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第一章 お花畑の作り方

01.脳内お花畑が育つにはそれなりに理由がある

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 アルムヘイル王国の第二王子として産まれたエドワード・アルムヘイル。

 5歳と言う幼さで王太子に任命されたのは『エドワードが優秀だから』だと公表されているが、本当の理由大人の都合は他にある。

 祖父はマクベス・アルムヘイル。
 祖母はエロイーズ。

 父はランドルフ。
 母はジュリエッタ。
 父の妹、叔母はメアリー。
 妹はアデル。
 
 第一王子のタイラーは、ランドルフとキャロライン元王太子妃の子。

 その他に、母の庶子チェイス・ダンビールが離宮でひっそりと暮らしている。



 両親から目に入れても痛くないほど可愛がられてきたエドワード第二王子は、物心がついた時から『次代の国王』だと言われ続け、本人的にもすっかりその気になっている、天真爛漫お花畑能天気おつむの軽い少年に育った。

 多くの使用人に傅かれ『見目も良く頭脳も一級品な王子』だと褒めそやされてきたが、両親も本人もお世辞だと気付いていない。

 子供の育成に大きく影響するのは最も身近にいる家族だが、使用人に囲まれて育つ王族であってもそれは変わらない。



 エドワードの情緒に大きな影響を残した内のひとりは、間違いなく祖母のエロイーズだろう。エドワードの為人を理解する為には、エロイーズの生き方や考え方を知る必要がある。

 エロイーズは、ザンダリス帝国の第一皇女として生まれ、父の愛情を一身に受け⋯⋯本人曰く『自由を愛する皇女』で『時代の最先端をいく皇女』を御旗に掲げていた非常に有害な皇女だった。

 成人に達する前から自由気儘に恋愛を(本人的には)楽しみ、己の欲望のままに行動する迷惑極まりない皇女として、国内では特級の危険生物に認定されていたが、それを知らないのは本人と父親のみ。

 妻帯者であろうと婚約者がいようと、気に入れば堂々と奪い取り、人の目など気にしない。

『魅力が足りないんじゃないかしら? わたくしの方が良いみたいよ。おーっほっほ』

 時代を先取る女には、古めかしい制約など無用の長物だと言い切り、周りの意見や抗議などどこ吹く風。

 恋愛以外でも、欲しければ誰の物でも気にしない。皇女の身分や父王の威光をちらつかせて強引に奪い取る。飽きれば捨てる、気に入らなければ壊しても構わない⋯⋯傍迷惑を超えた悪魔のような第一皇女のポリシーだった。

 なんとも恐ろしい女性に育ったが、この性格は脳筋の父親譲り。

 父王は難しい事を考えるより、武力でねじ伏せて国を大きくしてきた。

 それを見本に、難しい事を考えるより権力でねじ伏せて、欲しい物や人を手に入れてきた皇女。

 父王が自分に似た一人娘を必要以上に可愛がったのは、武力全振りの父親を反面教師とした第一皇子への反発もあったが、兎にも角にも究極の暴虐皇女が出来上がった。

 本人と父王的には幸せ一杯夢一杯だが、周りにしてみればこれ以上ないくらい迷惑極まりない皇女で、一番の被害者は兄である第一皇子だった。

 父である皇帝の武力・権力をフルパワーで利用し、欲望のままに突っ走る皇女と、それを『娘の些細な我儘』だと許す父。

 皇女や皇帝に文句を言うなど恐ろしすぎる⋯⋯となると、苦情も後始末も全て第一皇子にやってくる。そんな生活を何年も続けさせられた第一皇子から、エロイーズが蛇蝎の如く嫌われたのは、当然の結果だろう。

 因みに第二皇子もいるが、彼は完全な日和見主義を貫いている。 股座膏薬またぐらごうやくでのらりくらりと危険も面倒ごとも回避し、いるのかいないのかもわからないくらいに存在を消すのが一番の得意技。

 人的被害と金銭的被害を一身に押し付けられる第一皇子にとって、家族は全て敵と言っても間違いない状態が何年も続いていた。



 皇女が22歳になった頃には、当然の事ながら周りの令嬢は皆結婚して子供もいる。

『え? わたくしって行き遅れなの?』

 遊び尽くしたから『妻』になれば気分が変わる⋯⋯と思ったと言う噂もあるが⋯⋯今更ながら慌てはじめた。

 皇女の婚約者選びの夜会が開かれると言う噂が流れた途端、婚約者に相応しいと思えるような子息は全員逃げ出⋯⋯体調不良で出仕を取りやめた。残っているのは年寄りか曰く付きの男ばかり。

 そんな異常事態が起きているとは思わず、皇帝主催の夜会にのこのことやって来た獲物⋯⋯生贄⋯⋯招待客のひとりがアルムヘイル王国のマクベス王太子だった。

 頭も見目も良いがいかんせん気が弱い。極貧国に生まれ育ち、貧乏生活に慣れ過ぎた弊害か忍耐力ばかり身について、強気で行動されると標本にされた虫の如く起動停止する癖がある。

