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98.ハードすぎるおねだり

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「で、シャーロットにお願いがあるの」

 王妃の話はかなり時間がかかりそうだと予想したエカテリーナが合図をすると、子供達を連れた乳母達が退出した。

「わたくしにできることなどほんの僅かでございますので、お手伝いできることがあるとも思えませんが。いったいどのようなお話でございましょうか?」

 慎重な答えを返したシャーロットの横でジェロームが僅かに目を細め、アーサー達も警戒を強めた。

 シャーロットには公爵領の経営があり幼い赤ん坊もいる。

(シャーロットは頼まれると弱いところがあるから、内容によっては俺がキッパリと断ってやる)


「アーサーもジェロームもそんな怖い顔をしなくて大丈夫よ。三ヶ月後に六カ国会議があるのは知っているでしょう? そのレセプションパーティー用のドレスとアクセサリーのデザインをお願いしたいの」

「今回の開催国はオドニアス帝国ですわね」

 一見すると何気なく呟いた風に見えるエカテリーナだが、全員の頭は高速で回転しはじめた。

 旧フォルスト領の港に入り込んでいた帝国の犬はエカテリーナが退治し、軍備を増強したアーサーが目を光らせている。

「そう、ソルダート王国の唐変木リチャード元王太子も参加するわ」

 愚かな騒ぎを起こしただけで何の役にも立たずに帰って行ったリチャード元王太子だがあれから暫くして国王に即位した。

「母親は元王妃だから実家の公爵家の力で円満に即位はしたんだけど、あの程度の男でしょう? 評判は最悪でソルダート王国は第三王子を支持する声が強まってるの。
そのせいだと思うんだけど、唐変木が帝国と手を結ぼうとして使者を送ったっていう情報が入って、我が国としては黙認しているわけにはいかなくなったの」

 正確には帝国の使者に唐変木リチャード国王が返事を返したのだとモルガリウス侯爵家の諜報部から連絡が上がっている。
 港からの侵略を諦めた帝国がソルダート王国を巻き込んでエルバルド王国を潰す算段をはじめたのだろうと予測している。

(モルガリウスとして協力するのは当然の事だが、シャーロットに何をさせるつもりだ?)


「⋯⋯お話は分かりましたが、それとわたくしなどのデザインが関係するとは思えません」

「帝国はこの国を文化の遅れた愚かな国だと言っていて、唐変木も同調しているのよ。ほとんどの国が同じ意見を持っているから、今回の会議で六カ国に居座る時代遅れのエルバルド王国を締め出すよう働きかけるつもりらしいの」

 武器商人の国メイラード王国への足掛かりにエルバルド王国を手に入れたい帝国とソルダート王国が手を組めば、厄介な事になるのは間違いない。

(現在進行形で他国を侵略している帝国はソルダートを担ぎ上げてエルバルドを国際社会から弾き出そうとしてる。手始めに六カ国から外して輸出入に大打撃を与えるつもりだろうな)

 他国とは異なった特殊な文化で暮らしてはいるが、他国から非難されるような瑕疵があるわけではない。エルバルド王国を貶める為に『文化の遅れた後進国』だと嘲笑するところからはじめるといったところか。

 その上で何かしらの経済問題でも捏造してあげつらえば、国は簡単に孤立するだろう。

「⋯⋯わたくしには帝国の持つイメージを変えさせるほどの力はございません。専門家や職人に手解きをしていただいた事があるわけでもございませんし、素人が僅かな知恵を絞っている作品ばかりでございます故そのような大役は分不相応かと存じます。
どうか専門職の方々にお声がけしていただけませんでしょうか?」

 鎧鼠復活に王妃が溜息をついた。

(そう言うと思った。でも、今回はどうしても固定概念とは無縁のシャーロットのデザインが必要なの。それにどこからか分からないけれど、この国の誰よりも最新情報を手に入れてるみたいだし)

「この国のデザイナーはありきたりのものばかり。技術に問題があると言っているわけではないの、目新しさがないだけ。
他国と違って貞淑さを求めすぎたばかりに、小さく纏まってしまったと言えばいいかしら。遊び心とか冒険心とか⋯⋯そう言うものをどこかに捨ててしまったみたい」

