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結婚記念日

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八月

ーーーーーー

「アイラ様本日の夕食はいかがなされますか?」
「今日? いつも通りで良いのだけれど? 何か予定でもあったかしら」
「今日は8月12日。2年目の結婚記念日でございます」

 朝から執務室に篭りっきりのアイラに、執事のウィルソンが声をかけた。

 侯爵家三男のデイビッドと結婚して2年。滅多に帰ってこない彼との結婚記念日を、アイラはすっかり忘れていた。

「覚えていてくれてありがとう。夕食はいつも通りで構わないわ」
「かしこまりました」

 ウィルソンの折角の声かけを無駄にしたことに、僅かばかり罪悪感を覚えた。

 ウィルソンは仕事ばかりしているアイラに、少しでも気分転換させたかったのだろうが、その為だけに料理長に手間をかけさせるのは申し訳ない。

 去年の夏は冷害で、作物の収穫量が激減し、地代や人頭税の軽減と併せて農家への支援を行った。

 冬も例年にない大雪に見舞われ、道路の補修工事や不足した食料品の手配など、休む暇もないほどの忙しさだった。

 今年は天候に恵まれ、順調に作物が育っている。
 お陰で少しばかり時間の余裕が出来たので、久しぶりに遠乗りにでも行ってみようか。

 お昼休憩をはさみ、引き続き請求書の確認をしているとノックの音がして、再びウィルソンがやってきた。

「失礼いたします。旦那様がお帰りになられました」

「デイビッドが?」
「はい、左様でございます。ただ、女性の方をお連れになっておられて」
とても言いにくそうに告げた。

「今どちらに?」
「応接室にお通しいたしました。紅茶をお出しする様指示しておきましたが、宜しかったでしょうか」

「ありがとう。直ぐに行きます」


 デイビッドの久しぶりの帰省に、驚きながら席を立った。
 最後に会ったのはもう2ヶ月前、デイビッドが飛び出していったあの日だ。

 応接室に入るとデイビッドと派手なドレスの女性が、並んでソファに座っていた。

 デイビッドの手は女性の腰に回っており、にやにやと嫌な笑いを浮かべている。

「お久しぶりです。今日はどうされましたか?」アイラは平静を装い話しかけた。

「自分の家に帰ってきただけなのに、相変わらず感じの悪いやつだな」

「失礼しました。この2ヶ月お戻りではなかったので、少し驚いてしまいましたの」

「まぁいい、ブリジットの部屋を準備しろ。広くて陽当たりの良い部屋を」
「まだご紹介も頂いておりませんが、どちら様でしょうか?」

 その女性はデイビッドにしなだれかかりながら、アイラを睨みつけていた。

「義妹のブリジットだ。去年父上が再婚しただろう。ブリジットは母上の連れ子だが、俺の大切な家族だからな」
と言いながら今度は肩を抱いている。

(義妹にしては随分と距離が近そうだけど)

「初めまして、アイラと申します。客間の準備なら出来ていると思いますが、確認して参りましょう」

「客間じゃなくて、ちゃんとした部屋を準備しろよ。
大事なブリジットを、客間なんかに泊められるか。
これからブリジットはここに住むんだからな」

「仰っている事の意味が分かりませんが。
暫く此方にお泊まりになると言う事でしょうか?」

「ブリジットは俺の家族だと言っただろう。そうだ、お前の部屋をブリジットの部屋にしよう。
あそこが一番広くて、陽当たりが良かったはずだ」

「アイラさんって仰ったかしら、もうすぐ私の荷物が届きますの。
なるべく急いで下さらないかしら」

「ブリジットは長旅で疲れているから、直ぐに休ませてやらないとな」

「お兄様、ずっと田舎道で埃っぽくなってしまったわ。
荷物が届いたら直ぐに、湯浴みをしたいの」
と、上目遣いでデイビッドを見つめている。

 デイビッドは相好を崩しながら、
「そうだね、折角のブリジットの美しさが台無しだ」

「あら、私そんな酷い格好をしています?」
「とんでもない、いつもと変わらずとても綺麗だよ。湯浴みをして着替えたら、もっと素敵になる」

「ふふ、お兄様ったら本当にお口がお上手ですこと」

 今にも抱き合いそうな程、顔を寄せ合い笑いあっている2人にアイラは呆れた。 

「客室でないなら、少しお時間を頂きませんと。それと私の部屋をお使い頂くわけには参りませんわ」

「全く役立たずだな。部屋の準備もできてないとは。毎日暇にしているくせに、屋敷の管理くらいきちんとしておけよ」


 帰ってきた途端、とんだ無茶振りだと呆れ返りながら、アイラは応接室を出た。
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