にやって来たクレベルン王国の使者ハントリー侯爵に、あっさりと籠絡されたランドルフは、マクベスの弑虐を依頼、その代償としてクレベルン王国と隣接する領土を譲ると申し出たが⋯⋯。

「ランドルフ殿下を虐げた王と一緒に、あの忌々しい侯爵家を潰すのは如何ですかな? ディクセン・トリアリア連合王国の知り合いが、手を焼いておりますのじゃ」

「では⋯⋯とうとう鉱山が俺のものになるのか!?」

「ほーっほっほ! 流石に全てとはなりませんなあ。3カ国で分け合いましょうぞ、さすれば皆が幸せになります。全てお任せあれ」

 ランドルフがクレベルン王国の手の者と会っていたのは、すぐにマクベス達の知るところとなったが、ディクセン・トリアリア連合王国の情報が入らなかったのが致命的だった。

 しかも、狡猾なクレベルン王国は長い時間をかけ王国に入り込み、ランドルフを傀儡の王に仕立て上げ、漁夫の利を貪りたい国内の過激派を手駒にしていた。

「クレベルン王国の者は見つけ次第拘束して取り調べよ! ランドルフの監視を増やせ。必ず証拠を手に入れるのだ(クレベルン王国が動く前に見つけねば)」



 国の至る所で起きた国内の過激派による暴動が事のはじまり。

 爆薬や銃器などを大量に使用して各地の公共施設を破壊。地元の自警団では追いつかず国に支援依頼が届き、第二騎士団の一部と第三騎士団が出動する事になった。

 ランドルフに一切の情報を与えないクレベルン王国は少人数で暗躍しており、尻尾が掴めないまま各地の戦闘は激化。

 それと同時に、国境線にクレベルン王国の兵が大量に集結しはじめたと王宮に知らせが入り、マクベスは国境線に兵を送らねばならなくなった。

(とうとうはじめおった⋯⋯このままでは国が終わる、くそっ!)

「第二騎士団の残り全てと第一騎士団の半数を送る」

「それでは王都の守りが! 第一騎士団は王都に残さなければ危険すぎます」

 大臣や宰相が異議を唱えたが、アルムヘイル側の兵は圧倒的に足りない。

「このままでは間に合わぬ。国境まで一週間で到着可能な領全てに出兵を要請し、準備出来次第国境に向かわせよ!
総指揮官は第一騎士団ハミルトン大将、他の者は各部隊長の指示に従え」

 この数年で飛躍的に練度が上がり兵の数も増えてきた騎士団だが、国内と他国の侵略が同時に起きては手が回らない。

 領主も自領に兵を割かねばならず、国の指示に従える余裕のある領は少ない。




「お父様は国境に向かわれるのですね?」

「ああ、ケビンの部隊とディックの部隊を連れて行く。マーカスの部隊はセレナと共に王都へ向かわせる」

 ビルワーツ侯爵家の兵の中でマーカス部隊が最強だが、ケビンとディックの部隊も練度は高い。

「このままでは王都が手薄になる。第一騎士団の半数と衛兵だけでは王宮⋯⋯マクベスを守りきれないからな」

(クレベルン王国とランドルフの狙いはマクベス、兵を分散させ手薄になった王宮を狙うはず)

「マーカスだけでは陛下の元に辿り着くまでに時間がかかりすぎるが、セレナがいればすぐに謁見が叶う(危険な王宮にセレナを行かせるのは不安が大きいが、人も時間も足りん)」

 そう判断したレイモンドは、主力部隊をセレナに託し王都に向かわせることにしたのだが⋯⋯。



 マーカスがレイモンドと別行動で、セレナと同行すると聞いたアメリアは不安を覚えたが、妥当な選択だと思うと何も言えない。

「ディクセン・トリアリア連合王国は新しく就任した現王との話し合いが済んでいるが、奴等は一枚板じゃないからな。まさかという事態もあると念頭に入れておくように。
オリバーとルイの部隊が残るが手薄になるのは間違いない。いいか、絶対に無理はするな。オリバー、お前が今回の総指揮を取れ。ルイはその補佐、いざという時は領民の安全を最優先しろ」

「はい! お父様もお気をつけて。ご武運をお祈りします。お母様、ご無理をなさいませんように。無事のご帰還をお待ちいたしております」

「アメリア、領地の事は任せました。オリバーやルイと連携をとり、次期当主として領を守り抜くのですよ。アメリアならできると信じています」

「はい、信頼に応えられるよう頑張ります。お母様、どうかお気を付けて。アップルパイを焼いてお待ちしています」

「ふふっ、それは楽しみだわ。美味しい紅茶と一緒にいただきましょうね」



 騎馬で出発したレイモンド達の次にセレナ達が王都へ向けて出発した。後に残されたアメリアはオリバーやルイと共に、少なくなった兵の配備と武器や兵糧の見直しをはじめた。

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