 上品で淑やかなドレスは慎み深く優雅だが、 周囲の国の流行に比べると華やかさに欠けて窮屈に見えるかもしれない。

「確かに、シャーロットの独創的なアイデアがあれば王妃殿下に注目を集めることはできるでしょう」

「母上!」
リーナ!エカテリーナ

 王妃を擁護する意見を出したエカテリーナに向かってジェロームとアーサーが声を荒げた。

「わたくしは可能性を伝えただけですから、大声を出される謂れはございません。
ですが⋯⋯幼子を抱えている今、そのような短期間で準備を行うのは容易ではないお話ではありますわね」



(帝国がエルバルドに目を向けたのはメイラード王国絡み、ソルダートが敵視しているのはテレーザ絡み⋯⋯だとしたら、何もしないわけにはいかない。
お祖父様からの情報はこの為?)

(この間ラルフから送られてきた版画や大量の生地はもしかしたらこの為か?)

 チラリとジェロームに目をやったシャーロットはジェロームが同じことを考えていることに気付いた。

 シャーロットが目で『どうする?』と問うとジェロームが不承不承といった様子で小さく頷いた。




「クリノリンやバッスルはご存知でしょうか?」

「いいえ、聞いたことがないわ」

「主流のクリノリン・スタイルのイブニングドレスであればゴージャスで煌びやかな印象になります。
まだ殆ど普及してはいないようですが、バッスル・スタイルのドレスであれば上品で慎ましやかな印象になり目を釘付けにできるかと」

「どちらもすぐにデザイン画を描けると言うことかしら?」

「直ぐにデザイン画を描いたとしましても準備期間はギリギリではないかと思われます」

「詳しく」

「クリノリンは鯨の髭かワイヤーを使って作ります。クリノリンを固定した上にドレスを着て頂くので今までに比べかなり軽くなりますが、大きく膨らんだドレスのスカートの扱いがとても危険なのです。
広がったスカートのせいで椅子に腰掛けることができませんし、スカートの裾が暖炉の火に引火した方もおられるそうです。
あまり膨らませ過ぎるとバランスが取れずに転倒事故が起きてしまうこともあるそうです」

「ドレスのせいで立ちっぱなし?」

「火事に転倒事故⋯⋯歩く災厄じゃないか」

 アーサーとアンドリューは『たかがドレス』でそれはあり得んだろうと思ったが、ラルフから送られてきた版画を見ているジェロームは『アレならあり得る』と首を縦に振った。


「王妃殿下にはそれの扱いを練習していただく必要がありますが、その代わりと言ってはなんですがどのような素材でも使えます」

 今までは組み合わせに制限のあった柔らかい素材などが自由に使え、幾重にも重なったフリルやふわりとした妖精のようなドレス、チュールやリボンなども大胆な使い方ができる。

「膨らんだ袖や大きく肩口をあけたデザインが主流のようです」

「それは⋯⋯慣れるのにも大変そうだけど、勇気も必要そうだわ」



「バッスル・スタイルはお尻部分にバッスルと言うクリノリンの一部に似たものをつけてボリュームを持たせる方法で、上品な女性らしさを強調した官能的な装いになります。イメージとしては女性の身体にS字のラインを作る感じのようです。
但し、かなりキツくコルセットを締めた方が美しいラインが出るのでデザインによっては大変かもしれません。
トレーンと言うのですが、長く裾を引くのが主流だそうです」

「それは⋯⋯自身のスタイルが影響するのかしら。どちらも大変そうだけど、シャーロットならどちらを選ぶ?」

「申し訳ありませんがそれについては返答を差し控えさせていただけますでしょうか。わたくしの感想が王妃殿下に間違った印象をお伝えしてしまいそうですので。
ただ、王妃殿下のスタイルと美しさならどちらのデザインでも会場中の注目を集めるのは間違いないと思っております」

「では、デザイン画が出来次第王宮に届けてもらえるかしら? その時に準備しておく物や人についても詳しく教えて欲しいの」

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