 皇女より7歳下の15歳のマクベス王太子は、贅を尽くした宮廷に茫然自失となり、大人になりかけの危うい魅力を無意識に振り撒いていた。

『貴重な生き物⋯⋯獲物発見!!』

 一目惚れした皇女は帝国の国力を使って、婚約をゴリ押ししはじめた。

 極貧国だったアルムヘイル王国にありとあらゆる支援を約束し、『駄目なら国を潰してやるぞ』と明確な脅しも追加してしまえば、後はなし崩しで婚約成立まで一直線。

『(エロイーズの過去がバレる前に)縁組を成立させよ!』

 皇帝の号令に臣下一同が全力で、支援策を講じたのは言うまでもない。

 アルムヘイル王国の王太子には、幼い頃に決まった仲の良い婚約者がいたが⋯⋯皇帝も皇女も『そんなもの知った事か! 慰謝料くらい払ってやる』と宣った。

 アルムヘイル側はと言うと、表向きは『傲慢さでは似たもの親子』だと顔を顰めながらも、極貧国の前にぶら下げられた大量の人参に涎⋯⋯支援金は美味しすぎる。

『王太子殿下、これは国の為ですぞ!』

『我が国を救う最後のチャンスです』

 国王は病に倒れ、孤立無縁だったマクベス王太子の言葉など誰の耳にも届かず、人柱⋯⋯婚約が成立してしまった。



 ザンダリス帝国第一皇女がアルムヘイル王国王太子妃となり、極貧国は瞬く間に富裕国の仲間入りを果たしていくはずだと浮かれる官僚達。

 エロイーズの性格は相変わらずだったが、国が抱える問題を解決する立役者のひとりだと言われ、大絶賛されて輿入れを果たした。

 そんな考えが『机上の空論』だったとバレるのは意外と早かったが⋯⋯。



 契約された支援金が支払われ、皇帝が我儘なエロイーズ王太子妃の望むままに、惜しみなく追加の援助をしてくれたこの頃が、アルムヘイル王国の(財政的には・唯一の)全盛期だっただろう。

 資金以外にも、技術者や執政官まで送り込まれるようになり、アルムヘイル王国は実質、帝国の属国に成り下がっていった。それに気付いた者は王家から距離を取る者と、媚び諂い中抜き・脱税・収賄・酒池肉林に溺れる者に分かれていった。

 帝国の支援で経済は少しずつ回りはじめると同時に、エロイーズ王太子妃が暴走しはじめた。

『口煩いお兄様第一皇子がいないなら、わたくしの天下じゃない!!』

『王妃がいないこの国では、王太子妃であるわたくしがトップなのよ!』



 我儘も癇癪もつまみ食い 浮気 も⋯⋯全て赦すしかないという諦めが蔓延する中で、一男一女が誕生した。

 エロイーズの子供であるのは間違いないが、一目惚れしたはずの夫マクベスとは似ても似つかない子供達。

『ええっとぉ⋯⋯生命の神秘! 隔世遺伝に違いありませんね』

『何代か前の王や王妃まで遡って調べ尽くせばきっと⋯⋯多分⋯⋯どこかにこの色や顔立ちが隠れているはず!』

『ううっ! お、王家の血を紐解かず帝国の支援に比重を置くべき⋯⋯無念!』

 見ざる言わざる聞かざる⋯⋯支援を打ち切られるのは絶対困ると、一致団結した貴族達に、マクベスはまたも押し切られてしまった。

 そして、我が世の春を満喫し続ける暴虐の魔女エロイーズが産んだ無能な穀潰しランドルフ第一王子が立太子し、脳内お花畑エドワード達が産まれることとなる。




 散財・豪遊・暴挙を繰り返し、多額の支援金も喰らい尽くすエロイーズ王太子妃は、息子のランドルフを猫可愛がりし、ありとあらゆる贅沢と我儘を愛でる。

『たかが子供の些細な我儘じゃないの!』

 その姿は皇帝がエロイーズを溺愛するのとそっくりで⋯⋯エロイーズを崇拝するランドルフは、自己中で無責任な男に育ち、息子をも洗脳していった。

『エドワードのお祖母様はこの国を救った偉大な方なんだよ』

『とても素晴らしいレディなんだ』

 素晴らしいレディ悪魔は長い間、北の塔に幽閉されているが、幼いエドワードには『お祖母様はあの場所がお好き』なだけだと刷り込みもかかさなかった。



 大好きな祖母の裏の顔や、しでかしてきた過去を知らないエドワードは、父から聞かされる事実無根の話を信じたまま⋯⋯エロイーズに会いに行っては昔話をねだった。

『エドワードの曽祖父様はね、強くて優しい方だったの』

『武力で帝国をまとめ上げ、誰よりも尊敬され⋯⋯史上最強の王だったわ』

 祖母から数々の逸話込みで聞かされて育ったエドワードにとって、曽祖父は英雄や伝説の勇者に等しい。

『エドワードは曽祖父様の血を受け継いでいるから、きっと素晴らしい国王になるわ』

『この国をザンダリス帝国に負けないくらい立派な国にできるわ。帝国の現王など捻り潰しておやりなさい』

『ザンダリス帝国とアルムヘイル王国を併合して、アルムヘイル帝国に。エドワードならできるわ』



 祖母の言葉は呪詛か祝福か⋯⋯いずれにせよ、幼いエドワードの心に深く深く刻みつけられた。

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